第百二十四話 鬼の二天隊(2)

 


 私の名前は、雛田向日葵ひなたひまわり。タマガキの郷の軍人の中では、二十歳という年齢からかなり若い方だけど、前の『幾望の月』作戦の際、立てた功績が認められて、新設される部隊の、小隊長に昇格となった。西部ならではって感じだね。ふふふ。もう部下持ち。


 お友達の御月ちゃんとかみたいな、すっごい子たちには遠く及ばないけど、将来有望の若きホープってやつなんだ。多分。これで使い方あってるのかな。この言葉。


 演習場の中に集められた、新設される西部第八大隊の兵員たち。どうやら新兵の人も多いみたいで、結構緊張してる人がいる。防人に会うのが、初めての人も多いんじゃないかな。


 あ、今、隊長の新免さんが出てきた。あの人と御月ちゃんは、お友達なんだよね。いろいろあるみたいだけど。


 話に聞いた彼の姿を、初めて見る。


 身長は御月ちゃんより少し高いくらい。青みがかった髪の毛に、黒く澄んだ素材が使われた鉢金を頭につけている。腰に差した二刀がかちゃりと動いた。鍔がない刀なんて、珍しいな。


 比較的端正な顔つきをしているけれど、かっこいいというよりかは、かわいいっていう感じがする。キラキラしたお目目がぱっちり開いてて、私たちを見ていた。なんか分からないけど、すごく楽しそう。それとは対照的に、彼の隣にいる副官の二人が、ギラギラと目を光らせていた。特に女の人の方が、ちょっと怖い。


 新免さんは、タマガキの郷の防人。西部の防人の中で、十六歳と、最も若いらしい。正確に言うと本当の誕生日が分からなくて、もう十七とかになってるのかもしれないらしいけど。


 彼の評判はさまざま。人によって大きく分かれる。戦いの中で、化け物じみた動きをするとか、どう考えても十六じゃないとか、可愛いとか、戦場に生きてるとか、可愛いとか。いろいろ。


 暑苦しい男が多い軍の中で、比較的線が細く、可愛らしい顔つきをしてて、でもめっちゃつよいから人気らしい。聞いた話だけど。


 彼が話を始める。その声色は少しうわずっていて、やっぱり機嫌がいいのかな、と思った。ちょっと可愛いって、私の友達の女性隊員の顔が緩んでる。それを見咎められたのか、副官の女性の視線が彼女に突き刺ささった。こっわ。


 彼が用意したという訓練メニューを、今後やることになるそうだ。私だって、何度も魔物と兵刃を交えている。戦場は危険だ。新兵の子たちが生き残れるよう、助けてあげないと。そう誓って、大隊長である彼に敬礼をした。







 演習場。任務遂行能力を飛躍的に上昇させるため、用意した様々な設備。様々な地形を再現した各施設を前に、俺の部下たちが驚愕している。ふふふ。そりゃ驚くだろう。このためだけに、山を何個も作り、穴を掘り、秋月に頼んで色々ぶっ建てた。湖だって作った。


「えー、まず、訓練を始めるにあたって、我が隊の戦闘教義というか、特化したい部隊能力について話そう」


「それは、遊撃戦だ」


 身振り手振り。うおーと体を動かして、説明する。


「真正面からの戦いは、アホらしい。ありとあらゆる手段を利用し、敵を錯乱して、ぐっちゃぐちゃに掻き乱すのが一番だ。この遊撃主義を、我が隊の戦闘教義とする。また、散兵戦が大前提となるため、今後全体の号令は、全て霊信号で行う」


 ふっふっふ。ウキウキが止まらない。俺自身も、この訓練に率先して参加し、防人として、隊長としての姿勢を見せるつもりだ。加えて、最強に近づけたら尚良い。


「確かみんなは、一定の能力を担保する、体力検定と霊力検定を持っているんだよな。これは素晴らしい」


「しかし、この検定により測れるのは、平坦な道を突っ走る速度とか、どれくらい重いの運べるとか、定められた時間の間に何回腕立てできるとか、そういうのだろう。とても実戦的ではない。それに、西部の戦場に平坦な道なんて、多分ない。あったとしても、我が隊は魔物の死骸で道を埋め尽くしてみせるので、地形が変わる」


「そこでより実戦的な訓練を行うため、俺の知る、西部の各地形を再現した。特に山岳地帯及び岩場での機動に慣れてもらいたい。慣れない地形で戦うと、不利を背負うし、体力も普段より多く消費する。慣れよう! そしたら強くなれる!」


「ではこれより各小隊に分かれ、解散。訓練を開始する!」







 訓練が始まって、三日くらい。ここは地獄かな?


 西部第八大隊所属、雛田小隊。今私たちは、演習場の岩場の上を、何度も往復させられている。武器とか防具とか、はたまた物資とか、戦場を想定した装備を持たされた状態で。コケたやつは補習のための追加訓練が必要なるらしく、みんな必死で走ってる。


 私たちはまだ常識的な範囲での訓練をさせてもらっているけど、他の小隊の話を聞いたら、命綱どころかロープ抜きで断崖絶壁を昇り降りさせられてるとか、湖にぶち込まれてるとか、意味不明なことを言ってた。


「後五十往復! 気合い入れろォッ!!」


 元特務隊であるという副官の梢さんが、凄まじい形相で私たちに怒鳴る。彼女ともう一人の副官の、伏木さんも訓練には参加していたけど、流石と言えばいいのか、私たちがひいひい言ってやっているのを、サクッとこなして隊長に教官役を頼まれていた。


 鼻高々の梢さんだったけど、最初の新免さんの動きと、課してきた訓練には引いてたっぽいね。この人、この前まで特務隊の小隊長だったらしく、西部の兵員でいえば最精鋭も最精鋭らしい。なんでこんな部隊の副官志願したんだろう……給金減ったんじゃないかな。


「う、うわぁぁああぁああああ!?!?」


 岩場の上。走り続けている時、頬っぺたが取れちゃうんじゃないかってくらいの強風が吹く。台風みたいに吹き荒れるそれに、体が浮かぶんじゃないかと驚愕する。すると今度は、一度も人生で遭遇したことのない密度の、雨が降ってきた。そのまま地面に叩きつけられて二度と起き上がれなくなるんじゃないかってくらい、重い。


 一体何事かと、空を見上げた。何故かそこに、仁王立ちで木刀を手にしている新免さんがいる。なんで空に立ってるの?


 着陸した彼が、梢さんの方に行く。


「梢さん。こっちはどうだ?」


「はっ。雛田の隊は中々です。根性があります。隊長が直接率いる、中隊の中に組み込んでもいいかもしれません」


 彼が、胡乱げな表情で梢さんの方を見る。


「……なんとなく吹かした風と雨に、負けてしまいそうになっているが?」


「……なんとなくで普通風は吹きませんし、雨は降りませんよ。それも、重装備の兵員が吹き飛ぶような」


「……うーん。確かにそうだな」


 ぷいっと別の方を向いた彼が、他の隊を見に行くと言って去る。その背中を眺める梢さんの表情は緩んでいて、可愛くてたまらない、抑えきれないというふうに両腕で体を抱き、くねくね動いていた。この人……まじ?






 訓練が始まってから、二週間後。西部の地形から重要視されたのであろう、長めだった、岩場、山岳地帯での機動訓練を終えた私たち。今度は、別の区画へ。


 そこにあったのは、河川に湖、それに影響されたと思われる、ぬかるんだ土。直角なんじゃないかっていうぐらいの傾斜がある、山。私タマガキ生まれタマガキ育ちだけど、こんなところに山なかったよ。山、なかったもん。



 川が作り出す、断崖絶壁。陸路のない場所。


 ロープを近くにあった木の幹に固定して、対岸へ先に移動した兵員がそれをまた固定し、ロープの道を作って渡る。水源だろうが、断崖絶壁の崖だろうが、とてつもない高低差があろうが、ありとあらゆる状況で、道なき道を行けるよう訓練を受けた。



 この訓練を通して、ロープがあれば、大体のところに行けると知った。ちなみに玄一さんは、空を飛べるから必要ないはずなのに、ニッコニコでロープの固定の仕方を私たちと一緒に覚えていた。この人……何?





 この地獄の訓練に残された、唯一の楽しみ。


 新免隊長に残された、唯一の良心と我が隊話題の、確保された睡眠時間と食事の時間。


 これは鍛えるための訓練なのだから、休憩は必要と述べた彼によってスケジュールされたそれ。皆涙を流しながら、感謝している。「兄さんじゃあるまいし、絶食と不眠の訓練なんて無理だよ」と述べた彼に、伏木さんが苦笑してたけど。兄さんて誰? その人……バケモン?



 食堂。傷だらけの雛田小隊は毅然と、食事を受け取るために厨房のカウンターへ並ぶ。横から空を浮遊するレベルの強風が吹こうが、雨のように岩石が降ってこようが、食事は受け取れると思う。


 すっごく混んでる食堂だけど、何故かみんな私たちを避けて道を作ってくれるので、快適に利用できている。それと、最近やべーやつらが食堂に現れると話題になってるらしい。なんのことだろう。


「ねえ……向日葵ひまわり。貴方のとこの隊、どうなってるの? 知り合いのキラキラしてた新人の子とかが、別人みたいになってるんだけど」


「今タマガキ軍部で話題の、鬼の二天隊だよ。視察に訪れた郷長が引き気味と話題の」


「訓練、下手したら特務隊よりキツイらしいね……霊技能とかが彼らに劣る分」


「うん。でも、悪いことばかりじゃないよ。ご飯、美味しいし。いっぱい、食べれるし」


 異動となり別れることになってしまった前の隊の同僚と、言葉を交わす。お肉おいしい。ご飯さいこう。


 うちの隊の新人の男の子が、箸を置いて話し始めた。


「僕は人々を守りたいと軍属になることを志望したのですが、ここまでキツイとは思いませんでした。しかし、これほどの努力を皆様はされてきたのだな、と。私もかくありたいものです」


「へ、へぇ……」


 ここまではやってねーよと、口元をピクピクとさせた彼女が、一番まともなんだろう。諦めの感情を胸に抱いたまま、独り考える。訓練は、後二週間くらい。もうはやく、戦場に行きたい。というかどっちが、戦場なんだろう。戦場ここじゃね? 


 まあ、頑張らなくちゃ。


 おこめ、おいしい。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る