沸き上がる嫉妬
図書委員の当番は、週に一回。だけど一条君のことを好きになってからは、その日が待ち遠しくてしかたがなかった。
はあー、牡丹が羨ましいよ。だってクラスが同じで、席だって隣なんでしょ。それなら話し放題じゃん。
あーあ、もっと会いたいなー。年に一度しか会えない織姫と彦星も、こんな気持ちなのかなー。
いや待てよ。牡丹の席は一条君の隣。
と言うことはあたし達がこっそり入れ替わったら、一条君に会えるってことじゃないの?
いける。だってあたし達、鏡で映したみたいにそっくりなんだから、きっとバレないって。
と言うわけで。家で宿題中の牡丹に相談してみたんだけど、当然のごとく断られた。
「いや、さすがにそれはまずいでしょ。万が一バレたら怒られるし、リスクの割にはあたしには何のメリットも無いじゃない」
「お姉様そう言わずに~。今度ケーキ奢るから~」
「ええい、放せ気持ち悪い」
猫なで声でお願いするも、取りつく島もない。
まあしょうがないか、元々無茶な相談だったんだものね。
「つーかアンタ、一条君のことが好きだったの?」
「うん。ねえ、一応聞くけど、牡丹は一条君のこと、好きじゃないよね?」
席が隣同士ということは、距離が近いということ。
あたし達は好きな食べ物や服の好みがほとんど一緒。とてもよく似ているから、もしかしたら好きな人もかぶったりしてないかなあ。
だけど心配するあたしに、牡丹は笑って返す。
「ははは、あたしは一条君のこと、そういう風には思ってないから安心しなよ。でもよく話しはするし、良いやつだって知ってるから。菜乃花のことは応援するね」
「うん、ありがとう」
嬉しいと同時に、心底ほっとした。
もしも牡丹も一条君のことが好きだったら、絶対どっちかが泣きを見るし。仮にどちらかがくっついたとしても、もう一人はとても祝福なんてできないもの。
同じ人を好きにならなくて、本当に良かった。と、その時は思ったんだけど。
あたしも牡丹も、大事なことに気づいていなかった。
あたし達がどう思ってるかなんて関係ない。一条君だって、恋をするんだってことを。
◇◆◇◆
一条君は恋をして、想いを伝えた。あたしじゃなくて、双子の姉の牡丹に。
牡丹から告白されたと聞かされてから一夜明けたけど、どうにもモヤモヤが晴れていない。
顔を洗っても、朝御飯を食べても、考えるのは一条君のことばかり。
歯を磨いている間も、牡丹に告白する一条君の姿を想像してしまって、ついボーッとしていると。
「菜乃花……菜乃花!」
「ハッ!? な、なに、牡丹?」
「いつまで歯磨いてるの。そろそろ出ないと遅刻するよ」
「え、もうそんな時間? 待って待って」
慌ててうがいを済ませると、急いで部屋に行ってカバンを手にする。
ダメだなあ、変なことばかり考えちゃってるよ。
だけど自分でも分かるくらい変だって言うのに、牡丹は何も言ってこない。
通学路を歩いている時も、学校に着いてからも、ずっと。
何も気づいてないってことは、ないと思うけどなあ。
あれこれ探られないのは助かる反面、なんだか腫れ物に触るような態度を取られているように思えて、余計にモヤモヤが募っていく。
なのに、どうしてこうもタイミング悪いかなあ。今日は一条君と一緒の、図書当番の日なんだよね。
いつもなら一条君に会えるって、ウキウキしながら昼休みを待ってるのに。今日はどんな顔して会えばいいのか分からないよ。
けど当番をサボるわけにもいかず、重い足を引きずりながらやって来た図書室。
カウンターの奥には、いつもと変わらない様子の一条君がいた。
「……おはよう」
「菜乃花、今日は遅かったな。何かあったのか?」
「ちょっとね。さあ、遅れちゃった分、しっかり働かなくちゃ」
気持を誤魔化すようわざと明るい声を出しながら、内心思う。
何かあったのは、一条君の方でしょ。昨日フラれたばかりじゃない。
あたしはそのフラれた相手にそっくりな、双子の妹なんだよ。きっと思い出すこともあるのに、どうしてそんな平気そうな顔してられるんだろう?
いや、平気とは限らないか。本当は何を思っているかなんて、本人にしかわからないんだもの。
本を貸りに来たり、返却に来る生徒の相手をしている時も、つい横目で一条君を見てしまう。
気を紛らわそうと、本を開いてもモヤモヤ。閉じてもモヤモヤ。
ああー、ダメだ。こんな空気が続くなんて、とても耐えられない。
我慢するのも限界だったあたしは人の流れが止まったタイミングで、小声で話しかけてみた。
「ねえ、牡丹に告白したって本当?」
「―—っ! それ、牡丹から聞いたのか?」
「う、うん。あ、でも牡丹がベラベラ喋ったんじゃないよ。様子がおかしかったからあたしがしつこく聞いて、それで話してくれたの。ごめん」
目を大きく開いた一条君を見て、咄嗟に嘘をついた。
デリケートな問題だもの。やっぱり、知られたくないよね。しまった、無神経につつくべきじゃなかったかも。
聞いてしまったことを後悔したけど、彼は怒った様子もなく。小さく「そっか」と呟く。
「悪い。菜乃花にまで、余計な気を使わせちまって」
「あたしのことは良いよ。ね、ねえ、いったい牡丹の、どこが好きになったの?」
周りに聞こえないよう、声を殺しながら聞いてみる。
フラれたばかりなのに、こんなこと聞くなんてデリカシーがないってわかっているけど、どうしても聞かずにはいられなかったの。
一条君は少し戸惑った様子を見せたけど、すぐに小声でポツポツと答えてくれる。
「うーん、声とか雰囲気とか、一緒にいて楽しいとか、そんなとこかな。最初は普通に話してるだけだったけど、気がついたら『良いな』って思うようになってた」
恥ずかしいのを我慢するように、答えていく一条君。だけどその姿に、ギュッと胸が締め付けられる。
「席が隣だからかな。近くにいるせいか、良い所がやたら見えてくるんだよ。そしたらいつの間にか、授業中も休み時間も目で追うようになってて……って菜乃花、大丈夫か? 顔色悪いぞ」
「な、何でもない。ちょっとビックリしただけ。本当に牡丹のことが好きなんだねえ」
平静を装いながらそう言ったけど、聞けば聞くほど嫌な気持ちが胸の奥に広がっていく。
一緒にいて楽しいとか、近くにいたから良い所が見えるようになったとか、好きになった理由としてはありきたり。けどそれって、どうしても牡丹じゃなきゃダメなの?
あたし達、顔も声も、性格や雰囲気だって似てるよ。双子なんだから牡丹じゃなくて、あたしのことを好きになってくれても良いじゃない。
ついそんなことを考えてしまう自分に驚く。
同じって言われるのが何よりも嫌で、あたしと牡丹のことをちゃんと別々に見てくれるから、一条君のことを好きになったはずなのに。こういう時だけ双子であることを利用しようとするなんて。
あたしは、なんてズルいんだろう。
一条君はその後も牡丹のことを語ってくれたけど、あたしは気づかれないようグッと拳を握りながら、それに耐えた。
そして話を終えると、一条君は憑き物が落ちたみたいな穏やかな顔になる。
「ありがとな。話して気持ちが楽になったよ」
「あたしは何もしてないよ。けど、気が晴れたのなら良かった」
作り笑顔で返したけど、『どうしてあたしじゃないの』って気持ちが、胸の中で渦巻いている。
髪型も、顔も、声も一緒。着る服はかぶらないようにしてるけど、学校では常に制服なんだから、格好だって一緒じゃない。
違いといえば、あたしは一条君に会えるのは週に一度。同じクラスで隣の席の牡丹は、毎日顔を会わせてるってこと。
何かしたわけでもないのに、偶然近くにいただけで好きになってもらえるなんて、牡丹はズルイ。ズルイよ。
黒い感情が、ふつふつと沸き上がってくる。
牡丹が悪いわけじゃないのに、こんなの八つ当たりだって分かっているのに、嫉妬が止められない。
あたしって、こんなに嫌な女だったんだ。
醜い感情を悟られないよう、あたしはひたすら愛想笑いを浮かべていた。
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