第191話 至難の采配
「……道?」
鶫がそう聞き返すと、壬生はナイフを手に持ち、ガリガリと地面に図を描きながら説明をはじめた。
「ああ。鶫は一定の距離までしかあの目玉に近づけず、糸も核とやらには届かない。それはつまり、ギリギリまでは糸が
壬生の描き上げた図には、デフォルメされた目玉に向かって伸びる階段のような物が描かれている。
――なるほど、糸で足場を作るのか。強度はそこまで出せないだろうが、壬生が駆け上がるくらいだったら十分に可能だろう。
「それは、多分できると思う。……でも、壬生はアレに近づいても大丈夫なのか? 俺や吾妻は多少は耐性があるけど、壬生はそうじゃないだろう?」
鶫がそう問いかけると、壬生は何でもなさそうな顔をして言った。
「それを確かめるためにも、一度確認に行きたいんだ。なに、無理そうなら素直に別の方法を考えるとも」
そんな言葉を聞いた鶫は、不安に思いながらもそれ以上追及することは止めた。壬生が意見を変えるつもりがないと悟ったからだ。
「……そうか、ならいいんだ。じゃあ、今度は転移する座標を決めておかないとな。跳ぶ場所がバラバラだと話にならないし」
「――だったら、此処から直線状にある位置でいいんじゃない。多少なら、その、私が影で足場を作って修正できるから」
鶫の言葉に、吾妻が目を逸らしながらそんな事を言った。
……態度はアレだが、とりあえずちゃんと協力をする意思はあるらしい。
だがそんな吾妻の言葉に対し、壬生は首を横に振った。
「いいや、
壬生はそう言うとビルの端まで歩き、遠くの道を指さした。
「基準とするならあそこがいいと思う。ちょうど良く道が開けているし、何より目玉まで一直線なのが素晴らしい」
そう言って壬生が示したのは、黎明の星の建物まで一本道になっている広い通りだった。
「いいんじゃない? 見通しもよさそうだし」
その道を確認した吾妻が同意すると、壬生は満足そうに頷いて言った。
「うん。じゃあ同意も得られたことだし、配置と役割を説明しようか。――下に降りたら、鶫は先に転移して目玉への入射角45度で階段を作っておいてくれ。吾妻さんは鶫が作る階段の基点の真下に待機。そして私が走ってくるタイミングと合わせて階段と重なる位置まで転移して欲しい」
そこまで壬生が話すと、怪訝そうな顔をした吾妻が待ったをかけた。
「……ちょっと待って。待機とか走るってどういうこと? 壬生さんは私と一緒に移動するんでしょ?」
そう吾妻が問いかけると、壬生はきょとんとした顔をして首を傾げ、不思議そうに告げた。
「うん? それはそうなんだが、せっかく道があるんだから、予め
「……私、他人と一緒に転移する時は皮膚接触がないとダメなんだけど」
「なら手を伸ばしておいてくれ。走ってすれ違う時に触れるようにするから」
「いや、え、本気で言ってる? 助走って言っても、あの弾丸みたいな速さのやつでしょ? そのタイミングに合わせろって? そんなの絶対にむ――」
吾妻は始終困惑した風にそう壬生に言い返していたが、途中で黙り込むように言葉を止め、ちらり鶫の方を向いた。目が合うと同時に、吾妻の顔が悔し気に歪む。
……これはただの推測になるが、吾妻は
……だが鶫から見ても、壬生の言っていることはかなりの無理難題だと思う。
吾妻の立場を自分に置き換えて考えると、自分に向かってくる弾丸をキャッチしてそのまま転移しろと言われているようなものだ。身体強化がされた結界の中ならともかく、生身の状態でそんな事を成功させるのは至難の業だろう。
――だが、壬生の言う通りに転移することができれば、かなりのアドバンテージになる。
目玉に壬生が生身で突っ込むことへの不安はあるものの、壬生が出せる最高速度で駆け上れば、確実に核の場所まで刃が届く。
念のため鶫も核の場所を示すため糸でガイドを付けるつもりだが、壬生ならば大体の位置を示せば勘で理解してくれる気がする。意味もなく、そんな風に思った。
今にして思えば、壬生は六華と呼ばれていた頃からそんな不思議な求心力があった。
どんな困難な敵が相手であっても、この人ならば、と思わせるだけの存在感と説得力が壬生にはある。世が世なら、きっと世界に名を轟かす大英雄になっていたに違いない。フレイヤ辺りが喜び勇んで勇士に勧誘してきそうだ。
――それにしても、吾妻はどんな返事を返すのだろうか。出来ないなら出来ないで仕方がないし、早めに申告をしておいた方がいいと思うのだが。
そうして鶫は特に助け船は出さないまま、吾妻が口を開くのを待った。
すると吾妻は自身の気持ちを落ち着けるかのように胸の前で拳を握ると、それを静かに解きながら大きく息を吐いた。どうやら心を決めたらしい。
「……分かった。やればいいんでしょ、やれば。――ただ物や魔獣はともかく、生きた人間相手にそんな無茶な移動は試したことが無いから、ズレた位置に転移する可能性はあると思う。できるだけ修正はするけど、変な場所に出るかもしれない事だけは頭に入れておいて」
吾妻がそう答えると、壬生はホッとしたように笑って言った。
「ああ、了解した。――じゃあ早速行ってみようか!」
◆ ◆ ◆
そうして下に降りた三人は、一旦二手に分かれた。
黎明の星のビルの下へ鶫と吾妻が、そしてその逆方向へ壬生が向かった。
当然ではあるが、鶫と吾妻の間に会話はない。鶫としては心の底から気まずい空気を味わっていた。
そうしてギスギスとした雰囲気の中ビルの下までたどり着いた鶫は、横目で吾妻を見た。
吾妻は鶫のことなど見向きもせずに、緊張した面持ちで壬生の方を見ている。
鶫はどうしたものかな、と思いながら重い口を開いた。
「……吾妻は、その、大丈夫そうか?」
「黙って。いま集中してるの」
そう素気無く返され、閉口する。
……まあ散々煽ったこちらも悪いのだが、口を開く度にこうも反発されると流石に気が滅入る。
そんな陰鬱な気持ちを押し殺し、冷静な口調で伝えるべきことを伝える。
「そうか。じゃあ取りあえず聞いてくれ。俺は予定通り先に行って階段を作るから、折を見て壬生に合図を頼む。……何があっても二人のことはちゃんと回収するから、着地のことは心配しないでいい。それだけは覚えておいてくれ」
――相手がどんなに嫌いな人間だとしても、協力体制を取っている以上は最善を尽くす。空に放り出された二人を傷一つなく地上に送り届けるのが鶫の仕事だ。そこに個人的な感情を挟むつもりはない。
鶫がそう告げると、吾妻は驚いた様に目を見張り、やがて不快そうにフンと鼻を鳴らした。どうやら返事をするつもりはないらしい。
まあ、鶫としては別にそれでも構わなかった。今さら仲良しこよしをするつもりはないし、吾妻は吾妻の役割を果たしてくれれば十分だったからだ。
――遠くの方で手を振る壬生を見て、小さく頷く。どうやら壬生の方も準備が出来たようだ。
壬生は最初の一回は確認と言っていたが、きっと場合によってはそのまま仕留めてしまう心積もりだろう。
だからこそ、一瞬たりとも気を抜くわけにはいかない。
そうして鶫は壬生に合図をし、壬生の花道を準備をするために暗い空へと転移した。
葉隠桜は嘆かない 玖洞 @kudo7gisa
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