第3話 呼び出し

眞白は椅子から立ち上がるとテラスへと続く窓へと手を当て外を眺めた。


「眞白さま?」


会話の終わりは唐突であった。


「……眞烏が掃除を終えたようですね」


そう言ってなにかを吟味するかのように目を細め、「まぁいいでしょう」と小さく呟き身体を反転させる。そのまま窓へと背を預けると息をついた。


「もうですか?」


そう言ってルナは怪訝そうに眉をひそめ不満そうな声を出す。


「眞烏さんの掃除はいつも早くて本当にきちんとしているのか不安です」

「眞烏は手馴れていますから」


眞白の望みどおり仕事が終えられるのは良いのだが、如何せん二人きりの時間が少なすぎる。そう、ルナは不満なのだ。


「……片付けた方がいいですよね」


そう言ってルナは口を曲げると自身のティーカップとケーキの乗った皿をワゴンへと乗せる。


「また折を見て楽しみましょう」

「はい!」


淡々と表情も変えずに紡がれた言葉だがそれでも満足そうにルナは先程までの不機嫌はどこへやら、勢いよく返事をした。



「眞白さま、失礼致します」


そう言って眞白の部屋へと顔を出したのは眞白付きのメイド、カナエだ。


「お電話です」

「…………」


差し出された小型の電話機を見て、眞白は誰からだと目だけで尋ねる。けれどカナエは答えることもせず首を振る。それに合わせ、肩で切りそろえられた髪が左右に揺れた。

その仕草だけで全てを悟ったのだろう。眞白は小さく息を飲むと電話を手に取る。


「……はい。お待たせ致しました。お爺様」

『氷華か』

「…………はい」


そう返事をし、眞白は唇をかみ締めた。そして眞白は口を噤む。

電話越しの相手が黙っているはずもないだろう。けれど眞白は相槌を打つこともなく静かに耳を傾けている。

そして電話越しに告げられた言葉に眞白はただひと言「わかりました」と呟いた。

電話が切られたことを確認し、ルナが心配そうに近寄りその電話を受け取る。


「あの、眞白さ」

「城へ行きます」


ルナの言葉を遮るようにしてただひと言、そう告げた。



屋敷へと足を踏み入れた眞烏はその冷気にため息をつく。自分はきちんと仕事をこなしたはずだ。収穫はあったとは言い難いが、ルナが傍にいればそこまで機嫌が悪くなることもないはずだった。だからこそあそこで深追いすることも無く片付けて来たのだ。

にも関わらずこの冷気はなんだ。

眞烏はひとつため息をつくと眞白の部屋を目指した。

眞白の部屋へと入ればその冷たさは一層色濃くなる。

どうしたものかと考えながら足を踏み入れれば、室内には眞白のみ。従者の姿もメイドの姿もない。

その様子に何かを察した眞烏は、椅子へと腰掛け何かを待つ眞白の背に立った。


「おや、俺のお姫様は随分とご機嫌ななめなご様子で」


眞白の髪をひと房手にして弄びその耳元でそう囁けば、眞白は「ふざけないで」とぴしゃりと吐き捨てる。


「自分と離れているのがそんなにも寂しかったですか」


そう囁いて抱きしめるように眞白へと手を回せば、眞白はその手を払うことなく、けれどもより一層部屋の気温を下げ低く呟く。


「……人体の60%は水分と、忘れたわけではないでしょう」


眞白は氷を司る者。どんなものであっても水分さえあればそれを氷へと変えることができる。


「おぉ、怖い」


眞白の言葉に眞烏はさして驚いた様子もなく喉の奥で笑う。眞烏は降参だというように手を離し肩を竦めた。


「で、可愛い強がりのお姫様。どうしてそんなに機嫌が悪いんです?」

「……あなたも早く支度をして。お爺様からの呼び出しよ」

「大公の?」


眞烏は怪訝そうに顰めた後、小さく息を吐く。


「なるほど、それでその機嫌なのですね」


眞白は「無駄口を叩かないで」とぴしゃりと言い捨てると椅子から立ち上がる。


「仕方ないでしょう。お爺様の呼び出しがいい報せだったことなどないのだから……」


そう言って変わらない表情のまま眞白は窓の外を見つめた。



準備が出来たと呼びに来たルナにお礼を伝え眞白は眞烏にエスコートされるがまま馬車へと乗り込む。


「留守をお願いしますね」

「お帰りをお待ちしております」


心配そうなルナのその表情に眞白はひとつ頷いて、アトランティス城を目指す。

アトランティス城に住まうもの、現アトランティス大公である眞白の祖父のいる場所である。

時の栄華を象徴するような豪華絢爛なその城は眞白にとって決して居心地のいい場所ではない。かつ、今からされるその話を思えば憂鬱なことこの上ないだろう。


「……行きたくない」


そうぽそりと呟いた。その城へ向かう馬車の中には眞白と、そして眞烏の二人きりである。


「はいはい。そうですね」


そう言って眞烏は立ち上がると眞白の隣へと移動をする。


「会いたくないの」

「知っていますよ」

「また私は……」


そう言って唇をかみ締めなにかを言い淀む眞白の手を眞烏はそっと握りしめる。


「仕方の無いことです」

「……」

「だってあなたの望むものは、そうでもしないと手に入らないのでしょう?」


そう、どこか蔑むように言った眞烏は歪んだ笑みをこぼした。

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氷晶シミュラークル 剣之 千 @tsurugino

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