第百二十五話 鬼の二天隊(3)

 


 演習場。副官の二人や、経験豊富な他の中隊長に教官役を託し、それぞれ割り当てられた場所で、俺たち第八大隊は、訓練を行った。



 一週目。


 ついていくのが精一杯で、血反吐を吐きながら頑張っていた俺の部下たち。こんなにも俺の部下が真摯に取り組んでいてくれているというのに、俺が黙って突っ立ってたらダメだろう。そう思って、彼らの姿勢、そこから生じる大隊長としての責任を全力で果たそうと、彼らの十倍以上の量を真横でこなした。小隊長の、御月ぐらい若そうな女の子に、すごい目で見られていた気がする。小隊長の、雛田とかいった子だったかな。



 二週目。


 一週目の激しい訓練により、クタクタになった彼らの、疲労感を感じさせる動きが目立った。


 副官の伏木さんはムッとしていたし、梢さんは鉄拳制裁を下しそうになっていたけど、これは問題ないと説明した。何故なら、極度の疲労状態の中、霊力を出来るだけ消費しないようにと行われる最適化された動きを、体に刻みつけてほしかったからだ。師匠との修行で、この方法が非常に効果的なのを知っている。身体強化が、だんだんと効率的になっていくだろう。



 そして、今。三週目。


 間違いなく、一つの山を越えたのだろう。二週目の、疲労困憊した兵員たちの姿は一切見当たらない。


 精悍な顔つきをし、キレのある動きを見せつける隊員たちが、そこにはいた。誰も、彼らが新兵とは思わないだろう。それくらい、変わっていた。彼らの姿勢、勤勉さ、努力、その結果に、涙が止まらない。


 最前列。一つの小隊。俺の前に立ち並ぶ彼らを、俯瞰する。


 辛かった、訓練の中。何度も何度も立ち上がり、力を手にした隊員の一人が、感極まって号泣している。その姿を見て、他の隊員も涙ぐんでいた。


「隊長! ご覧ください! 今なら片手で崖も登り下りできますよ!」


 背が低く、体は細っこくて、劣等感を感じていた彼は今、鍛え上げられた、真の四肢を手にした。なんて、美しい。


「そうだな! そうだな! 素晴らしい! 素晴らしい! 毎日続けた、鍛錬の成果だ! 今度は指一本でも、登れるようになろう!」


「はい!」



 この小隊には、一週目の訓練で、残念ながら求められていた訓練メニューをこなすことができなかった兵員を集めている。落第してしまったとはいえ、彼らは俺の部下。そもそもうちは特務隊のような特殊部隊でもないし、見捨てる選択肢など、ありはしなかった。特別メニューを行い、共に己の肉体を、鍛え上げたのである。


 彼らの姿を見て、誰が彼らを落第した者たちだと思うのだろうか。真横で素振りを続け、ともに走りながら、鼓舞した甲斐があったというもの。魔物の十匹や百匹、簡単に討ち取ってくれるだろう。



 ちなみにここは、三週目の初日に行うことにした、全体集合の場だ。俺の横にいる伏木さんは固唾を飲んで何かを見守っていて、梢さんは俺たちの様子を見て、ニコニコと嬉しそうに笑っている。周りにいる他の兵員たちは、この小隊の様子を見て、後ずさりをしていた。どうしてだろう。



「えー。みんな。喜ばしいことに、我々は一名も欠けることなく、この一ヶ月間の訓練の、折り返し地点に到着した。まずはそれを祝いたいし、喜びを分かち合いたいと思う」


 俺の言葉を聞いて、後ろの方の兵員が、なんか喋っている。脱落者がいないのは絶対おかしいとか、死線ギリギリを見極められてるとか、色々言ってた。ちなみにその緩んだ様子を見て激怒した梢さんが、素早く彼らを教育、もとい制圧しに行った。土煙が舞う。


 ちょっとした叫び声が聞こえるが、スルーして話を続けた。


「えー諸君らは、各地形の機動訓練を行うことによって、如何なる地形をも踏破することが可能となり、また、それぞれは優れた平衡感覚を手にした。二週間で得られる成果としては、最上のものだろう」


「我々はこの演習場の中、限られた区画をそれぞれ交代で利用し、鍛錬を続けていたわけだが……ここでサプライズだ。全員! ついてこい!」


 教育から帰ってきた梢さんが、ウキウキで歩いていく俺に立ち並び、着いていく。苦笑した伏木さんが、部隊に号令をかけ、進んでいった。







 演習場。秋月と一緒に山名の元へ殴り込んで、拡充させた新たな区画。そこには━━ちょっとした、町ができていた。


「ほへ?」


 最前列を歩く雛田の、驚く声がする。ふっふっふ。絶対にみんなも、喜ぶだろう。自信満々。堂々と、宣言する。


「先の血脈同盟との戦いでは、慣れない市街戦を行ったため、多くの犠牲者が出た」


「そこで、俺と秋月は考えた。訓練のために、演習場に無人の街を作ればいいのだと」


「はへ??????」


 目をまん丸にさせてる隊員たちを置いて、梢さんが、大きく拍手を始める。梢さんを見た周りの隊員たちも、顔を見合わせながら、ゆっくりと拍手をし始めた。


「素晴らしい考えです。隊長」


「そうだろう! そうだろう! これはいい訓練になる! 間違いない!」


 俺たちの目の前には、いい感じに荒廃しできた、土の町がある。地輪を利用し家を作り上げて、並べたものだ。流石に一人だけの力でこれを行うのは不可能だったので、秋月に相談したら、彼女が人を寄越してくれた。ありがとう秋月。


 土の家の中には、屋内戦の再現ができるように、細かく家具とか、色々置かれている。土の家だけでなく、ちゃんとこのために建築した、木造の家もあった。使ったのは廃材だけど。


「ほら見ろ! あそこの大通りは、タマガキの下町を参考にしたんだ。すごくないか!?」


「ええ。素晴らしいですね。隊長」


 演習場の細かい部分について、話を続ける俺と梢さん。そこにおずおずと、小さく手をあげた雛田が聞く。


「あのー……隊長。これを利用して、具体的にどのような訓練を行うのでしょうか」


「ん? ああ。今後何をするのかを考えるにあたって、今までの訓練を思い返してみてくれ。まだ戦ってないよな。俺たち。三週目以降は、部隊行動よりも、各隊の戦闘力向上のための訓練を行う」


「小隊を振り分けて、それぞれ非致死性の武器を用い、模擬戦を行う。この町を含めた、各区画でな」


 市街地は見せたかっただけで、ここで特別全員で何かをするわけではないと、皆に説明する。梢さんが、ふふっと笑っていた。


「各小隊、総当たり戦を行い、その結果によって最終的な編成を決定するつもりだ。あ、梢さんと伏木さんはもう確定してるから、審判頼む」










 残暑の日差しが、あまりにも鬱陶しい。太陽にばかやろー。雛田小隊、汗だくです。



 趣向を変えて始めた、三週目の訓練。対人戦を繰り返すっていうことは、半永久的に走り続けさせられる機動訓練なんかよりもよっぽどマシだと思っていたけど、全然違った。


 八百人ほどの人員で構成されるこの西部第八大隊は、全部で十六個小隊がある。人数は少し違ったりするけど、それぞれ大体五十人くらい。うちは新設された隊だからまだ難しいけど、本当は分隊規模で統制、展開したいんだって。


 総当たり戦って聞いて、各隊一回ずつ戦うのかな……とか思っていたのだけれど、この一週間の間、一隊を相手に、二回ずつ戦うらしい。合計三十試合。一日当たり、大体四試合ちょい行うらしい。


 それぞれ試合の長さは違うけど、とてつもないハードスケジュール。いかに敵を早く殲滅し、飯を食いに行けるかみたいな勝負になってる。でも、遊撃戦、防衛戦、殲滅戦、撤退戦、なんか色々勝利条件が違く、苦しい。ウキウキでルール説明をする隊長を見て、私は思った。どれだけ準備してきたんだろう。この人。


「雛田隊長……自分、そろそろやばいかもしれません」


「だ、大丈夫だよ! 次は今日最後の試合で、相手は前勝ったところ。その時の記録を取ってあるから! あっちは右翼が弱い! そっちに戦力集中すれば、行けるよ!」


 試合前の作戦会議。隊長の私を中心に、各々意見を出して、勝つための方策を練る。最初は私たちも向こうも、何も考えずに戦ってる感じがあったけど、今ではみんながみんな意表を突こうとしてくる。油断してると、喰われる。



「オラァ! しね! 私は夕ご飯が、ハヤク食べたいんだよォーッ!!!!」



 木刀を振るい、相手の隊をボッコボコにふっとばしていく。これ、小隊同士で不仲になったりしないのかな。大丈夫なのかな。まあ、大丈夫だろ。私も殴られてるし。私悪くないもん。







 演習場。作り上げた、市街地の中。何故かご飯と叫び、己を鼓舞しながら突撃している、雛田小隊長の姿がある。皆、真剣に訓練に取り組んでいてくれているようで嬉しい。


新兵だからこそ、ここまで集中できているのかもしれないな、と何となく思った。教官の指示は絶対に聞こえるだろうし、隊の力が、良い方向に向いているのがすごく良い。


「〆さばぁああアアアアアーッ!」


 攻撃側の小隊長である雛田の一閃が、向こうの小隊長の頭を捉えた。これは、間違いなく死亡判定だろう。しかし、何故掛け声が〆さばなんだ……?


 ここらの模擬戦の責任者となっていた伏木さんに、声をかける。



「どうだ? 伏木さん。こっちの方は」


「こちらの雛田小隊、暫定首位です。小隊長である雛田が上手く隊員と意思疎通が取れているのが、勝因であると思われます」


「そうか。それはいいな。お腹が減ってるみたいだし、このお金を使って、頑張ってる雛田に〆さばを買ってあげてくれ」


 俺のぽけっとまねーから、札を取り出す。お金溜め込んでるばかりで、使わないんだよな。ほとんど。


「……? わかりました。しかし、雛田隊は本当に良い。雛田の底抜けな明るさが、隊を率いる力となっています。どんな地獄でも明るくなれるというのは、戦場で輝く才能です」


「だんだんと、抜きん出た隊がはっきりとしてきたな。しかし、俺は行けるかなと思ったんだが、ちょっと過密日程がすぎるようだ。試合数を削減していいから、隊の作戦会議の時間を長く取れるようにしてやってくれ」


「よろしいのですか? 確かに、本当にキツイとは思いますが、間違いなく精強な兵が出来上がりますよ」


 伏木さんが、こちらに確認をとる。今までこんなにやっておいて、今更感があるのも否めないが。


「自分の体を追い込んで強くなるのも大事だが、それだけの、猪突猛進の兵が出来上がるのは防ぎたい。考える時間を与えることによって、各隊隊長の自己判断能力を鍛えたい」


「伏木さんと梢さんに中心になってもらうのは大前提だが、遊撃戦で隊を広く展開した時に、指揮を隅々まで完璧に行うのは難しい。各隊の隊長が、しっかりしてもらわないと困る」


「了解しました。では、その方向で行きましょう」


「ああ。三週目の終わりまで、頼むぞ。伏木さん」


「あらかじめお伺いしておきたいのですが、四週目はどうされるおつもりで?」


「ああ。四週目は━━」


 副官である彼と、協議を続ける。全ての訓練を終え、西部戦線に向かう日が、すごく楽しみになってきた。

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