王と勇者

二つの神話と四つの国

 今から大体800年ほど前の話。

 人とエルフは交流が少なく、お互いに偏見も多かった。

 人はエルフのその魔法を脅威に思い、エルフは争いの耐えない人を恐怖に感じていた。

 その状況を変えたのが神が遣わした一人の少女……後に魔女と呼ばれた存在だ。

 魔女は人にも扱える魔法を生み出し、そして多くの戦いを治めた。

 そして人とエルフの架け橋となり、その生涯に多くの功績と遺産を残したのである。


 それから平和に過ごしてきた人とエルフだったが今から500年ほど前、この世界に冥王めいおうと呼ばれる存在が現れる。

 冥王は異世界から現れた存在だとされており、彼を含めたその存在は緋族ひぞくと呼ばれることとなる。

 緋族はさらに、狂暴な冥獣めいじゅうと呼ばれる生物を引き連れ世界を混沌に陥れた。


 人とエルフは緋族に立ち向かい、やがて神は再び一人の人間……勇者と呼ばれる存在を呼び、勇者は聖なる剣にて冥王を滅ぼしたとされている。

 争いを望まなかった一部の緋族は勇者の計らいにより冥王が拠点としていた北の地にひっそりと暮らすこととなった。

 冥獣はその多くが野生化し、今でも各地に点在している。

 未だに人々を脅かす凶悪な存在もいれば、人々と共に過ごすことを選んだものもおり、今では前者を暴獣ぼうじゅう、後者を静獣せいじゅうと呼び区別している。


 それから現在までの500年の間に、世界には大きく分けて四つの国が生まれた。

 魔女が拠点としたとされる芸術の国、西のメルナージュ。

 商業が盛んで最も栄えている商売の国、南のハディンストルク。

 多くの緋族とわずかな人間が住む武術の国、北のクレナロム。

 そして戦いを終えた勇者が治めたと言い伝えられる自由の国、東のイルグレアである。

 細々とした小さな村や集落なども存在するが、それらもこのどれかの国の領土として扱われる。

 小さないざこざはあれど、四つの国は大きな争いもなく互いを尊重し、世界のバランスを保っていた。


 しかし、これら四つの国が栄えると同時にエルフは次第に人々の前から姿を消していった。

 今では彼らの行方を知る者は誰もいない。


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「ここが……イルグレア王国!」


 ルリはその大きな城壁と門を見上げて口をぽかんと開けながら目を輝かせる。

 そして隣にいるタマキに嬉しそうに話しかける。


「すごいよタマキちゃん!私こんな大きな建物初めて見た!!すごい!!」

「これは建物じゃなくて城壁。イルグレア王国はこの壁の中にあるんだよ」


 イルグレアは城下町ごと巨大な壁で覆われた大国だ。

 かの勇者もその建築に関わったとされるその城壁はいかなる暴獣でさえも突破できないとされている。


「ふええ……じゃあ、この中に村がまるごとあるっていうこと?」

「村って……こういうのは城下町って言うんだ。多分だけどあんたが住んでた村よりずっと大きいんじゃない」


 話もそこそこにタマキは大きな門の方へ歩いていく。

 ルリはまるで小動物のようにタマキの後ろへついていく。


「イルグレアは門からしか出入りできない。ちょうどあんたの村からまっすぐ歩けばこの門が見えるところには出ただろうけど……ちゃんとたどり着けた自信ある?」

「ないかも……」


 ルリはタマキと会えてよかった、と思うと同時に浮かんだ疑問を口にする。


「ずっと壁が続いてるけど、門ってここにしかないの?」

「東西南北にひとつずつある。ここは西の門。メルナージュへと続く街道が通ってる」

「める……」

「まあその辺の話は今度。とりあえずさっさと入って宿でも取ろう」


 タマキは門の横にある小さな窓に向かって話し始める。


「すみません、旅の者なんですが……」

「ああ、はいはい」


 中では気だるそうにした男性が何やら書類を書いている。

 ルリはこっそりとタマキに再び浮かんだ疑問を聞く。


「タマキちゃん、あの人、なんだか固そうな服着てるよ、動きにくくないのかな」

「……あんた、前から思ってたけど、もしかして鉄のこと知らない?」

「てつ……?」


 ルリはむむむ、と顔をしかめて考える。

 タマキはその様子にためいきをつく。


「石からとれる金属を加工するんだ。そうすると石よりもずっと固いものができるんだよ。魔女の遺産も多くはこの鉄で出来てる」

「あっ!タマキちゃんの銃……」

「しっ!!」


 タマキは慌ててルリの口を手でふさいだ。

 むぐむぐ言うルリにタマキはそっと耳打ちする。


「銃なんて持ってるとか国に知れたらすごく面倒なことになるから。当然魔女とか知られるのもまずいんだからね、そこらへんしっかり注意して」

「む、むい」

「きみたちなにしてんだ?ほら、サインさっさと書いて」


 鎧の男はボードと紙とペンを2セット渡してきた。

 タマキはルリを離してそれを受け取る。


「……あんた字は書けるんだよね?」

「あ、それは大丈夫、ちゃんと勉強したよ」

「安心したよ」


 タマキは心の底からそう思いながら、ルリに名前を書くように指示した。

 イルグレアの入国は非常に簡易であり、名前を書くだけでいい。

 来るものを拒まないのがイルグレアの方針なのだ。


「正直チェックが甘すぎるんじゃないかと思うけど、まああたしらみたいなのが入るには都合がいいってこと」


 タマキは若干自虐的にそう言うとルリの書類も確認して、鎧の男に渡した。


「はい、はい。問題なし。ようこそイルグレアへ」


 鎧の男はそう言うと、門がゆっくりと開いていった。

 ルリはその大きな門が開くのをまじまじと眺め、やがてそこに広がるきらびやかな街並みに興奮するのだった。

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