自由の国、イルグレア
「う、わーーーーーっ!!」
ルリは門をくぐると同時にその光景を見て叫んだ。
綺麗に整った道と頑丈そうな家、さらに大勢の人間、見たことのない服。
道路のわきには花壇や植木も植わっており、用途の分からない長細い棒や金属でできた看板などがルリの目を奪う。
足を踏み入れた瞬間の舗装された地面を踏んだかつかつという音にさえ感動していた。
「ちょっと、田舎者まるだしで恥ずかしいからやめなよ」
「田舎者だもん!見たことないものばっかりだよ!なにこれ!これが国なの!?」
「はあ……」
開き直るルリにタマキはため息をつく。
騒ぐルリを周りの人々が微笑ましくみており、ルリはその一人一人と目が合うたびにお辞儀を返していく。
「そんなことしてたら日が暮れるから。ほら行くよ」
「ねえタマキちゃん!あの棒なんなの?」
「あれは電灯、魔女の遺産の力で光る明かりだよ」
「明かり!?あれが明かりなの!?」
「ああもううるさいな!あんまり騒がないで!」
直後、タマキはルリにだけ聞こえるようにこっそりと言う。
「変なこと言ってエルフだってばれたら困るでしょ?」
「あ……そっか、何も考えてなかったや……」
ルリはえへへと笑いながら喋るのをやめる。
それでもそわそわとあたりを見回してはすぐに寄り道をしようとするのをタマキはなんとか引っ張っていく。
「とりあえず宿をとって今後の相談。まずはそこから。だからふらふらとどっか行くんじゃない!戻れ!!」
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そうしてなんとか宿にたどり着いたタマキとルリは部屋を取る。
あまり高い宿ではないが2つのベッドとシャワールーム、それに十分な広さはある。
通されたのは二階の部屋でルリは窓の外にも興味津々だった。
タマキは荷物を置いてベッドに腰かけた。
「まったくもう、ほんと疲れた……なんで宿取るだけでこんな疲れるんだ……」
「……」
「……なに」
ルリは困ったような顔でにこりとしつつ一言も喋らない。
タマキはふと気付く。
「……もう喋ってもいいよ、ここ防音だから、平気」
「ふあーっ、えへへ」
「別に喋るなとは言ってないんだけど……」
タマキは呆れながらもベッドに寝転がる。
するとルリはタマキの寝ているベッドのふかふかさを確かめるようにさわり再び目を輝かせ弾むようにベッドを転がり回る。
タマキは慌てて跳び起きるとルリの背中を軽くぱしんと叩く。
「はしゃがない!というかあんたのベッドはあっち!」
「えー!こんなに広いんだから一緒に寝ても」
「あっち!……チッ、なんであたしがこんな……」
タマキが頭を抱えて悪態をつく。
ルリはしぶしぶ転がり回るのをやめてベッドの端っこに座ると、少し考えてからタマキに声をかける。
「タマキちゃんタマキちゃん」
「なに……というかあんたのベッドあっちだって」
少しいらだちながらもタマキが返すと、ルリは少し不思議そうな顔をして言う。
「なんだか、不思議な人たちがいっぱいいたよね、私、あんな人たち見たことない」
「……?そんな人いた?別に普通の人間しかいなかったと思うけど」
「うーん、なんていうか、腰が曲がっててお顔がしわしわで……他の人と比べるとちょっと元気がなさそうっていうか……」
「……」
タマキは少し考えて、ルリが町中で余計なことを喋らなかったのが正解だったかもしれないと思った。
エルフと人間の大きな違い、それはもしかしたら魔法が使えるだけではないのかもしれない。
「……エルフには、お年寄りはいないの?」
「お年寄り?長老みたいな人?」
「長老がどんな人かは知らないけどさ……まあ簡単に言えば、人間は年を取るとああなるんだよ」
「ええっ!?じゃああれはおじいちゃんおばあちゃんだったってこと!?」
ルリには老人、という概念はあるらしいがそれが見た目と結びつかなかったらしかった。
タマキは確かめるように会話を続ける。
「エルフってのは、年をとってもそういう感じにはならないってこと?」
「うん……そう、なのかな?あまり見た目、変わらないよ」
「……そういえばエルフの寿命は1000年以上あるって聞いたことあるけど」
ルリはびっくりして慌てて否定する。
「そんなにはないよ!普通に200年くらいしか生きないよ!」
「それでも人間の2倍くらいは生きてるんだけど」
「うそ!」
ルリは心底驚いた様子で口を抑える。
そんなことでうそついてどうすんの、とタマキは言って、さらに続ける。
「……急に不安になってきた、あんた本当は何歳なわけ?」
「えっ、えっと、その、じゅ、16歳……」
ルリの方も不安そうにそう答える。
タマキは少しだけ安心したようにためいきをついた。
「……じゃあ、あたしと同い年だ」
「そ、そっか!よかったー、16歳なのも変だって言われたらどうしようかと思ったよ……」
「あたしもあんたが本当は100歳とかだったらどうしようかと思った」
ルリとタマキはお互いに安堵した。
その後情報をすり合わせ、日にちや年の感覚は同じであるということもわかった。
そしてエルフは2,30台を境に見た目の変化が殆どなくなるということ。
それに合わせて、身体の衰えも非常に少ないということ。
エルフの長老は183歳だったが見た目は人間の40台くらいであったことなどをタマキは聞いた。
「驚いたな、エルフってそこまで人間と違うものなんだ」
「んー、でも、タマキちゃんの話を聞いてると少しだけわかったっていうか……確かに体の変化は殆どないんだけど、魔力はどんどん少なくなっちゃうんだ。長老ももう魔法を殆ど使えなくなってて……」
「なるほどね……多分だけど、見た目が似ていても体のつくりから全然違うんじゃないかな、緋族みたいにさ」
「緋族……って、確か冥王の……」
タマキは頷いた。
かつて世界を混沌に陥れた冥王をはじめとする異世界の種族、緋族。
緋族の特徴はその身体能力と、緋族と呼ばれる所以となったその紅い瞳だ。
本気を出した彼らはまるで獣のように狂暴で、その力と速さは人間の比ではなかったとされている。
「今では多くが北のクレナロムに暮らしているし、多分この国で暮らしているのもいるんじゃないかな」
「勇者が戦いを好まない緋族を許したって話だよね、かっこいいよねえ」
「……ま、それでも人と緋族の溝は相当深かったらしいし、今でも完全に解消されてるかって言われるとね」
「そうなんだね……」
ルリは少ししょぼんとして枕を抱えながらベッドの上にごろんと寝転がる。
タマキはため息をついてルリを呆れたような目で見る。
「だからあたしのベッド……」
「……緋族との戦いには、人とエルフが協力して戦ったんだよね……どうして、エルフは人から離れていっちゃったのかな……」
「……さあね、むしろそういうのはルリの方が詳しいのかと思ってたけど」
タマキの言葉にルリは寝転がったまま首を横に振る。
「お父さんもお母さんも長老も、誰も教えてくれなかったんだ。きっと何か理由があったんだと思うんだけど……」
「……そっか」
タマキは、じゃあもうわからないかもしれないね、と言いかけてやめた。
そして宿の一室はしばしの間静寂に包まれる。
「……タマキちゃん」
「……なに」
タマキは少しだけ気遣うようにルリに語り掛ける。
ルリはゆるりと起き上がると、少し切なそうな顔で言う。
「……おなかすいちゃった」
タマキは無言でルリの頭をはたいた。
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