第百二十三話 鬼の二天隊(1)

 





 夏の終わりが近い。秋の匂いが、すぐそこでする。


 青々しかった田園風景は今、黄金色に染め上げられ、涼やかな秋風が、稲穂を揺らしていた。


 タマガキの郷の道にも、落ち葉が目立つようになり、箒を手にした店先の男性が、それを掃いている。下町でよく取る食事も、秋の旬の食材が増え、この前は栗ご飯を頂いた。


 ただ一人鍛錬を繰り返し、本を読み勉学に励む秋を送っている。読書の秋、というやつだろうか。



 縁側に座り、吹き行く秋風が、俺の髪の毛を撫でた。くすぐったいそれに、笑みを浮かべる。



 施術を受け、怪我から完全に復帰してから、もう一ヶ月以上の時が立っている。しかし俺はまだ、西部前線に一度も行っていない。それと今、タマガキに待機している防人は俺だけだ。


 一刻も早く戦いに行きたい気分だが、事情がある。


 差し迫った軍事作戦等もなく、戦線の防備を固める中で、俺のような主力の防人に、遊ばせる余裕ができた。


 そこで、霊信号の使い方を覚える、といった、指揮官として必要な技能を修めさせようと、山名が指示を出し、俺は研修に参加していたため、前線に行くことがなかったのである。


 つい昨日、その研修を終え、指揮官としての技能を獲得したと認定された。研修では、元防人の教官の下、実戦を想定した訓練を重ねたものである。彼曰く、俺に戦略的な段階での指揮の才能はないが、戦術的なものであれば、かなりキレが良いと太鼓判を押してもらった。褒められてるのか貶されてるのか分からないけれど。


 こうして後は、西部戦線に舞い戻るだけとなった。今、西部戦線の方では、しばらくの間不安定だった魔物の動きが鳴りを潜め、新たな指揮官級が前に出てきたのではないか、と推測されている。


 しかし敵に動きがない間、西部戦線は守りを固めることができた。特に、旧雪砦に設置された新たな軍事拠点は、強い存在感を放っている。


『幾望の月』作戦により制圧したという経緯から、旧雪砦を改称、月砦とし、防衛線を築くため、カゼフキ砦と同じくらいの設備を配したそうだ。地図上で見てみると、山岳地帯を中心に、一枚の盾が西に向けられているように見える。


 また、拡大した西部戦線に戦力を補充するため、部隊がいくつか新設されたと聞く。ここからが、問題なのだけど。


 八百名ほどの人員を有する新設の大隊を、俺を指揮官として擁する部隊として、月砦に送ることとなった。戦場に慣れた兵もいるが、どちらかというと、新兵の方が多いらしい。大隊の訓練、そしてその装備の調達などといった準備を後一ヶ月ほど行い、その後、前線にいる部隊と交代して、配備されることとなる。



 この前それを知ってから、年甲斐もなくワクワクして、色々な準備をしてきた。今日は、その部隊員たちとの初顔合わせ。一応部下たちということになるので、楽しみで仕方がない。


 座り込んでいた縁側から立ち上がり、家の中に戻る。刀掛けから二刀を掴み、左腰に差した。黒の制服を身に纏い、頭に黒の鉢金を、強く縛り付ける。


 大怪我を負っていた身体。筋力は元に戻り、霊力の操作に不安はない。


「風纏」


 タマガキの郊外。部隊員が集結しているという演習場目指して、空へ飛び立った。







 演習場。その第三区画。俺の前に整列した兵員たちが、一斉に敬礼をする。副官となるのだろう、俺の横にいる二人を合わせて、三人が八百人と向き合っていた。俺の部下となる彼らは、こちらをじっと見ている。


 横にいる二人のうち━━見覚えのある、男性の方。伏木さんが、号令をした。


「全員。休め。これより、この西部第八大隊、大隊長となる、防人の新免双光章からの訓示がある。皆、心して聞くように」


 堂に入った号令をした伏木さんが、こちらに向き直る。他の兵員と違い、具体的な階級のない防人を、防人瑞雲勲章、通称五光勲章の数で、呼称することがあるらしい。一応今はふぉーまるな場なので、伏木さんはそういう言い方をしたのだろう。というかこんな振られ方したけど、あまり話すことないよ。


「えー。第八大隊隊長となる、タマガキの郷所属の防人。新免玄一だ。これからこの隊は、一ヶ月の追加訓練、装具を揃えた後、西部最前線、月砦配属となる」


 みんな、俺よりも年上の人しかいないんだけどな。すごく、変な感じがする。みんなに声が聞こえるよう、ちゃんと大きな声で話さなきゃ。


「これから命を預け合う仲間となる。互いを信頼し、戦場で肩を並べ背を託すには、平時の鍛錬が必要不可欠であるように、俺は思う」


「えー。そのため、この第八連隊の新設が決定してから、この演習場を俺の手で改造した。加えて、俺の修行時代の鍛錬と、特務隊の訓練を参考にした、メニューを用意した。これからの一ヶ月間。真面目に取り組んでほしい」


 弾んだ声で、ウキウキと話す。横に立っている伏木さんと、もう一人の副官が、えっと驚く顔をしていた。訓練をやるとは伝えていたが、改造したとは言ってなかったっけ。


 ちなみに山名には、好きにやれと言われているので問題ない。防人の能力に合わせた部隊作り。防人主義が、今の軍隊の流行だ。その究極系となる部隊として踏破群などが挙げられるが、同じようなことをなんとなくやらせてみようと山名は思ったのだろう。


 部隊を新設し、それが俺の隊となるという話を聞いてから、研修の合間を縫って、訓練のために、地輪で様々な地形を再現した。水輪を利用し、水源を引っ張ったりとかもしてきて、色々大変だったが、間違いなく精強な隊を作り上げるのに役立つものが出来ただろう。


 この話をしたら、当時まだタマガキにいた秋月に、「いいアイディアね! 手伝うわ!」と言われて、地輪ではどうにもならない部分に手を加えるための手配をしてくれた。これで間違いなく、魔物を、いや魔獣を蹂躙する俺の部隊を作り上げることが出来るだろう。ふふふ。夢が空に広がる。


「ではまず、どんなことが出来るのか、やってきたのかを、訓練を始める前に確認したい。えーと。そこの最前列の彼女。教えてほしい」


 なんとなく最前列にいた、年若い女性隊員に聞く。彼女は小隊長の胸章を付けていて、優秀なのかな、と思ったからだ。


 副官の女性が、ごほん、と喉を鳴らす。


雛田ひなた。説明して差し上げろ」


 背筋を正し、キリッと真面目そうな顔つきになった彼女が、明朗な声で語る。


「新兵は、半年間の基礎訓練を終えたばかりです。異動となった既存の兵員は、タマガキに帰投したのち、合同の練度維持の訓練に参加しております」


「うーん……聞いたことがあるから内容はわかるが……」


 少し悩む。一ヶ月という時間は長いようでいて、非常に短い。計画的にこの訓練は行われるべきだし、色々考えてはきたが、最初が肝心だ。どうしよう。


 副官の女性が、こちらの方を見て、提案する。


「では今日は、通常通りの訓練を行い、現時点での能力を確認する、というのはどうでしょう」


「あ、それいいな。それで行こう」









 演習場。体力訓練として、早駆けを行う兵員たちの姿を眺める。新設にあたって皆訓練してきているからか、ひどい、と思うような者は特にいなかった。足取りはしっかりしているし、たるんだ体つきの者は居ない。


 じっと隊の訓練を眺める俺の横に、副官の彼がやってきた。


「新免さん。お久しぶりです。防戦隊から異動となり、副官としてやらせて頂くことになりました。これからよろしくお願いします」


「ああ。伏木さんのように、一度共に戦ったことのある人がいると安心する。ご家族は元気か?」


「ええ。子供もすくすくと育っていますし、妻も元気で、楽しくやっていますよ」


 にこりと笑った彼が、続ける。


「今回の異動でタマガキを離れることになりますし、任務もまた多少危険になりますが、給金が増えますから。もっと、家族に楽をさせてやりたいもので」


 そう、言葉を残した伏木さんが、訓練を行う隊員たちの方に歩いて行って、強く声を張り上げた。そういえば彼は、元特務隊隊員という、バリバリの武闘派だ。あの魔獣戦の時と同じように、戦場で間違いなく頼りになるだろう。


 兵員たちの方に行った彼に変わり、副官の女性が、こちらに歩み寄る。


「改めて、自己紹介させていただきます。こずえと申します。今回の職務に当たり、特務隊より異動となりました」


 こちらに敬礼をした彼女は、非常に背が高い。俺よりも、十センチくらい高い……百八十センチ以上あるんじゃないだろうか。短く、切り揃えられた黒髪が、風に揺れている。黒色の瞳が、じっとこちらを見据えていた。


「ああ。よろしく頼む。特務隊隊員は、皆優秀な者たちばかりだからな。頼りにさせてもらう」


「ええ。それと、個人的なことではあるのですが……」


 優しい、笑みを漏らした表情で、彼女が続ける。


「先の作戦の折、幻想級魔獣上位“雷鳴なる獣”の襲撃を受けた際、貴方に命を救われました。そのご恩を返せればと、今回異動を所望させて頂いた次第です」


 幻想級魔獣上位。雷鳴なる獣。あれと戦ったのは、幾望の月作戦の間。


 頭に思い浮かべるのは、あの魔獣と交戦した時のこと。空から奇襲を仕掛けてきた奴から隊員たちを守るため、地輪を使い、土塊の天蓋を展開した。今改めて見てみて、思い出した。彼女は俺の真後ろにいた、特務隊隊員の女性だ。


「あぁ! あの時の。俺は結局戦わなかったし、役に立ったと思えなかったが」


「いえ。そんなことはありません。それに、これは打算的なことで申し訳ないのですが」


「貴方の隊にいれば、無事、生きて帰れそうな気がしたのです。友軍に気をつかってくれる防人の、貴方なら」


「……」


 一人考え込む。


「人を救うのは、我らが役目。先頭を行き、防人が皆を守るのは、当然のことだろう」


「……尊い考えです。しかし、私は元々内地にいた兵員なのですが、実際にはひどいものもいます。貴方は立派です。貴方の元で戦いたいと、そう思った」


「これから、よろしくお願い致します」


 彼女が、俺に最敬礼を取る。誉め殺しにするような言葉に、照れ臭くて、頭を掻いた。


「ああ。これから、よろしく頼む」




 副官の彼女と雑談を交わし続けながら、訓練を行う部隊の姿を眺める。彼らの動きを見れば、その能力は、簡単に分かった。遠くにいた伏木さんを呼び戻して、三人で集まる。


「よし。方針を決めよう。梢さん。伏木さん。手伝ってくれ」




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