第6話
品評会当日、発表者の控え室。ラシェルは念入りに魔守と、発表原稿を確かめる。
昨日の調子を見る限り、大丈夫だろうと思ったのが甘かった。
普段と違う会場というだけで、とうとう品評会に来てしまったのだと感じてしまう。
「ねえラシェル、大丈夫?」
応援にきたアンジェは心配そうだ。
「大丈夫、きっと大丈夫……」
ラシェルは本番に使う魔守を握りしめ、震えながら、まじないのようにつぶやいていた。
「昔のあんたとは違うだろ。今更、何弱気になってるんだ」
「そうだよね……」
「父さんも、あんたも言ってただろ。魔守は勇気をもたらすお守りって。一度深呼吸でもしてみろ」
「うん」
ラシェルは頷いたのち、息を吸って、それから吐く。まだ心臓の鼓動は止まらなかったが、不安は小さくなり、本番への覚悟が決められるように思えた。
「よし、いい顔だな」
ラシェルの真剣な表情に、ヒースは口角を上げた。滅多に見ないヒースの笑顔に、どきりとしたラシェルだったのだが。
「ラシェル・エルズバーグさん、ヒース・エクランドさん、発表の準備をお願いします」
と、感傷に浸る暇もなく、案内係は二人を呼んだのだった。
「あんたなら大丈夫だ。行くぞ、ラシェル」
「うん!」
一瞬、ラシェルへと目線を合わせたヒースの目には、確かな自信が見て取れた。
この魔守があるなら、二人なら、舞台の光も怖くない――そうラシェルは心の中で唱えながら、一歩一歩と、舞台へ向かう道を踏みしめた。
「次の発表は、工房エクランドの、ラシェル・エルズバーグさんとヒース・エクランドさんです」
司会者の男性が、所属を読み上げる。
いよいよ品評会の本番がはじまるのだ。
ラシェルは脈打つ心臓の鼓動に押し潰されるものかと、気を引き締めた。
「ラシェル・エルズバーグです」
「ヒース・エクランドです」
「よろしくお願いします」
二人が揃って礼をすると、会場は拍手に包まれた。
ヒースが魔守から少し距離を置いた定位置へつくと、ラシェルは解説を始めた。
「エクランド工房では、水魔法の抑制の魔守を作っています。中でも、魔守の効果時間の向上を目的として、今回はこちらの魔守を作りました」
緊張で、聴衆一人一人の顔がまともに見られない。それでも、彼らに向けて魔守を魅せなければならない。落ち着けと念じながら、ラシェルは予め準備した解説を話した。
「では、実演に移ります」
ラシェルが解説を終えて合図をしたのち、ヒースが魔法を使う。
頭よりもひと回り大きいほどの水球が、空中に舞い上がった。
そして、装飾品掛けに吊り下げられた魔守へと、水球は高速で向かっていく。
それからは魔守が発動するタイミングを待つばかりなのだが、予定していたタイミングの瞬間に、魔守は発動しなかった。
魔守が発動するタイミングを決める刻印に失敗したかと思い、ラシェルがヒヤリとしたその瞬間――。
水球がぶつかる直前の所で、魔守は魔法を打ち消した。
水球は威力を弱めて魔守の周囲に留まり、微細な粒になり、粒たちは霧を作った。霧は魔守の周囲に集中している。
「このように、水の魔法が暴走しても、手で触れても濡れない霧となり、さらに霧は魔守の周囲に集中しているために、辺りを濡らす心配はありません」
その様子に胸を撫で下ろしながら、ラシェルは解説を続けた。すらすらと言葉を紡ぐ間に、水球は跡形もなくなり、霧もすっかり晴れていた。
「この通り、霧は晴れ、魔守によって水の魔法が打ち消されたことが確かめられました。これにて、発表を終わります」
ラシェルが礼をすると、暖かな拍手が会場に響いた。注目を浴びることにラシェルは気恥ずかしさを感じたものの、それよりも、心にかかっていた霧もまた晴れたのだと実感した瞬間となった。
「ありがとう、ヒース!」
控え室に戻るなり、勢い余って、ラシェルはヒースの手を強く握る。
「何だよ、ラシェル……」
発表から解放されたラシェルに、ヒースは圧倒されるばかりだった。
「お礼を言いたくてさ。私、ヒースと一緒に魔守の品評会に出られて本当に良かった」
「どうしてだよ」
「発表の直前に勇気付けてくれたし、ヒースの魔法があったからこそ、あの発表ができたからね」
「大したことじゃない。それとラシェル、ちょっといいか」
「何?」
「いい加減、その手を離してくれないか?」
伏し目がちに、ヒースは指摘する。
「ごめんね!?」
自分の所業に気付いたラシェルも一気に顔を赤らめ、慌てて手を離した。
「それに、まだ結果だって出てないぞ? 浮かれるには早すぎる」
ヒースはラシェルに呆れつつも、満更でもない様子だった。
「二人とも、お疲れさま! ……もしかしてお邪魔だったかな?」
二人のもとに、いつの間にかアンジェがやってきていた。彼女が空気を読んでいたのか、偶然かは、定かではない。
「姉さん、見てたのかよ」
「私はただ通りすがっただけだけど……いつの間に仲良くなったのかなーって思ってさ」
嫌そうなヒースに対して、アンジェは心底楽しそうだ。
「アンジェさん、そんなんじゃないですからね!?」
「またまたー」
「もう、発表聞きに行きましょう!」
ラシェルは気恥ずかしさで、アンジェの顔もヒースの顔もまともに見られなかった。それ故に、残りの発表へと気持ちを切り替えたくて仕方なかった。
こうして客席へと戻り、ラシェルたちは他の職人たちの発表を聞いていた。無事に発表を終えられたために、勉強になる点を探しながら、ラシェルは彼らの話、演出に見入っていた。
やがて、全ての発表が終わり――。
「皆様、多くの力作をありがとうございます」
閉会式が始まった途端、客席は緊張感に包まれた。
「今回は、力作ばかりで、順位をつけるにも困りました。ですので、これは一つの結果として受け取ってくださると幸いです。それでは、入賞作を発表します。まずは、奨励賞からです。今回は、五つの魔守を選びました」
前置きから一息置いて、司会者の男性は発表番号の若い順番に工房と名前を呼びあげていく。名前を呼ばれた職人と魔法使いは起立し、拍手を受けて、着席する。
今回の品評会は十六組参加していたため、上位三組と合わせると、受賞者は半数らしい。他の工房の魔守がより優れたものに見えたために、名前が呼ばれることはないだろうと、ラシェルは思っていたのだが。
「六番、エルランド工房。ラシェル・エルズバーグさん、ヒース・エクランドさん」
それでも、工房の名前を呼ばれた瞬間、ラシェルは目を丸くし、心臓が跳ね上がるのを感じていた。
「それでは、受賞者の皆様、ステージにお上がりください」
ラシェルは放心状態で、三位から一位までの入賞者の名前もまともに聞こえなかったのだが、司会者の合図と、隣に座っていたヒースの目配せで、ようやく我に返ったのだった。
そしてステージに上がり、賞状を手にした瞬間を、ラシェルは一生忘れないことだろう――。
こうして品評会が終わり、ラシェルたちの元に残ったのは、仕事と研鑽に追われる日々だった。
聞いたところによると、品評会での評価点は、魔守の耐久性と霧の粒のコントロール。今後の課題は、効果発動のタイミングらしい。魔守作りの客観的な指標が得られたこともまた、ラシェルのやる気に繋がった。
品評会の翌日の夜のこと、ラシェルは片付けを終えて、工房の部屋を出る。そこでばったり会ったのは、品評会における相方の少年・ヒースだった。
「こんばんは、ヒース」
品評会の後、勢いで呼び捨てにしてしまったのだから仕方ない、このままで通そう。そうラシェルは決心し、少年の名を呼ぶ。
「品評会は終わったってのに、まだこんな時間までいるのか?」
「この仕事が好きだからね」
少年は変わらず至って冷静な反応だったが、ラシェルは彼に対してにこりと笑った。魔守職人という職と出会えて、仕事を楽しめていることが何よりの幸せだから。
それから二人は、人気のない廊下で、とりとめのない話をした。
「なあ、ラシェル」
一旦沈黙が訪れたのち、ヒースは口を開いた。
「何?」
「あんた、品評会を通じて変わったよな」
「そうかな?」
ヒースの発言に、ラシェルは首をかしげる。
「いつも意味もなくビビってたし。そんな所が正直苦手だった」
「はっきり言うね……」
「けど、ビビってるなりに頑張ってるって思った。発表でも、下手したら動揺してただろ?」
「そうだね……ここで動揺しなかったのが、自信に繋がったのかもしれないし、入賞に繋がったのかもしれないね」
「ああ」
「それに、ヒースくんもね、前向きになったと思う。どんどん頼もしくなってるっていうか?」
「そうかよ」
ヒースは目を逸らし、わずかに顔を赤らめた。そんな彼を見て、ラシェルは顔を綻ばせるのだった。
「じゃあヒース、お疲れ様」
「お疲れ、ラシェル」
ヒースと別れ、ラシェルは工房の外へ出る。魔法の光の街灯を頼りに、一歩、また一歩と歩みを進めた。工房エクランドの周辺は、街灯で夜でも明るいことに、ラシェルは感謝を募らせる。
魔法が世の中の役に立っていて、魔守もまたそのひとつ。魔守を作る仕事をして、自身もまた沢山の贈り物を受け取っているのだ――そう考えながら、ラシェルは帰路についた。魔守と関わって得られた感情の全てを、彼女はまだ知らない。
魔守がくれた勇気・了
魔守がくれた勇気 夕霧ありあ @aria_yk
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