カガノミヤ・レン
ああ、本当にボクは、なんてバカなんだろう。
僕は平穏を望んでいた。平凡で、紅茶を飲む時間を大切にできる。そんな普通の生活を。
だけど僕の周りはそんなことを許さなかった。
偉大な発明家。人類に革命を起こした科学者。異能の天才。
鏡宮燐。
世間は凡人とは比べようもない異能を人類のためにもっと使えと、命じ、示し、圧してきた。
だから、僕は、鏡宮燐は逃げた。
世間から、死んだことにして。
死体を偽装するだけでは意味がない。そうすると気づかれる可能性はある。鏡宮燐の『死』は必要だ。
そのために求めたのは――『死』を超えた先、新しい『生』。
鏡宮燐の人格思考記憶を引き継ぐための新しい身体。
それが『鏡宮蓮』(かがのみや れん)。
数少ない唯一の親族である彼は余命いくばくもなかった。最高級の治療を与える代わりに、彼の身体をもらった。こんなことをしているあたり、僕はたいがい『人間』らしい感情が抜け落ちているんだろう。ただ憐と蓮で名前が似ているな、なくらいしか思わなかった。
そして鏡宮蓮の人体をベースとしながら、生命維持装置や目的の達成のためにどうしても取り入れざる得ない機構をいれて、機械仕掛けの人間の身体――サイボーグの身体を作り上げた。
その身体に移植したのは――鏡宮麟の脳。
こうして僕は古い身体を捨てて、人造の新しい身体を手に入れた。
おそらく、これこそが――サイボーグ化したボクこそが噂されている『カガノミヤ・リンの遺産』だろう。
アンドロイド技術が発展したころから人間は『不老不死』の可能性を考えていた。今のボクは限りなくそれに近い。
しかし、僕は不老不死に興味があったわけじゃない。
僕は――天才の発明家を辞めて、自分の好きな屋敷で、リビングで、ゆっくりと紅茶を飲む。そんな当たり前の時間が欲しかった。
半分以上人間を止めて、若い少年の身体を犠牲にして、機械仕掛けの人形に自分の人格を押し込むことになっても。
自分のメンテナンスのためにも鏡宮憐の屋敷――研究施設が併設されているから、これは手放せなかった、だから鏡宮蓮として自分のモノを相続した。まさかそのせいで、念願のティータイムがなかなか味わえないとは、思わなかったけど。
ミカエルを作ったのは、たんに屋敷の管理や外とのわずらわしいことを担ってくれる存在がほしかったと、美味しい紅茶が飲みたかった。それだけだ。
プログラムをいじったのは、自分が人間を捨てるんだったら、機械も機械であることを捨てるチャンスがあってもいいんじゃないかな、と思ったからだ。深い意味なんてなかった。
だけど。まさか。
ボクが、ミカエルの本来の主人であるカガノミヤ・リンに――僕自身に嫉妬するなんて。
さらに驚いたのは。まさか機械が――たとえ裏技で原則のプログラムを破れることがあったとしても、究極的に主人以外のために動くことがないアンドロイドが!――あんなことのために、忠誠を誓うために、機械であることを捨てるチャンスを使うなんて思ってもいなかった。
いくら天才発明家、だといってもまだまだ僕はわからないことばかりだ。
ミカエルの表情筋が死んでいるのも、ボクが人間らしい感情が理解できていないからかもしれない。
それでも。
人間を捨てたボクでも、機械のくせにどこか人間じみたミカエルといたら――いつか、感情っていうものを、ちゃんと理解できる気がする。
そんな希望をにわかに持ちながら、今日もボクは世界で一番おいしい紅茶を飲む。
ま、その5分後には襲撃犯がきてまたティータイムはお流れになるんだけど。
人間捨てた人間と、機械らしくない機械。長い目で見れば、いつか二人でゆっくりお茶をとれることもあるだろう。そうだろ?
なんせ、ボクとミカエルは――あの天才発明家の『最後の遺産』なんだから。
カガノミヤ・リンの遺産 コトリノことり(旧こやま ことり) @cottori
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