エルフ、オムライスを食べる
夜も近づくころ、おなかをすかせたルリを連れてタマキはひとつの建物の前に来ていた。
「ここは……!?なんかすごい綺麗な建物だけど……!」
「レストランっていって、まあ食事をするところだよ」
「食事……わかったよタマキちゃん!」
ルリはぐっと腕を見せて胸を張る。
タマキは少し怪訝そうな顔をした。
「これでも料理は得意なんだよ!」
「あー……あのねルリ、料理は作ってもらえるから、あたしらは食べるだけ」
「えええっ!?つ、作ってもらうの!?お祭りでもないのに!?」
「そういう店なんだよ」
タマキに連れられおずおずとルリはレストランに入っていく。
入った瞬間に美味しそうな食べ物の匂いがただよってきて、ルリは思わずよだれをたらしそうになった。
テーブルに座った大勢の人々が様々な見たことのない料理を食べている。
「ほら田舎者、きょろきょろしてないで座って」
「なんか不思議な感じ……」
タマキは開いているテーブルにルリを招き寄せ、座らせる。
対面して座ったあともルリはどこか落ち着かない様子でそわそわしていた。
やがて水やメニューが運ばれてきた時にもルリはいちいち驚いてタマキにためいきをつかせた。
「……タマキちゃん」
「なに」
「何が書いてあるのかわかんない……」
ルリは困惑した顔でタマキに助けを求める。
どうもルリにはメニューに書いてある料理名がまるで理解できていないようだった。
「あんた村では何食ってたの」
「焼いたお肉とか……焼き魚とか……野菜炒めとか……キノコ炒めとか……いや、違うんだよ!もっといろいろ作って食べてたけど、その、名前とかそういうのなくて……!あ、スープとかサラダとかはわかるけど……!」
ルリは何も言われていないのに勝手に弁明をし始める。
つまりは村暮らしの彼女には料理に名前がついている、ということ自体に馴染みがないらしかった。
それはタマキにとっても決して無縁の記憶ではない。
かつて暮らしていたタマキが暮らしていた村は非常に小さく全員が家族のような存在で……
そこまで考えてタマキは首を振って感傷を捨てた。
「じゃあどういうもの食べたいか言ってよ、それっぽいの頼むから」
「う、うーん、そうだなあ、お肉やお魚は結構キャンプで食べたし……あっ、じゃあ卵とご飯とか……そういうのがいいかなあ」
「じゃあオムライスにしよう」
「おむらいす……」
ルリはぽかんとした顔でオウム返しする。
タマキはそれを気にせず、店員を呼び止め注文をしていた。
「オムライスと、コロッケとじゃがいものポタージュとポテトサラダ」
「えっ!タマキちゃんたくさん頼んでる!ずるい!あっあのっ、じゃああの、このキノコのスープ!ください!」
店員の女性は少しだけおかしそうに微笑むと店の奥に去っていった。
「まったくもう……」
「だってー……」
二人はそう言いあうと、なんとなくおかしくなって二人で声を殺して笑いあった。
ルリは友達の事を思い出しながら。
タマキはかつての村のことを思い出しながら。
食事を待つほんの少しの間、おかしくもむずむずするような、そんな時間を二人は過ごした。
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やがて料理がやってくると、ルリの前にはオムライスとキノコのスープが、タマキの前にはコロッケとポタージュが、そして真ん中にポテトサラダが置かれた。
ルリはスプーンを持ってまずはスープを一口飲んだ。
「……!おいしい!村のとは全然違う感じ!」
「……食器は使えるんだね」
「タマキちゃん、ちょっと私の事バカにしはじめてるでしょ」
ルリはタマキをじっと睨むと、次はオムライスを食べた。
「……!卵焼きの中にご飯が入ってるんだ……!すごい、美味しい!」
「そりゃよかった」
「……」
ルリはオムライスをもう一口食べると少し考えるようなそぶりを見せ始めた。
タマキが怪訝な顔でルリをみると、ルリはぼそぼそと呟き始める。
「卵にはバターが入ってるかな……ご飯の方はトマトと鶏肉で味付けして……うん、それに野菜と……隠し味は……」
「ルリ?」
「……うん、わかった。これなら作れると思う!」
ルリはぐっと手に力を込めて微笑んで見せる。
タマキは驚いてルリに聞く。
「……作れるって、オムライスが?」
「うん、たぶん材料も作り方もわかったと思う」
「……それも……そのそういう力なわけ?」
「そういう……?」
ルリは少しだけ首をかしげてから、あっ、と気付いて手をぱたぱたと振る。
「これは別にそういうのじゃないよ、ただの私の得意技っていうか、こうみえて料理とか裁縫とかは村一番だったからね!」
「……料理得意って、本当なんだ」
「タマキちゃんやっぱり私の事バカにしてるよね!」
「そんなことないって、割と本気ですごいと思ってるよ」
「そ、そう?えへへ」
怒ったり照れたりところころと表情を変えるルリ。
そんなルリを見てタマキは少し複雑そうに笑った。
人とエルフというだけで既に大きな差があるのに、さらにルリは常に明るく取り柄もある。
彼女にはきっと復讐以外にやりたいことがたくさんあるのだろうな、とタマキは思う。
自分には復讐しかやれることがなかった。
今更それを嘆く気も復讐をやめるつもりもない。
それでも、タマキにはルリが少しだけ眩しく見えた。
そんなタマキに、ルリは語り掛ける。
「やっぱりタマキちゃんがいてくれてよかった」
「え」
「だって私一人じゃ城に入れてたかわからないし、入れても宿も取れないしレストランも知らなかったもん」
「……別に、田舎者じゃなかったら誰でも知ってることだよ」
タマキは少し皮肉交じりにそう答える。
ルリは首を横に振る。
「でもタマキちゃんは私が疑問に思ったこと全部答えてくれるし、私が気付かなかったことを教えてくれるし、どんなもの食べたいかまで考えてくれたもん」
「……」
「きっと私、一人だったら途方に暮れて泣いちゃってたかもしれないもん。だから、本当にタマキちゃんと友達になれてよかった」
「……あ、そ」
タマキはふいとそっぽを向く。
それを見てルリはまたえへへと笑うのだった。
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