緋色の戦士
「ん、そうだルリ、ここは練習しとこう」
「練習?」
アップルジュースを飲みながら食後の会話を楽しんでいたルリはタマキの言葉に首をかしげる。
タマキはコーラを飲みながらカウンターを指さす。
「あそこ行ってさ、料理の代金支払ってきなよ。ホテルとかはあたしがお金出したけど、お金は持ってるんでしょ?」
「で、できるかな……」
「コーラをお酒と勘違いして慌てる田舎者には難しいかな」
「それは今関係ないよ!」
ぷりぷり怒るルリにタマキはけらけら笑う。
「別になんも難しいことないよ、このくらいの食事だったら銀貨2枚くらい払って、おつりもらって終わり。銀貨はわかる?」
「ぎ、銀色のでしょ?大丈夫だもん」
少し拗ねているルリにまたタマキは笑う。
ルリは頬を膨らませながら立ち上がり、しかしおそるおそるカウンターの方へ向かう。
タマキも少し後方からついていき、何かあった時のためのフォローの準備をする。
「あ、あの、お、お金、払います」
「はいはい」
にこやかな中年店員の前でかちかちに固まりながらも、鞄の中のお金が入った袋をあさる。
「む、村でもちゃんと使い方教わったし……」
ルリはおずおずとタマキに言われた通り銀色の硬貨を2枚取り出してそっと店員の前に置いた。
店員は硬貨を手に取ると、ふと違和感に気付く。
「おや、お嬢ちゃん。こっちは銀貨じゃないよ、これは……」
「え、え、あれ、何か間違えちゃったかな……?」
「……?」
どうやら何かがあったらしいことに気付き、タマキはルリと店員の元へと歩いていく。
ルリはあわあわとタマキに助けを求めるように見る。
「た、タマキちゃん、なんか銀貨じゃないって……」
「……?一体何出したのさ……?」
「お客様……これ、これは、まさか……」
タマキがよく見ると店員も手が震えて少し驚いているように見える。
銀貨をよく見てみると、一枚はごく普通の銀貨だ。
しかしもう一枚の方は普通の銀貨ではない。
タマキはまじまじとその銀貨を見て、そして気付く。
「……!!?……」
「お、お、お客様、これ……は……」
「すみません店員さん!これメルナージュの行商で買ったレプリカで、どっかに行ったと思ったら硬貨の袋に紛れ込んでたんだ!」
ルリはひとりだけ状況が何もわからないままタマキと店員の顔をきょろきょろと見る。
タマキは慌てて銀貨を一枚取り出して店員に渡す。
「お騒がせしてすみませんでした!」
「あ、ああ、メルナージュで……なるほどね、いやあびっくりしたよ……」
ルリはタマキにつられるようにわけもわからないまま頭を下げる。
その後、タマキはおつりと柄の違う銀貨を受け取り、ルリの手を引いて店を出た。
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タマキは少しだけ急いで、店が見えなくなったあたりの道の端で息を整える。
ルリもすぐにその後に追いついてきた。
あたりは暗くなりはじめ、人の姿は殆どなかった。
ちょうど皆食事時なのだろう。
「はー、驚いた……」
「た、タマキちゃん、私なにか変な事しちゃった……?」
「変な事っていうか……なんていうか、ルリ、それ村でお金って言われてもらってきたわけ?」
「んーと……」
ルリは村を出た時のことを思い出す。
そう、確か自分がいつか使うためにもらっていたお金と、長老の家にあったお金を少しだけもっていった時。
「……そういえば、燃え残った棚の奥にも銀色のお金みたいなのが一枚あったから、それも袋に入れて……」
「なるほど、それだ」
タマキは先程の銀貨を手にしてじっと見つめる。
ルリは何もわからないといった顔で首を傾げた。
「これは銀貨じゃない。国王から送られる勲章だよ」
「くん、しょう?」
そういってタマキはルリに勲章を返す。
ルリは不思議そうな顔でそれを眺めている。
「要するに王様に功績を認められた証ってこと、しかもただの勲章じゃない。先々代国王、エルゴス王の勲章だ」
「……?」
「って言ってもわかんないよね。まあ簡単に言うと……エルゴス王がその生涯に与えた勲章は三つだけ、そのうちの一つはメルナージュの博物館に、一つはその勲章を受け取った家系がまだ所有していて、もうひとつはその行方がわからなかった……正確に言えば、誰に与えたのかもわからなかったんだ」
「………………」
ルリはしばらく難しい顔をしていたが、少しずつ言葉の意味を理解しはじめる。
そしてはっとした顔でタマキに問う。
「……じゃあ、それってつまり、その勲章を受け取っていたのって、長老ってこと!?」
「……詳しくはわからないけどその可能性は高いと思う」
そもそも存在が隠されていたエルフが所有していたのならば確かに今まで誰に渡したのかもどこへ行ったのかもわからなかったにも説明がつく。
先々代エルゴス王とエルフの長老には交流があったのだろうと推測はできた。
「でも今の本題はそこじゃないんだ」
タマキの言葉にルリはまた首をかしげる。
「つまりね、この勲章はこの世にふたつとない非常に貴重なもので……その価値はとんでもないものになるってこと」
「と、とんでもないって……?」
「たぶんあの店ごと買い取っても全然余るくらい」
ルリはようやく事の重大さを理解したように目をぱちぱちとさせる。
だから店員はあんなに驚いて、タマキはこれをとっさにレプリカだと言って誤魔化したのだ。
「全然気づかなかった……銀色だし……大きさも近いし、同じようなものだと……」
「ま、お金の概念も知らなかったんじゃ間違えても仕方ないし、あたしもちゃんと確認しておけばよかったよ、ごめん」
「ううん、また助けてくれてありがとう」
二人は一度宿に戻ろうと道を歩く。
夜道には二人の足音だけが響いていた。
「そういえば長老、イルグレアの王様のこと知ってるみたいな話してたなあ……」
「たぶんそれがエルゴス王のことだったんだろうね」
「その勲章、どうすればいいのかな」
「んー……そのあたりも含めて一度宿で休もうか」
タマキがそう言ってルリの方を見ると、ルリはぽけっとした顔で勲章を眺めていた。
「でもこんなのにお店が買えるほどの価値があるんだ、へんなの」
「ま、そういうもんなんだよ」
ルリがその勲章をとりあえずまた鞄にしまおうとしたその時だった。
「とっ」
「わ……っ!?」
「……!」
後ろから不意にやってきたフードのついたぼろ布のような服をかぶった何者かがルリにぶつかった。
何者かはそのまま走り去っていく。
「びっくりしたー……」
ルリはぽかんと見ていたが、タマキはすぐさま追いかけつつルリに問いかける。
「ルリ!勲章は!?」
「え?あれ?」
「あいつに盗られたんだよ!油断した!」
「え、ええーっ!?」
ようやく何が起こったのかを把握したルリはタマキとフードの盗人を追いかけはじめる。
盗人は足が速く、タマキとルリはなかなか追いつけない。
「きっとさっきの店であたし達を見てたんだ!」
「ど、どうしよう!弓置いてきちゃった!」
「街中で弓なんか撃ったらそれこそ
盗人は素早く道を変えてそのまま走っていく。
間違いなくこちらよりも地理に詳しい。
タマキは舌打ちをしつつもなんとか追いすがろうとする。
「だめだ……このままじゃ逃げられる……!」
「……長老……」
「……!」
タマキは一瞬ルリが呟いたその言葉を聞き逃さなかった。
ルリには勲章の価値はよくわかっていない。
だが彼女にとってあれは長老の形見でありかつて村があったことの証なのだ。
取り戻さなければならない。
だが、だめだ。
ルリとタマキは全く追いつくことができない。
そしてついに姿を見失いかけた、その時だった。
「うあっ!?」
前方の方から声が聞こえた。
見ると盗人は何かに弾き飛ばされ、倒れたように見える。
何が起こったのかはわからないが、その隙にタマキとルリは盗人に追いついた。
「うぬぬぬ……は、離しやがれです……!」
そこには倒れこんだ盗人が、しゃがみこんだ少女らしき何者かに腕を掴まれているのが見えた。
その少女は美しい顔立ちに金色の長いポニーテールをなびかせ、金属の胸当てに赤黒いマントが街灯に照らされよく目立つ。
さらに背中に大きな剣を背負ったその少女は明るい口調で話しかける。
「ごめんごめん、怪しいのがびゅんびゅん走り回ってたからさー、ちょっと一旦話聞こうかなーって」
「……ぼ、ボクは別に怪しいものじゃねーですけど!?」
「んー、どうなのその辺?」
と、少女はルリとタマキの方を見てそう言った。
その瞳の色はまるで血のように赤かった。
「……そいつは、こいつの物を盗んだ泥棒だ」
タマキが呼吸を整えながらルリを指してそう言う。
ルリはこくこくと頷くと少女は盗人の手を締め上げた。
「いたたたたた!!」
「盗んだもの返しなー?この腕が惜しくなかったらさー」
盗人はフードからのぞかせた顔を悔しそうに歪めつつ、銀色の硬貨を放り投げる。
タマキが急いでそれを確認した。
「……これで間違いない。ルリ、ほら」
ルリはタマキから勲章を受け取るとほっと息をついて、今度こそ鞄の中にしまう。
赤い目の少女は盗人を掴んだ手を緩める。
「さーて泥棒さん、ちょっとお城の方でお話ししよっかー」
「う、うう……わかりましたですよ……」
赤い目の少女はそっと盗人を立たせて、一瞬だけ腕から手を離した。
その瞬間、盗人の服の中から白い煙が物凄い勢いで上がり始めた。
「うわっ」
「ひゃあっ」
「な、なんだこれ……!」
少女とルリ、タマキはあっという間に白い煙に包まれ何も見えなくなってしまった。
真っ白な煙の中、遠ざかる足音と盗人の声が聞こえてくる。
「だーれがお話なんかするですか!!冗談じゃねーですよ!!あーばよですー!!」
白い煙が徐々に晴れていくと、そこにはすでに盗人の姿はなかった。
タマキはルリの無事を確認すると、近づいて声をかける。
「大丈夫?勲章は盗られてない?」
「……だ、大丈夫、みたい」
ルリはぎゅっと抱きしめた鞄を確認してそう言う。
さすがに盗人自身もあの煙の中では逃げるので精一杯だったのだろう。
「いやー、逃がしちったなー……にしても君たち、泥棒なんてついてないね。普段あんなん滅多にいないんだけどなー……」
赤い目の少女は親しげに笑いながらそう言って頭をかく。
立ち上がった少女は年はルリやタマキとほとんど変わらないように見えるがやや背が高く、すらっとした印象を与えた。
「いやあまあでも、盗まれたものはちゃんと返ってきたみたいだし?一周回って逆に運良かったみたいな?」
「は、はあ……」
タマキが顔立ちのわりによく喋る少女に少しばかり怯んでいると、ルリが頭を下げた。
「うん!おかげで何も盗まれなかったみたいでよかったです!ありがとうございます!」
「いやいやー、うちは当然のことをしただけだって」
少女はそう言って胸を張る。
が、その直後少しだけ目をそらしながら独り言をつぶやいた。
「ていうか、さっきのって、もしかしてアレかなあ……アレだよねぇ……やっちったかなあ……」
「アレ?」
「いや、ううん!なんでもない!こっちの話ー!」
タマキの疑問に少女はそう言って手をぶんぶんと振って笑顔で返す。
そんな様子を見ていたルリは、気になっていたことを聞くことにした。
「あの、もしかして緋族なんですか?」
「んー?なになに?緋族に興味ある系?」
「ルリ」
タマキはルリをぐいと引っ張ると無理矢理頭を下げさせた。
ルリはわたわたとしてタマキに抗議の声を上げる。
「すみません、この子ちょっと田舎から出てきたもので、緋族に会ったのも初めてなんです、どうか許してあげてください」
「いーのいーの、この国でもやっぱ緋族って結構珍しいしね、んじゃあ自己紹介!」
そう言って赤い目の少女はくるりと回ってマントを翻しながら、にかっと屈託のない笑顔を見せる。
その表情とは裏腹にその剣や胸当ては飾りではなく、彼女が本物の戦士であることを物語っていた。
「うちの名前はイゼルナ・ルフレイ。お察しの通りの緋族で……まー、ちょっとした事情でこの国で戦士やってんの、よろー!」
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一方その頃、イルグレア城の王の部屋にて。
王はこの日、国にやってきた者を調べる業務をしていた。
そして、ひとつの書類に目が留まる。
「……ルリ・ラティス……」
王はその名を呟くと窓の外……西の方角を眺める。
眉間にしわを寄せ、思考する。
「……まだなんの連絡もなかったはずだ……何かあったのですか、レクサラール様……?」
王はそう呟きながら窓の外を見た後……また業務に戻っていった。
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