エルフと魔女の旅立ち

「ところで、ルリさんとタマキさんはこれからどうしますの?」


 メルディアは涙をぬぐいながらもそう聞く。

 タマキはどうすると言われても、というような態度だったがルリは少し悩んで答える。


「んー……やっぱり、長老の言いつけ通りイルグレア王国にいってみようと思うんです」

「ええ、わたくしもそれがいいと思っていましたの」


 メルディアはにこやかにそう言った。

 ソプラノとアルトもそれに同調する。


「イルグレアは平和な国ですしぃ、最低限のお仕事さえ見つければぁ、借家も安くしてくれますしぃ」

「治安もいいし清潔で、このあたりで住むには一番いい国だと思いますよ」

「へぇー!」


 三人の言葉に目を輝かせるルリ。

 タマキも軽く頷きながら賛同した。


「まあ、そうだね。あたしもたまに買い出しに行くし」

「魔女も買い出しとかするんですのね」

「まあ、そりゃね。森にあるものだけで生活していくのは限度があるし」

「え、そう?」


 タマキの言葉にルリはぽかんとした表情をする。

 それを見て、タマキはためいきをついた。


「ルリ、今まであんたがどういう生活してたか知らないけど、普通の人間は街の外からは滅多に出ないし、食材とか日用品とかは買い物で済ませるんだよ」

「か、買い物!わかるよ!お金使うんでしょ!」

「そこらへんはさすがに知ってるのか」

「つ、使ったことはないけど……」


 タマキは呆れたような表情をする。

 その様子を見たメルディアは唇に手を当てて、考えるような仕草をした。


「んー、ルリさんだけをイルグレアに向かわせるのはやっぱり不安ですわね。タマキさん、よろしくお願いしますわよ」

「は?なんであたしが……」

「そりゃあルリさんの友人になったんですから、ついていってあげてくださいな」


 不服そうな顔をするタマキに当然のようにメルディアは言う。

 そしてソプラノとアルトは素早くメルディアの服を整えていく。


「あれ、メルディアさんはついてきてくれないんですか?」


 ルリは首をかしげてメルディア達を見る。

 メルディアはふぁさりと銀色の髪をなびかせるとルリをじっと見つめて言った。


「ごめんなさいルリさん、わたくしはこうみえて色々と忙しい身なのです。本当はルリさんについていってあげたいのですが」

「ぼく達としても本当に残念です。だがぼく達はつねにお嬢様のすべきことを優先しなければならないのですよ」

「イルグレアに滞在なさるのであればぁ、きっといずれまた会えると思いますのでぇ、その時はまたよろしくお願いしますわねぇ」


 ソプラノとアルトは恭しく礼をする。

 そしてメルディアは今度はタマキの方を見つめる。


「タマキさん、わたくし達の代わりにルリさんのこと、よろしくお願いいたしますわ。それではごきげんよう!おーっほほほほ!!」

「ちょ、誰も行くとは……」


 タマキが反論するも、メルディアの高笑いにかきけされるようにその言葉は流され、そしてメルディア達はまた風のように去っていくのだった。


「……なんなんだあいつら」

「楽しい人達だよね」

「常に愉快ではあるね」


 微妙に噛み合ってない感想を言うルリとタマキ。

 そして改めてルリはタマキに歩み寄り、聞いた。


「タマキさん、ついてきてくれる?」

「……はぁ。確かにあんた一人だと不安だし、仕方ないな」

「やったぁー!えへへ!」


 ルリはタマキの手を取って踊るように喜んだ。

 タマキはそんなルリに振り回されながらも、なんとか体勢を整えた。

 そしてルリの手を振り払って少しだけめんどくさそうに顔をしかめる。


「あーもう!はしゃぎすぎだって!とりあえず旅立つ準備してくるからそこで待ってて!」

「えー、家の中で待たせてくれないの?」

「こっちだっていろいろあるんだよ!いいから外で待ってろ!」


 そういうとタマキはそそくさと魔女の家の中に入りばたんと扉を閉め、丁寧に鍵までかけていった。

 ルリはむぅーと口を尖らせ、仕方なく扉の近くの壁によりかかってゆっくりと森を眺める。


 静かな森の風がふわりと流れ、少しだけ魔法の香りが漂ってくる。

 青々とした木々に、小さな家。

 まるでアルティ村にいる時のことを思い出して、ルリは少しだけ寂しい気持ちを思い出してしまう。

 大事なものを全て失って、それが誰かのせいだとわかっていて、確かに復讐を考えるのも自然なことなのだろう。

 それでも自分は今、前を向いて生きていきたい。

 きっと、自分が誰かを恨んで生きていくことをみんな望んでいない。そんな気がするのだ。


「……なに泣いてんのさ」

「……え……あ」


 家から出てきたタマキに声をかけられ、ルリは自分がいつの間にか涙を流していることに気付いた。

 あわてて涙をぬぐってえへへと笑うルリに、タマキはでこぴんをする。


「あいたっ」

「別に無理する必要はないでしょ」

「いや、その……」

「……あー」


 タマキは頭をかきながら何か言いづらそうに、それでもなんとか言葉を紡いでいく。


「つい、数日前、なんだろ?あんたの、その……それはさ。あたしだって、そのくらいの頃は泣いてばっかだったよ」

「タマキさんも……?」

「そりゃそうでしょ、多少の年齢の違いはあるだろうけど、さ」


 なおもタマキは言葉を選ぶように言葉を続けていく。

 ルリは、それがタマキが自分を慰めようとしてくれているのだと察して心がふっと軽くなるのを感じた。


「……まあ、だから、その……友達、なんでしょ?変な気使うんじゃないよ」

「……うん!」


 ルリは、やっぱり魔女は怖い存在なんかじゃないんだ、と改めてそう思えたのだった。


----


「……よし、と」


 タマキは自分の家に向かって銃弾を放つと家ががらりと崩れ始め、そしてしまいにはただの砂と消えた。


「いいの?家壊しちゃって」

「もともと何度も居場所は変えてたよ、同じ場所にずっと住んでるとリスクが高いしね。必要なものも簡単に持ち出せるようにしておいたってわけ」

「なるほど」


 ルリはタマキが旅立ちの準備に早かった理由にも納得した。

 そしてルリはもうひとつ気になったことを口にする。


「帽子とローブ、取っちゃうの?似合ってたのに」


 ルリはつけていた魔女風の帽子とローブを外し、今はカジュアルなシャツとスカートを身に着けていた。

 いうなれば少しハイキングに出かけるような、そのような恰好だ。


「あんなもんつけていくわけないでしょ、自分は魔女だって言ってるようなもんじゃん」

「じゃあ普段は……」


 はっと何かを察したような表情をするルリをタマキはむすっとした顔で睨んだ。


「別に趣味ってわけじゃないから。魔女の噂を流しておけば不要なやつは近づかなくなる。危険も増えるけど、月光の魔女の情報も得られるかもしれないからね」

「なるほどなるほど」

「納得した?じゃあそろそろ行くよ」


 タマキはそういって歩き出した。

 だがルリはまだ立ち止まったままでついてこようとしない。

 タマキは眉間にしわをよせながら戻ってきてルリを呼ぶ。


「なにやってんの」

「……この場所でタマキさんと出会ったこと、忘れないようにしようと思って」

「……ただの森だよ」

「ううん」


 タマキの言葉にルリは首を横に振って、木の一本一本を見て愛おしげに微笑む。

 その姿はタマキの目には不思議と美しく見えた。


「同じ森はひとつとして存在しないから」

「……そういやあんた、エルフなんだもんね」


 エルフ、自然と共に暮らす者。

 歴史の舞台から姿を消す前から、エルフはそういうものだと記されていた。

 自分には何もわからないが、エルフのルリには何かきっと伝わるものがあるのだろう。


「……そうだ、これ、つけときな」


 タマキはそう言ってルリに何かを雑に投げ渡す。

 ルリがそれを受け取ってよく見てみると、それは髪の横を縛るタイプの髪飾りだった。


「……これは?」

「耳、これでもうちょっとちゃんと隠せるでしょ」


 そういって少しそっぽを向くタマキに、ルリはなんだか無性に嬉しくなった。

 なのでさっとタマキの手と手を繋いだのも仕方のないことなのである。


「ちょ、なに!もう!」

「ねえ、タマキちゃんって呼んでもいい?ううん、呼ぶね!」

「はあ!?」

「これからよろしくね、タマキちゃん!」


 そういってルリはタマキの手を引いて無理矢理に駆け出した。

 困惑して何かを言っているタマキの言葉を全部流してルリは楽しげに笑う。

 こうして、エルフと魔女は旅立った。

 過酷であり、しかしそれでもとても愉快な長い旅がここから始まるのであった。

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