憩い
盗人に逃げられたあの後、イゼルナは二人をカフェに誘った。
ルリとタマキはそれに応じて、カフェの角の席でルリとタマキは隣同士に座り、その対面にイゼルナが座っている。
カフェは落ち着きがありつつも賑わっており、イゼルナの行きつけの店らしかった。
イゼルナとタマキはコーヒー、ルリはココアを頼み、飲みながら談笑をする。
「じゃあ、二人もこの国で仕事探すわけなん?」
「まあ、とりあえずは……いつまでも宿暮らしじゃお金もなくなりますし」
「同い年くらいっしょ?あんまり固くならなくていいよー、気楽に話そー?」
イゼルナは長く揺らめく美しい金髪と端正な顔立ちからは想像ができないほど気さくにルリとタマキに接してくる。
その言葉にルリは安心したようにイゼルナと話し始める。
「じゃあ、イゼルナちゃんって呼んでもいい?」
「いいよー、じゃあうちもルリルリって呼んじゃおっかな!」
「えー!なんか照れるなー!」
タマキはそんな二人に少し気圧されながらコーヒーと注文していたフライドポテトを口に運ぶ。
イゼルナとルリは不思議と気が合うようであった。
「でもまー、アレな感じじゃない?二人とも戦えるようには見えないし、こういうカフェとかで働いた方がいい感じじゃない?」
「戦うお仕事っていうのもあるんですか?」
「あるよー、ってかうちがまずそうじゃん?」
イゼルナはにかっと笑って自分の胸当てをかんかんと叩く。
タマキはそれに付け加えるように話し始めた。
「イルグレアは国を守る兵士とか、あちこちで起きた事件を解決する傭兵ギルドとか、そういった仕事もある。そういうのはイルグレアが一番活発なんだ」
「そうなの?」
「そうそう、
イゼルナはやれやれといった感じで大袈裟に首をすくめてみせる。
ルリはその様子を見て、村の親友であったパルマのことを思い出す。
パルマもその日の釣りのことや戦った暴獣のことを毎回楽しげに話してくれていた。
表情がころころ変わったり大袈裟に動いて見せるところもよく似ていた。
「イゼルナさんは、やっぱりクレナロムから?」
「タマきちもうちのこと呼び捨てでいいよー」
「タマきち……」
タマキはフライドポテトを食べながら渋い顔をするが、そんなタマキを気にする様子もなくイゼルナは話を続ける。
「まーね、いろいろあってクレナロムを出てー、いろいろあってイルグレアにきてー、んでいろいろあって戦士として働いてる、みたいな感じー」
「すごいいろいろあったんだ」
「そりゃもういろいろよー」
ルリとイゼルナは楽しそうに笑いあった。
彼女は軽く話しているがきっと本当にいろいろあったんだろうなとタマキは考える。
最近はそういう話も少なくなったが、今でも緋族をあまり好まない者は多い。
そんな中でイルグレアの現国王、リドクルス王は人と緋族が手を取り合う未来を掲げ、イルグレアでは積極的に緋族の受け入れを行っている。
彼女もきっとそれに乗じてイルグレアに来たのだろうとタマキは推測した。
イゼルナはブラックコーヒーをごくごくと飲むと一息つく。
「まーほら、あたしはぶきっちょだから戦士になるくらいしかなかったけど、二人はなんか器用そうじゃん?イルグレアはそういう仕事の募集も多いし、仕事があれば寮とかにも住めるしねー」
「それ、メルディアさんも言ってたね、タマキちゃん」
「ああ、うん」
今思うとメルディア達もよくわからない存在だったとタマキはフライドポテトを食べながら振り返る。
トレジャーハンターを自称していたが、どう見ても育ちのいい貴族のお嬢様とその従者たちにしか見えなかった。
魔女の遺産を集めていることは確かだろうが、その目的は何もわからない。
あの一見ふざけているように見える機械や武器も相応の技術や資金が必要になるはず。
となればその研究に魔女の遺産を利用しているのだろうか?
とはいえ、また会うかもわからない相手だし気にしても仕方ないか、とタマキはフライドポテトをつまむ。
「二人がこの国で暮らすようになったらうちが守ってあげるかんねー、いつでも相談しなよー?」
「ありがとうイゼルナちゃん!」
「いいっていいって!」
タマキはそんな二人の様子を見てフライドポテトを食べながらまたひとり考える。
自分はいずれ復讐のためにこの国を出ていくことになるだろう。
しかしルリにはそんなことをする理由はない。
もとより彼女はこの国で働いて暮らす予定だったのだ。
この国で働くことで彼女が生きる理由を見つけられたのであれば、復讐に身をささげた自分と一緒にいるべきではない。
そう思えば、早い段階でルリを任せられそうな者を見つけられたのはラッキーだったのかもしれない。
「タマきちー、なんか暗い顔してるよー?」
「え……」
タマキは少しだけ驚いてをイゼルナを見る。
「……いや、少し考え事を……」
「やー、違うね。うちにはわかる、ずばりタマキちゃんは嫉妬してたね?」
「は?」
タマキはフライドポテトを持ちながら虚をつかれたような顔をした。
イゼルナはしたり顔をしてルリにひそひそと話すふりをして普通に声を出して話す。
「うちとルリルリが仲良くしてるからタマきち嫉妬してるんよ」
「えーっ!そうなのタマキちゃん!?」
「ちがう!」
目を輝かせるルリに向かってタマキは即座に否定した。
しゅんとするルリにイゼルナはこっそりと耳打ちする。
「あーいうのは照れ隠しだから、もうめっちゃ嫉妬してるよあれ」
「怒るよイゼルナ」
そういってタマキはフライドポテトをかじる。
「つーか、タマきちフライドポテト食いすぎでしょ!ほとんど一人で食ってんじゃん!!」
「早く食べないほうが悪いでしょ」
「いや、つーかフライドポテトいつ頼んだの?全然気づかなかったんだけど」
イゼルナはポテトを一本つまんで食べながらそう聞いた。
そういえば、とルリは昼食の事を思い出した。
「タマキちゃん、そういえばお昼、ポテトサラダとコロッケとジャガイモのポタージュだったよね……その、おいも、好きなの?」
「好きだけど、何か悪い?」
「マジで?昼もそんな食ってんの?ほんと食いすぎじゃない?」
「おいもは完全食品だからいいんだよ」
タマキは一歩も引かずにフライドポテトを食べ続ける。
ルリとイゼルナは顔を見合わせる。
おいもは完全食品。
そんな変な言葉がクールなルリから出てきたことが少しおかしくて二人は頬を緩ませる。
「なに?なんか悪いの?」
「ううん!むしろタマキちゃんになんか親近感わいた!村でもよくおいも食べてたもん!」
「好きなもんどんどん食べなー?完全食品だしね!」
タマキは顔をしかめながらそっぽをむく。
こうして美味しい食べ物の話をイスカやカリン、パルマともいつもしていたなあとルリは少し思い出して、それが少しだけ寂しくも嬉しかった。
そしてタマキにとっては、そんな記憶はずっと前のことなのかもしれないと考える。
ルリはタマキが七年もの間、どんな思いで過ごしていたのか何も知らない。
それでも、今こうして話をしていることはタマキにとって救いになるのではないか。
きっと自分と同じように……そうルリは思った。
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「別に宿まで送ってくれなくても……」
「いーの!うちがこうしたかったんだから!」
イゼルナはそういってタマキに向かってウィンクする。
そしてにこやかに笑いながら手を振って、宿の前から去っていく。
「んじゃーあたしはここで、ルリルリ、タマきち!また会おうねー!」
「うん、またねイゼルナちゃん!」
ルリもまけじと手を振り返してイゼルナを見送る。
タマキはふうと息を吐きながらも、ルリに付き合ってイゼルナが見えなくなるまで横に付き添っていた。
「えへへ、素敵なお友達が出来たね、タマキちゃん!」
「まあ……」
「嫉妬してる?」
「してない」
そんなことを言いながらタマキとルリは宿に入っていく。
そして部屋に向かおうとしたその時だった。
「ルリ・ラティスさん、ですね?」
「え?」
見ると、そこには金属の鎧で身を固めた兵士が立っていた。
タマキは警戒してルリを庇うように前に出た。
「それと、タマキ・アローニィさんですね。怖がらせてしまったのなら申し訳ありません。私はイルグレア王国の兵士です」
「兵士?」
「ルリ・ラティスさん、国王がお会いしたいと仰っています。明日の朝、どうか城まで来ていただけませんか。もちろんタマキ・アローニィさんも付き添っていただいて構いません」
ルリはタマキの顔を見る。
タマキは険しい顔をしながら兵士を睨んでいたがルリの視線に気付き、姿勢を正した。
「ルリ、どうする?」
「……い、行き、ます。お城」
「ありがとうございます。では明日また迎えに参ります」
そういうと兵士は礼をして宿を出ていった。
ルリは思い出す。長老と王は知り合いであった、ということを。
タマキはなおも警戒しているようだったが、ルリは決して悪い事にはならないだろうと考えていた。
そう、ルリとタマキは王との出会いによって、また新たな道を示されることとなるのである。
エルフの弓と魔女の銃 氷泉白夢 @hakumu0906
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