名探偵のリベンジ
烏川 ハル
名探偵のリベンジ
「この中に一人、犯人がいます」
ぽりぽりと頭をかきながら、金谷川聡一郎が宣言した瞬間。
ちょうど窓の外で雷光が走り、室内の面々の顔を照らし出す。
まるで申し合わせたかのように、彼らは皆一様に、唖然とした表情を浮かべていた。
友人の警部に協力して数々の難事件を解決してきた聡一郎は、世間の人々から名探偵と呼ばれている。ただし一部で『死神』と揶揄されているのを、きちんと彼は知っていた。
彼が関わる事件では、たくさん人が死ぬからだ。連続殺人がある程度進行するまでは、解決に必要な手がかりが揃わないからだ。
彼自身これでは名探偵失格だと思う。事件を防いでこそ、本当の名探偵なのだ。
だから胸の内には「いつか必ず雪辱を果たす!」という気持ちがあり……。
今回この別荘に招待されて、三日目の夜。
大雨による土砂崩れで道路が分断され、陸の孤島と化したところで、胸騒ぎがしたのだ。
いかにも事件が発生しそうなクローズドサークルではないか、と。
そして聡一郎は、食後の団欒で全員が応接室に集まる中、冒頭のセリフ「この中に一人、犯人がいます」を口にしたのだった。
「何を言ってるんですか、探偵さん」
その場の面々で真っ先に口を開いたのは緑原康太。この別荘の主人、大富豪緑原氏の一人息子だ。五年前までは一人ではなく、歳の離れた弟と妹がいたのだが、どちらも『緑原家連続殺人事件』で亡くなってしまった。もちろん解決したのは聡一郎であり、緑原氏や康太とは、その時に知り合ったのだ。
「懐かしいですな」
「事件解決にあたっての、金谷川探偵の決めゼリフですからね」
と言ったのは、緑原氏の正面に座る二人。パイプをくゆらす松井老人と、華奢な青年である堀田記者だった。
松井老人は引退した網元であり、緑原氏に招待されて瀬戸内から来ている。彼の島では十年前、般若の面をかぶった怪人による連続殺人事件が発生して、彼の妻と子供も巻き込まれたため、今では孤独な一人暮らしだ。その『般若離島殺人事件』こそが、聡一郎の手がけた最初の事件だった。
堀田記者は、日本中を飛び回るジャーナリスト。『首縊り山殺人事件』や『悪鬼の蹴鞠事件』などで、聡一郎とは何度も顔を合わせている。大抵は事件記者の立場から関わるが、『悪鬼の蹴鞠事件』では最愛の妹を殺されており、あの時の彼の悲痛な様子は、今でも聡一郎の目に焼き付いていた。
そんな二人とは対照的に、
「私は初めて聞きました……」
と呟いたのが、艶やかな黒髪の女性、八嶋ミキ。この別荘に来るまで聡一郎とは面識なかったが、彼の方では、名前だけは知っていた。『首縊り山殺人事件』の捜査の過程で、最初の犠牲者の恋人として、名前が挙がっていたのだ。ただし当時の彼女はアメリカ留学中だったため、容疑者にはなりえなかった。
「失礼ながら金谷川様、いったい何の『犯人』のことでしょうか。私どもが知らぬうちに、この近くで事件が起きているのですか?」
部屋の隅から発言したのは、緑原家に仕える使用人夫婦のうち、夫の方だ。尤もな質問であり、招待客たちの何人かが頷いている。
「いえいえ、そうではありません。ただ……」
聡一郎は、照れ笑いを浮かべながら頭をかく。
「陸の孤島になってしまいましたからね。何か起きそうでしょう? その場合、事件を未然に防ぎたいのです」
「事件を未然に……。そのお気持ちはわかります」
今度は使用人夫婦の妻が口を開く。彼らは以前の『緑原家連続殺人事件』で、大切な一人息子を失っていた。犯人を目撃したことが理由の、偶発的な犠牲者だった。
もしも事件を途中で止められたら、死なずに済んだはず。その意味では、自分はこの老夫婦に恨まれているかもしれない。いやそれを言うのであれば、この場の全員から恨まれてもおかしくはない。
聡一郎が内心で自嘲したタイミングで、バチッと音がして、部屋が真っ暗になった。
停電だ。
「みんな動かないで! 暗闇に乗じて、犯人が動き出す可能性が……」
そう言った直後、脇腹に焼けつくような痛み。ナイフで刺されたのだ。
しかも一箇所だけでなく、続いて胸や手首、首筋など合わせて七箇所。出血しやすい部位が的確に狙われていた。
失われる意識の中、聡一郎の頭脳は最後の冴えを見せる。
本当に事件は起きたが、今回の自分は、探偵というより被害者になってしまった。
刺し傷の数とこの場の人数が一致するのは、偶然ではなく必然だろう。推理小説で使われる、古典的なパターンの一つだ。「この中に一人」どころか、自分以外の全員が犯人だったのだ。
ならば動機は、先ほど思い浮かべたように……。
そこまで考えた時点で、彼は力尽きた。
今度こそ事件を未然に防ぐ。リベンジを期すつもりだった金谷川聡一郎は、こうして彼自身がリベンジの対象となり、死んでしまうのだった。
(「名探偵のリベンジ」完)
名探偵のリベンジ 烏川 ハル @haru_karasugawa
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