あたしの気持ち、牡丹の気持ち。

 生まれた時から、同じように愛情を注がれて育ってきたあたしと牡丹。お父さんもお母さんもあたし達を分け隔てなく育ててくれているし、友達だって片方を贔屓するなんてことはない。

 だけど全てが平等かって言うと、そうじゃないんだよね。


 例えばお母さんがお使いだの、ちょっとした手伝いを頼む時は、決まって先に牡丹に声をかける。

 他にも共通の友達が、あたし達二人を遊びに誘う時、連絡が来るのはいつも牡丹のスマホ。

 これは着信履歴の数を見ても明らかで、あたしと比べると牡丹の方が、3倍くらい着信が多いのだ。


 これは何も皆が、牡丹の方ばかり可愛がっているわけじゃない。

 それじゃあどうしてこうまで差が出るのか。それはたぶん、牡丹の方がお姉ちゃんだから。


 普通双子でも兄弟や姉妹の名前を挙げる時って、意識しなかったら大抵、兄や姉の名前が先に来るよね。

 どっちでも良いから声をかけるって時も、これと同じ。みんな自然と先に頭に浮かぶ、牡丹の方に声をかけるんだ。


 たぶんこれに気づいているのは、あたしと牡丹だけ。無意識のうちに差が出ているなんて、みんな考えてもいないと思う。

 別にこれを、嫌だと思ったことなんて無かった。変な所で差は出ちゃってるけど、あたしより牡丹の方が可愛がられているわけじゃ無いものね。

 だけど、一条君は違う。あたしよりも、牡丹の方が好きなのだ。


 どうして、よりによって牡丹なんだろう。

 好きになったのが他の誰かだったら、ここまで苦しくならなかったかもしれないのに。


 思えば、昔からそうだった。 

 欲しかった玩具が一つしかなかった時や、大好物のお菓子が一個しかなかった時。

 くじ引きやじゃんけん、どんな決め方だろうとそれを牡丹が手にしたら、牡丹ばっかりズルイって、あたしはふてくされていた。

 相手が双子の片割れだからこそ、余計に羨ましくて。手にできない自分を、みじめに感じてしまうのだ。


 一条君のことを好きなのはあたしなのに、牡丹はズルい。

 しかも牡丹は、告白してきた一条君をフッたのだ。あたしが欲しくてやまないものを簡単に手放したことに、怒りが込み上げてくる。

 別に、牡丹が悪いわけじゃないのにね。


 悪いと言うならむしろ、理不尽に怒っているあたしの方。

 けど、怒るなんて間違ってるって分かっていても、気持ちのコントロールがまるできかなくて。

 牡丹が一条君に告白されてから三日が経つけど、あたしは未だ黒い感情を捨てきれないでいた。


「菜乃花。菜乃花ー」

「―—っ! なに、牡丹?」


 今は放課後。美術部の部室で絵を描いている最中だったんだけど、あたしは牡丹から呼ばれるまで、筆が止まってしまっていた。


 ヤバ、筆から絵の具が垂れそうになってる。

 慌てて筆をパレットに置くあたしを、牡丹は心配そうに見つめてくる。


「なんかボーッとしてない? 疲れたなら、飲み物でも買いに行く?」

「うん、そうする」


 冷たいジュースを飲んで、頭を冷やそう。このまま描いていても、良いものなんてできそうにないものね。


 けど、これがいけなかった。

 美術室を出て、牡丹と二人廊下を歩いていると。向こうからモヤモヤの種、一条君がやってくるのが見えた。


 うわ、タイミング最悪。どうしてこういう時に限って、会ってしまうのだろう。

 一方的に感じる気まずさに耐えられずに、思わず目を背ける。

 どうかこのまま、通りすぎて行ってくれますように。そう願ったけど。


「牡丹」


 あたしの願は虚しく、一条君は牡丹に声をかけてきた。


「これ、教室に忘れていってたよな」

「あ、数学のノート。ありがとう、今日宿題出てたから、助かったよ」


 お礼を言って、ノートを受けとる牡丹。告白の一件以降、二人が一緒にいる所を初めて見たけど、気まずさは感じられない。

 本当に告白してフラれたのって思うくらい、二人とも普通な態度だ。


 けどそんな普通に話をしている二人を見ただけでも、嫉妬が込み上げてくる。


 さっき一条君は迷わず牡丹に声をかけていたけど、すぐに見分けられたのは牡丹のことが好きだから?

 どうしてあたしじゃなくて、牡丹を好きになったのさ。


 ああ、また嫌な気持ちが込み上げてくる。

 二人の方を見たくなくて、俯いてグッと奥歯を噛み締めたけど。一条君がふと、そんなあたしの方を見てきた。


「ん? 菜乃花、お前顔色悪くないか?」

「―—っ! 気のせいだよ」

「本当か? この前も調子悪そうだったし、もしきついなら無理せず保健室に……」

「何でもないってば!」


 つい大きな声を出してしまい、ハッと自分の口に手を当てる。


 ヤバい、やっちゃった。

 一条君も、突然大声を出したあたしに驚いたみたい。


 いけいない、早く謝らなきゃ。本当に大丈夫、大声出しちゃってゴメンって。

 だけど……あ、あれ? どうしよう、声が出ないや。


 焦れば焦るほど喉の奥がつっかえて、苦しくなっていく。

 お願いだから出て、あたしの声……。


「あー、ごめんね。この子今、絵が上手く描けなくてさ。ちょっと苛立ってるの」


 牡丹!?

 焦っているあたしをフォローしてくれたのは、隣にいた牡丹だった。

 ポンとあたしの肩に手を置くと後ろに引いて、一条君から遠ざけてくれる。


「行き詰まっちゃうと時々、こういうことがあるの。けどすぐに元に戻るから、心配しないで。じゃあね、ノートありがとう」

「あ、ああ。菜乃花、あまり根詰めすぎるなよ」


 一条君の言葉を背に受けながら、あたし達はその場を離れる。


 た、助かった~。

 するとホッとするあたしの耳元で、牡丹がそっと囁いた。


「動揺しすぎ。まあ、無理もないけどさ。あんた最近、ずっと気が立ってたもんね。あたしのこと、ジロジロ見ちゃってさ」

「―—っ! そんなこと……」


 無い……と思っていた。

 気が立っていた自覚はあったけど、いつも通り振る舞っているつもりだった。だけどどうやら全然出来ていなくて、牡丹にはバレバレだったみたい。


「一条君の事、気にしてるんでしょ。まあ、気持ちは分かるよ」

「わかってたのなら、どうして何も言ってくれなかったのさ?」

「言った方が良かった? けどさ、嫌な気持ちになってるなら、そっとしておいてほしいんじゃないの。以前あたしがそうだったもの」


 見透かされていた恥ずかしさで小さくなったけど、最後の言葉が何を指しているかわからずに首をかしげる。


「あたしは悪いことしたわけじゃないんだから。菜乃花があたしのことを妬んだり、怒ったりするのは筋違い。けどさ、そうなったとしても、気持ちは分かるんだよね。去年菜乃花が、部活で賞を取った時のこと覚えてる?」


 ああ、あの時のことか。

 下手の横好きで描いている絵だけど、運良く賞を取った事があったのだ。

 あの時は部活の先生から誉められたり、全校集会で賞状を貰ったりしたっけ。


「あたしね、あの時たくさん言われたんだ。菜乃花はやったね、あんなのが双子の妹だなんて凄いね、牡丹も負けてられないねっ、て」


 伏し目がちで、当時の事を語る牡丹。

 それはまあ、さぞ嫌だっただろうねえ。


 姉妹の事を誉められるのは悪いことじゃないけど、それが何度も続くと心にくるものがあるんだよね。


 あたしも似たような事言われた事あるから分かるよ。

 牡丹は偉い、牡丹はすごいって言われすぎると、それに比べて双子のあたしは全然ダメなんだって気持ちになって、結構堪えるんだよね。


「先生からも友達からも誉められてるアンタを見て、すごい嫌な気持ちになった。同じように努力してきたのに、どうしてあたしは選ばれなかったんだろうって悔しかったし、菜乃花のことを妬みもしたよ。別に菜乃花が悪いわけじゃいって、分かってるのに。今のアンタも、その時のあたしと似てるんじゃないの?」


 じっとあたしの目を見ながら、問いかけてくる牡丹。

 うん、たぶんとても、近い気持ちだと思う。理不尽だと分かっていても嫉妬を止められない、とても嫌な気持ちだ。


「だからさ、あたしは別に菜乃花に妬まれても、逆恨みされても構わないよ。あたしだって同じことしてたんだしさ。だからあんたが何も言ってこなかったら触れずにおくつもりだったけど、さっきは別。フォローくらいさせてよね。あんたに何かあったら、あたしまで変な目で見られちゃうんだから」


 プイとそっぽを向く牡丹。

 さっきのフォローが自分に火の粉が飛んでこないためにしたものなのか、それともあたしのことを気遣ってくれているのか。本当のところは分からない。

 けど醜い気持ちを持ってしまったのはあたしだけじゃない。牡丹だって同じなんでって思うと、少し気持ちが楽になった気がする。


 ごめんね、理不尽に怒っちゃってて。それと、ありがとう。


「さあ、さっさとなんか飲んで、気持ち切り替えるよ。コンテストも近いんだからさ」

「うん、そうだね」


 一応返事をしたけど、気持ちを切り替えるねえ。

 今のあたしに、できるのかなあ。


 さっき話をして少し楽にはなったけど、まだ全部吹っ切れたわけじゃない。モヤモヤは、そう簡単に晴れてはくれないのだ。


 未だくすぶっているこの気持ち。もしも決着をつける方法があるとしたら……。


「ねえ牡丹」

「なによ?」


 歩き出していた牡丹は足を止めて振り返り。あたしはそんな姉を見つめながら、思ったことを告げる。


「あたし、一条君に告白するよ」

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