第6話
「モモちゃんめ、可愛いことしやがって」
今度は、彼に頭を撫でられます。可愛いことをしやがるのは、彼の方です。
あの女性に見られていると思い、姿を目で追おうとしましたが、近くには彼と私以外誰もいません。
「あの百日紅」
彼はガラス戸の向こうの庭に目をやります。
「太宰治の家から移された百日紅だよね。ここのホームページに書かれていた。太宰の奥さんは、モモちゃんと同じ、甲府にいたことがあるんだよ」
「そうなの?」
彼の影響で私も多少は本を読むようになりましたが、知識は彼に及びません。それでも、彼の話を聞くのは心地良いです。
「太宰は甲府でお見合いして、相手を一目で気に入って結婚したんだって。甲府で新婚生活を送ってから、三鷹に引っ越したんだって」
お見合いで気に入って……どこかで聞いた話です。
「太宰さんは不器用だったのかな」
「不器用な性格も一因かもしれないね」
つい先程まで隣にいた女性が脳裏をよぎりました。
「モモちゃん、せっかくだから、一緒にお茶席をまわりませんか」
「うん、ぜひ」
彼に見つめられると未だに照れくさくて、ガラス戸に視線を逸らしてしまいました。
百日紅の枝が風に吹かれ、たおやかに揺れます。ツクツクボウシの声が、かすかに聞こえました。
グッド・バイ、百日紅の私 紺藤 香純 @21109123
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