きれいな石
藤光
きれいな石
それは硬くて冷たいところがぼくと似ている。
「きれいな石」
「石英――水晶です」
出会ったきっかけも、この小さく透きとおった鉱石だった。たくさんいる人のなかから、彼女がぼくを見つけだした。鼻が利くでしょ、彼女は笑った。
「なんでぼくなんですか」
「あたしみたいなの、きらい?」
「そうじゃないです」
「彼女さんからのプレゼントかな」
「ちがいます」
「あ、図星だった?」
正直、彼女のような人は好きじゃなかった。
なにか言葉を口にするたびに、その裏側を見透かされていくようで。
「よく言われる。あたし空気読めないから」
「うちへ行きませんか」
「もう?」
彼女は一瞬、意外そうな顔をしたけれど、にっこりを笑顔を作ってうなずいた。そして、ちょっと待っててと言い残して花屋に入ると、
「お礼」
「どうして、花?」
「いつまでも残らないように」
ぼくたちに相応しいのだという。赤やピンク、オレンジといった色の組み合わせはとても美しい。なんという花なのか知らないけれど。
うちへ上がると、彼女はキョロキョロと部屋を見回した。男の部屋が珍しいのだろうか。ベッド脇の棚に並んでいる色とりどりの鉱石を見て小さく声をあげた。
「わ、たくさんあるんだ」
そして、ごめんねと断ってから、キッチンのあちこちを物色して、ワインの空き瓶とビール空き缶を探し出すと、洗ったそれに小分けにした花を挿した。
「一緒に並べると柔らかくなるよ」
ベッド脇のオパールと黒曜石のあいだに並べると、花弁の色がよく映えた。たしかに部屋の雰囲気が和んで見える。そのまま彼女をそっと後ろから抱きしめると、花とは別のいい香りにぼくは包み込まれた。
なにも言わなかったので、そのままベッドへ倒れこんだ。唇を合わせた。柔らかい。胸に手をはわせた。柔らかい。彼女の身体はどこも柔らかくて、行為のあいだじゅうしなやかだった。
「……な」
「なに?」
「あたたかいな」
「きみもあったかいよ」
触れあっているふたりの肌が熱くて、ぼくたちは顔を見合わせてくすくすと笑った。一度だけ。
「じゃあ」
時計をみると、午後11時50分。
「帰るの?」
「シンデレラの魔法が解ける時間でしょ」
彼女が服を身につけてゆくのをベッドの上から見た。つかの間この部屋に迷い込んだ天使の羽が折りたたまれてゆくのをぼくは見守った。
「悪いんだけど――」
ぼくは、だまって財布から五万円を抜くと、彼女に手渡した。視線を落としたまま受け取った彼女は念入りにそれを数えていた。
「これ」
「なに」
玄関で靴を履いた彼女を呼び止めると、手のひらに小さな水晶をひとつ落とした。
「あげます」
少し困った顔をしてみせたのは、彼女の優しさだったのだといまなら分かる。でも、彼女はきっぱりと断った。
「いらないわ」
彼女の手から床に水晶が落ちた。
午前0時15分。魔法が解けた部屋は硬く収縮しはじめていた。ただ、鉱石の横に並んだ解かれたブーケだけが、そこに柔らかい香りを留めていた。ベッドに横になると、ぼくは天使の夢をみた。
一週間。ブーケをほぐした花は、魔法の香りを放ってくれた。二週間、空き瓶と空き缶の上に花は色褪せた。三週間。枯れたブーケを引き抜くとゴミ箱に放り込んだ。棚には元どおりに鉱石が並んだ。それは硬くて冷たいところがぼくと似ている。
きれいな石 藤光 @gigan_280614
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
「百年の孤独」日記/藤光
★7 エッセイ・ノンフィクション 連載中 40話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます