第2話 訪問者
ここ、眞白の暮らす屋敷は四方を森に囲まれている。森の中の小さな屋敷。
「一国の姫様のいる場所ではないんですけどね」
そう呆れたように呟きつつ眞烏は眞白に指示された北の森を目指す。
アトランティス公国。公国の大公の孫娘にして唯一の血縁者。即ち唯一の姫君である。となればもう少しそれなりの扱いというものがあっても良いものなのだが。
眞白に与えられているのはアトランティス城と比べ小さな屋敷と最低限の使用人のみ。眞白はそれ以外を自ら拒絶した。
「まったく。そのせいでこうやって狙われるというのに」
ため息混じりにそう言いつつ、眞烏はゆったりとした動作でその人の前へと立った。
「いらっしゃいませ、お客人」
にこりと笑んだ先にいるその人は、二つの死体の横でがたがたと震えていた。急所を守るように頭を抱え、身体を蹲め、小さくなりながら。
眞烏の声に弾けるように顔を上げると「助けてくれ」と弱々しくも震える声で縋り付く。
「おれ、俺は、こんなところで死にたくない……!」
ひやりとした冷気が身を包む。
「分からないんだ、何が起きたのか……!」
眞烏はその言葉をにこりとした笑みを崩さぬまま聞き続ける。
「森に足を踏み入れたら急に辺りが冷たくなって、みるみるうちに凍っていって……」
そこまで言うと、うっと嘔吐くようにして顔を下げる。
「気付いたときにはお仲間が冷たく凍えて死んでいた、と?」
クッと喉の奥で笑う眞烏の問いかけにかたかたと震えながらその人はこくこくと頷いた。
「助けてくれ、俺はこんな所で死ぬわけには行かないんだ……!」
そう必死で縋り付くその青年に、眞烏はふむ、と頷いてみせる。
「不思議なものですね。人の命を狙う者が、自らの命を顧みるなんて」
そう大袈裟に驚いて眞烏は困ったなと首を傾げた。
「では少し問答をするとしましょう。ところでお客人。君は誰かに雇われたのですか?」
「なん、で……」
「なぜだかこの屋敷にはあなたのような来客が多いもので」
そう言って眞烏は肩を竦めてみせた。
「俺は知らない!ここが誰の屋敷かなんて、ただ、女を……!この屋敷の主人と思われる女を殺すように言われただけだ……!」
その言葉にぴくりと眞烏の眉が動く。
「ここには誰がお住いかご存知で?」
「知らない!ただその女を殺せば莫大な謝礼があると……!」
眞烏はその青年の前に膝を着くと「それでは少し、昔話をしましょうか」と笑んだ。
「この公国がかつてアトランティス帝国と呼ばれていたことは知っていますね?」
「もちろんだ……!この国は、富と知と栄光の、世界最強の国家だったのだと……この国に住まう者なら子どもですら知っていることだ」
「そう。かつてこの国は帝国であり四つの公国を従えていた。ムー公国、メガラニカ公国、パシフィス公国、レムリア公国。今ではその四公国に一公国が加わり五公国としてそれぞれが各地を統治している」
「それが、それが一体なんだと言うんだ……」
「さてさて。少し考えてみようじゃありませんか。この時代、多種多様な能力者が存在する。植物を操るもの、心を覗くもの、天気を操るもの、挙げたらキリがないほど様々です。
しかしこれら能力は派生にすぎないと言われています。世界には元々五つの能力しかなかったとされている……。
そう、かつて能力者は今で言う五公国の大公一族のみに生まれるとされていました。ムー公国ならば土を、メガラニカならば水を、パシフィスならば風をレムリアならば炎を。それらを操ることが出来るものこそが一族の象徴であり強みだった」
「だから今更、それが一体なんだと……!」
「あぁ、自分としたことが……ひとつ忘れていましたね。我らが公国の大切な能力を」
そう、わざとらしく芝居かかった口調で眞烏が呟くと、思い当たる節があるのだろう。青年は顔面を蒼白にさせ、口をぱくぱくと開く。
「ここ、アトランティス公国に引き継がれし能力は氷、でしたね」
そう言って眞烏は辺りを見回す。
「まさか、ここにいらっしゃるのは……」
眞烏は答えずその青年へと指を向ける。向けた指先からはばちばちと、雷が飛び散る。
「そのとおり!ここにいるのは我らがアトランティス公国の姫君……!」
青年は、言葉を失いそのまま地面へと伏した。
「お前が狙っていたその女こそがアトランティス公国の姫君であり氷の能力者なのですよ、お客人」
その青年の前髪をつかみ、眞烏は無理矢理視線を合わせる。
「忠義を示せよ。お前が本当にここ、アトランティス帝国の民であるなら。アトランティスの象徴たる姫君を狙うのは誰だ。お前の飼い主は誰だ」
「あ……あぁ…………」
男はがくがくと震え出す。開いたままの口の端からは小さな泡が零れ落ちる。
「し、らない……俺は、本当に知らない……」
「ほぅ?」
「い、居酒屋だ……多額の報酬が支払われる居酒屋で、今日この時間、この場所で、この屋敷にいる女主人を殺せと指令書が」
その瞳はゆらゆらと揺れていた。
「そうですか。しかし困りましたね……姫君の命は飼い主を探すこと。このところ、こういった訪問が頻繁なので機嫌が悪いんですよねぇ」
眞烏は困ったと眉を顰め、それからパチンと指を鳴らす。
「ですが叩いて埃が出ないなら仕方がありません。姫君を手に掛けようとした罪、ここで償ってくださいね」
ドン、と空気が揺れた。音が大きく響き渡る。
大きな雷がその青年を目掛けて落ちた。
「アトランティス帝国に栄光あれ。なんてな」
そう言ってマオは眼鏡の奥、紅い瞳を細めた。
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