全然違うあたし達
一夜明けた日の放課後。
本当なら部活の時間なのに、あたしは使われていない空き教室で、一条君が来るのを待っていた。
牡丹に頼んで、今日の午後四時に会いたいという旨を書いた手紙を、一条君に渡してもらっている。
左手に着けた時計を見ると、約束の時間まで後少し。
だけど教室の扉は予定の時間よりも少し早くに開かれ、一条君が入ってきた。
「話ってなんだ、ぼた……菜乃花か?」
一瞬牡丹と勘違いしたみたいだったけど、すぐにあたしだって気づく一条君。
手紙にはあたしの名前は書いていなかったけど、それでも牡丹じゃないってわかっちゃうんだね。
「ごめんね、牡丹じゃなくて。けど、よくあたしだって分かったね。似てるって言われるんだけどなあ」
「そりゃあ似てはいるけど、やっぱり違うからな」
「うん。けど、本当に似てるんだよ。昔の写真を見てもどっちがどっちか、自分でもわからないし。ねえ、一条君は、牡丹の事が好きなんだよね?」
「あ、ああ……」
一条君はたじろいだみたいに、微かに身体を後ろに反らす。
そんな彼をじっと見つめながら。あたしはすうっと息を吸い込んで、吐き出した。
「牡丹じゃなくて、あたしじゃダメかな?」
「えっ?」
「あたし、一条君のことが好き。前からずっと、好きだったの。牡丹の代わりでも良いからお願い、あたしを選んでよ」
それは胸が苦しくなる、悲しくなる告白。
もしも付き合うなら、ちゃんとあたしの事だけを見てくれる人が良いって思っていたはずなのに。
本当はやっぱり、牡丹の代わりなんて嫌だよ。だけどこんな手を使ってでも、振り向いてほしかった。
牡丹に勝てなくても、二番手でも構わない。あたしを選んでくれるなら、何だっていいよ。
一条君は驚いたように目を見開いて、固まったみたいに黙ってしまって。長い沈黙が流れる。
針が落ちた音が聞こえそうなくらい、静まり返った教室。だけど、心臓の音だけはうるさい。
背中を流れる汗が気持ち悪くて、息がつまるような重たい時間。だけどそんな静寂を、一条君が破った。
「ごめん。菜乃花の気持ちには、答えられない」
………………そっか。
告げられた「ごめん」の言葉が、胸の奥で反響する。
ショックだった。だけど同時に、『やっぱり』って思ってしまった。
昨日告白を思い立った時、牡丹に止められたんだ。
一条君はフラれたばかりなのに、今告白してもきっと上手くいかないって。
本当はあたしだって、そんなことわかってた。けど、それでも急ぎたかったの。
だって後回しにすればするほど、黒い気持ちが大きくなっていきそうだったから。どんな形でも、決着をつけたかった。
フラれるって、分かっていても。
あたし、フラれちゃったんだ。
気を抜けば溢れそうになる涙。頑張ってそれを呑み込みながら、わざと明るい声を出す。
「そっか、そうだよね。残念、あたしが牡丹だったら、両想いだったのに」
「やめろよな、そういうこと言うの」
冗談っぽく言ってみたけど、一条君はそれを一蹴して。真剣な眼差しであたしを見つめる。
「菜乃花が牡丹だったら良かったなんて思わない。フッておいてこんなこと言うのもなんだけど、俺、菜乃花のことも好きだから」
そんなの分かってる。一条君は牡丹と関係なく、ちゃんとあたしをあたしとして見ていて、好きでいてくれてるって。
ただその好きは、あたしの欲しかった好きじゃない。彼の一番大きな好きは、牡丹に向いているのだから。
ははっ。分かってたけど、やっぱり悔しいな。
「ごめんね、変なこと言っちゃって。それと、ちゃんとフッてくれてありがとね」
どっちがフラれたのかわからないくらい、一条君は辛そうな顔をしていたけど。あたしは笑顔を作ってバイバイと手を振りながら、教室を出て行った。
これで良かったんだ。あたし、頑張ったよね。
夕暮れ時の人気の少ない廊下を、一人とぼとぼと歩いて行く。
まだぶかつの時間だけど、今日はいいや。サボっちゃえ。
どうせ行っても、まともに絵なんて描けやしないだろうし。
一条君はそんなこと言うなって言ったけど、もしもあたしと牡丹が似てるじゃなくて同じだったら、付き合えてたかな?
ううん、きっとそうはならなかった。もしもあたしが何もかも牡丹と同じだったら、一条君のことを好きにならなかったはずだもの。
この恋も痛みも、あたしだけのものなんだ。
溢れそうになる涙をこらえながら、やってきた下駄箱。
だけどそこで、ピタリと足が止まった。
潤んだ目に映ったのは、下駄箱に背を預けている牡丹の姿。
それを見た途端、我慢していた波だが溢れてくる。
「なんで……いるのさっ。部活はっ、どうしたのよ?」
周りにいたのが、牡丹だけで良かった。嗚咽混じりの声で尋ねると、牡丹は全てを悟ったような、落ち着いた様子で答える。
「菜乃花だってサボってるじゃん。ほら、ちゃんと涙拭きなよ。泣いて不細工になってるとこ誰かに見られたら、あたしがイジメたみたいじゃん」
失恋中の妹に、慰めるどころかなんつーことを言うんだ。
けどハンカチを差し出してくれて、落ち着かせるようにポンポンと背中を叩いてくれた。
「あんたはよく頑張ったよ。なんか甘いものでも買って帰る? 奢るからさ」
「……駅前のケーキ屋のっ、チーズケーキ食べたいっ。ホールで」
「高すぎるわ! だいたいそんなの買って、食べきれるの?」
「残したら、牡丹が食べて良いから」
「あんたねえ。それは嫌がらせのつもり?」
顔を引きつかせながら、睨んでくる牡丹。
実はあたしはチーズ大好きなんだけど、牡丹は大嫌いなのだよね。
食べ物の好き嫌いはほとんど同じなのに、何故かこれだけは違うのだ。
「まったく。あんたはどうして、そんなチーズ好きかなあ?」
「牡丹だって、どうしてチーズの美味しさが分からないかなあ?」
「分からなくて結構。あたし達、これだけは意見合わないよね。まあ、しょうがないか」
そう、しょうがない。だってさ……。
「「あたし達、全然違うんだから」」
あたしはあたし、牡丹は牡丹。似てはいるけど、全然違う。
だから好きな人だって違うし、フラれてもこうして、慰めあうことだってできるのだ。
了
よく似た双子の異なる恋 無月弟(無月蒼) @mutukitukuyomi
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