艦内探索其の参
「人間じゃない? どういうことだ」
目の前に立つ得体のしれない存在に対し、二人は後ずさりながら拳銃を下げているホルスターに手を運んで質問をした。
「これを見りゃ分かるだろ。まあ、しょうがないか。教えてやるよ」
井上はブツブツと呟きながらポケットから駆動する機械の手で煙草を取り出し、吹かしながら二人の方へと近づいてきた。
近づいてくる井上に二人は身構えたが、特に何かをするわけでもなく通り過ぎ、通路の奥へと進んで行った。
二人は拍子抜けして顔を見合わせる。
「知りたいんだろ? ついてこい」
しばらく歩いて、付いてきていないことに気が付いた井上が振り返ってそう言うと、二人は覚悟を決めて付いて行った。
不思議なことに、永遠に続くと思われていた通路を井上と歩き始めると何度も通った水密扉を一度くぐっただけで機関室にたどり着いた。
「嘘だろ」
「言ったろ? 雪風はお前たちを認識できてないって」
ゴウゴウとうるさいエンジンが近くにあるにもかかわらず井上の声はまるでコンサートのオペラ歌手のように通っており、対照的に隣にいる伊藤の声は山城には聞こえなかった。
「お前らは砲手だったな。機関室は初めてか」
並列している蒸気タービンと内燃機関に興味が尽きず、間近で見ている二人に井上は肩をすくめながら、隣にあった消火装置にどこからともなく取り出した瓶を二つ取り付け、レバーを引いた。
プシュッと勢いよくガスが注がれた音が負けじと響き、二人は音のした方を見ると二つのラムネを持った井上が渡す。
「別に飲んだり食ったりしても死者にはならねえよ」
彼の言葉に伊藤は半信半疑の顔で渡された瓶と井上を交互に見ていたが、隣で勢いよく飲む山城を見て飲んだ。
その瞬間、二人は目を見開いた。
「これ艦長が出した…」
「さ、目玉はこの先だ。ついてこい」
持っていたはずの瓶が消え、さらに奥へと向かう井上の背中を追うように二人は追従する。
機関室の隣は様々な物資を補完する貨物室のはずだが、〈ゆきかぜ〉の貨物室はシャフトを保護するパイプを除いて海水で少し濡れているだけの、がらんどうだった。
「何もないですね」
「よく見ろ。一つだけあるだろ?」
伊藤の質問に井上は辟易したように言って二人が入った水密扉の近くを指差すと、縦に伸びたパイプのようなモノが一つ置かれていた。
「なんだあれ」
「分からない」
井上の回答に二人は絶句した。
だが当の本人は肩をすくめて「分からないものは分からないんだよ」と開き直って言い直す。
「予想とかはついてないんですか?」
山城の質問に、井上は答えず火が消えて咥えっぱなしだった煙草を捨て、踏み消して新しいのを吹かし始めた。
「なんとか言ったらどうなんだ」
その様子に伊藤が口を挟んだが、それを制するように彼は左手で宥めるような仕草をしながら煙草を半分ほど消費した。
井上は自身の足元が灰で少し濁った水溜りができた頃、やっと口を開いた。
「お前らはどれぐらい奴らのことを知っているんだ」
「え?」
突然の質問に二人は面食らった。
「だから、お前らはどの程度把握しているんだ。初邂逅は? 実戦は? 実践があったなら何を感じた?」
時間が惜しいのか捲し立てるような口調で再び質問を繰り返す井上に山城は怪訝そうな表情を浮かべ、伊藤はしばらく考えてから答えた。
「約十年前に米空母戦隊が突如として行方不明。それからしばらくして同国の湾岸部を襲撃。その知らせを受けた連合軍の増援と枢軸海軍が会敵し、大海戦の最中に[守人]たちが出現したことで人類は公式にその存在を知った。俺たちは今から約四日前にその実戦を迎えたばかりだ」
「お前ら、新人か」
「もう違う」
その問いに対する伊藤の答えを井上は鼻で笑い、その態度に彼は激怒しかけたが「逆に質問なんだけど──」という山城の声でなんとか抑えることができた。
「なんだ」
「あなたの話とこれまでの動作を見た限り、歴も長いしこの程度のことは知っていると思うし、今更聞いた理由は?」
山城の質問に二人は絶句し、異様なほどエンジン音が艦内に響いているように聞こえた。
「お前なあ──」
「だって、仮に艦長のことを知っているなら動機の可能性だってある。それにここで唯一会ったのはこの人だけだ。仮に幽霊だとしても、これまでのことは知ってるはずだ」
彼の言葉を聞いた伊藤はさらに顔を苦々しそうに歪め、やがてため息をつきながら頭を押さえた。山城の悪い癖でもある変な妄想がこのタイミングで現れたのだから。
今度こそは強く否定せねばと心に決め、言葉にしようとした時、井上が「おい」と低い声を発したためにまたしても阻まれた。
「なんですか」
山城はその声に対して少し不愉快さを示すような口調で反応した。
「お前ら、[守人]が姿を消す理由は知ってるか?」
「知らない」
「知りませんね」
二人がそう答えると、彼は少し買ったかのような優越感の混ざった顔でニヤリとした。
「ならとっておきだ。今からそれを見せてやる」
何を言っているんだと困惑していたその瞬間、船体からとてつもなく大きな金属がひしゃげる不協和音が鳴る。
「ぐうっ」
「ああっ!」
突然の音に二人は耳を抑えながらその場に跪き、うめき声を漏らし続ける。
「なんだ……急に。──なっ」
そしてさらに追い打ちをかけるように二人はうずくまって見ている床に目を奪われた。
先ほどまで朱に塗られた新品同様だった鉄製の床が今では錆まみれの赤茶となっていた。否、二人は分からなかったが目の前のみならず壁なども錆が進行していき、ついにはボソボソとした欠片を水溜りへと剥離しながらどんどん錆びて行く。
「なんだ、これは!」
山城は鳴り続ける不協和音に耐えながらも井上へと怒鳴りつけるために顔を上げ、目を見開いた。
「鶴の恩返しだったら泣く泣く離れるだろうが、今回はお前らだ。あばよ」
そう言う彼の身体は足元から床と同じく錆が進行しており、無事な肉体部分は白髪も抜け始めた老年へと変貌していた。
「おい待て!まだ話は終わってない!」
既に膝まで海水が浸水し、壁や至る所から水が侵入してきている部屋で山城は下から赤錆に変色して行く老人へ怒鳴りつける。
「ひとつだけ俺は嘘をついた。そこの荷物の中身だ」
「なんだと!?」
井上は声だけは貫禄のある状態で独白を始めた。
「そこの中には石川がいる。コイツが逃げる前に早く救い出してやれ。だが気をつけろよ。アイツはもう既に──」
彼は全てを言い終える前に全身が錆び、そして波にさらわれて消えた。
「おい聞いたか伊藤!?そこにいるんだ!きっと助けるぞ!」
「分かってる!」
残された二人は腰にまで浸水しきった通路を必死に歩き、柱近くにまでたどり着いた。
すぐに山城が張り付き、手当たり次第に叩いたりして中にコミュニケーションを試みる。
「いるんですよね!?」
彼が話しかけている間に伊藤は"偶然"手元に流れてきた鉄の棒を手に、取っ手が壊された部分に引っ掛けて手前に引いたり押したりしてこじ開けようとした。
だが中々開かず、ついに胸元まで水が浸かり始め諦めかけた時、中から微かに何かがぶつかるような音が聞こえた。
その音を聞いた二人は全力で水中の隙間に引っ掛けられた棒を引っ張り、顔が真っ赤になるまで力を出した時、それは勢いよく開かれた。
中からはさらに水が溢れ、残った空気の部分を圧迫しながらも彼は現れた。
「げほっ、げほっ」
気管支に入ったらしい水を吐き出す三十半のような見た目の男。その頬に走る特徴的な傷を持っている彼の名を二人は呼んだ。
「石川艦長……」
「貴官らか…無事で何よりだ」
自分の名を呼ばれた石川は〈ゆきかぜ〉に乗艦する威圧感を与えていた印象とはかけ離れた、優しい表情でいた。
大海原を駆けよ 諏訪森翔 @Suwamori1192
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。大海原を駆けよの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます