夜中に鍋を食べながら勉強すると効率が良い
烏川 ハル
夜中に鍋を食べながら勉強すると効率が良い
「タカシ! またあんたは、こんな成績とってきて……。あたしゃ情けないよ」
母親の小言も鬱陶しいが、悲しそうな表情を見せつけられる方が、タカシには辛かった。
彼だって、好き好んで成績を悪くしているわけではない。いくら頑張っても良い結果にならないだけだ。
タカシの高校は中高一貫の私立であり、世間でも名の知れた進学校。年に何回か行われる実力テストで上位百人以内ならば、一流大学に合格できるという。
大学受験まで一年以上あるが、逆に言えば、もう来年は受験だ。いつも実力テストでは下から百位前後だが、一度くらいは上から百人に入ってみたいとタカシも思う。
「見てごらん。ケンジくん、また上位百番に入ってるわ」
個々のテスト結果と同時に渡される、成績優秀者百人のリスト。テストの出来は悪くても性格は真面目なので、タカシは素直に、それも一緒に母親に見せていた。
「あんたも昔は、ケンジくんみたいに神童扱いだったのにねえ。一体どこで差がついたのか……」
母親が言っているのは、小学生時代の進学塾の話だ。タカシとケンジは、小学校は別だが塾は一緒。当時はタカシも成績が良く、『ツートップ』と称されて「君たちは合格間違いなし!」と言われていた。
今思えば、あの頃がタカシのピークだったのだろう。評判通り二人一緒に、私立の有名中学に進んだのだが……。
いつのまにかケンジと差がついてしまった。どうしてなのか、タカシ本人が知りたいくらいだった。
「あんた、今でもケンジくんと友達だろ? 勉強のコツ、聞いてきたらどうだい?」
クラスは違うので特に親しい付き合いはない。それでも中学入学前からの友人ということで、廊下で顔を合わせる機会があれば世間話くらいはする仲だ。つい先日も、ちょうど放映中の深夜アニメの話で盛り上がったものだ。
とはいえ、学業のレベルが違うのはお互いに感じており、その方面の話題は何となく避けていたのだが……。
「うん、わかった。次に会った時に聞き出してみる」
タカシは母親の言葉を受け入れて、そう約束するのだった。
「母さん! 今日から夕飯は少しでいい。その代わり、夜食で鍋を用意してくれ!」
「なんだい、いきなり。あんた、鍋料理が食べたいのかい?」
ある日、帰宅したタカシが興奮気味に話し始めたので、母親は怪訝な顔をするが……。
「違うよ、母さん。ケンジから聞き出したんだ。夜食として鍋を食べながら勉強すると効果あるって!」
「おお! そうなのかい?」
タカシの説明を聞いて、母親の顔がパッと明るくなる。
「詳しい理屈までは聞いてないけど、脳のエネルギー補給の問題じゃないか? 炭水化物は糖分に変わってエネルギーになる、って言うから」
「勉強すると甘いものが欲しくなる、って話なら私も知ってるよ。なんちゃら糖が頭を動かす源になるんだとか……」
「きっとそれだ。でも甘いものの食べ過ぎは虫歯の原因とか体に悪そうだし、毎日続けるなら炭水化物が向いてるんじゃないか?」
「じゃあ鍋は鍋でも、うどんとか餅とか多めに入れないとね!」
こうしてタカシは母親の協力のもと、毎晩毎晩、炭水化物たっぷりの鍋を食べながら夜更かしして勉強するようになった。
寝不足のため、昼間の学校では居眠りも多くなる。それでもタカシは、
「学校の授業より、参考書や問題集の方が受験には役立つ。実際ケンジだって、そっち優先で成果を出してるんだから!」
と自分に言い聞かせていたのだが……。
二ヶ月後。
次の実力テストでは、成績が良くなるどころか、順位が若干下がっていた。
「やあ、タカシ。ちょっと見ない間に、ずいぶん太ったんじゃない?」
廊下ですれ違ったケンジが少し驚いた顔を見せたので、タカシは表情を曇らせる。成績は上がらなかったのに、この二ヶ月で体重は十五キロ増えていた。
「ケンジのアドバイスに従って、高カロリーの夜食を毎日食べてたからな……」
「は? 僕のアドバイス? 何それ?」
「しらばっくれるなよ。勉強のコツだ、って教えてくれたろ」
「ああ、その話か……」
ケンジはポンと手を叩くが、納得の表情を見せたのは一瞬だけ。すぐに顔をしかめていた。
「でも変だな。睡眠時間を削れとは言ったが、高カロリーの夜食なんて言った覚えないぞ」
「おいおい、今さら前言撤回は卑怯だぞ。こっちは素直に従ったのに……。僕をからかって遊んだのか?」
「いや、そうじゃなくて……」
言った言わないの押し問答になる二人。
どちらも正確な発言を覚えておらず、食い違っているが……。
タカシのボキャブラリーにない、少々古臭い言い方をケンジがしたために、誤解が生まれたに過ぎなかった。
二ヶ月前、タカシから勉強方法について聞かれた際、ケンジは次のように答えたのだ。
「僕は夜なべして勉強している」
(「夜中に鍋を食べながら勉強すると効率が良い」完)
夜中に鍋を食べながら勉強すると効率が良い 烏川 ハル @haru_karasugawa
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
カクヨムを使い始めて思うこと ――六年目の手習い――/烏川 ハル
★212 エッセイ・ノンフィクション 連載中 300話
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます