似てはいるけど同じじゃない
初めて彼、一条君のことを意識したのは、今年の春のこと。
クラスは違っていたけど、あたしも一条君も図書委員で、貸し出し当番の曜日が一緒だった。
顔は特別イケメンってわけじゃないけど、まあまあ良い方で。落ち着いた雰囲気の一条君。
当番の日は図書室のカウンターの中で、一緒に本を借りに来る生徒の対応をしていたけど、その頃はたまに話をする程度。特別仲が良いわけでも、彼に想いをよせているわけでもなかった。
あの時までは。
その日もあたしと一条君は当番で、図書室のカウンターの奥にいたんだけど。
図書室を訪れていた女子が数人、あたしに声をかけてきたのだ。
「ねえ八神さん、さっきの授業で先生が言ってた事なんだけどさ、あれってどう思う?」
「ん、さっきの授業?」
一瞬、彼女が何の事を言っているのか分からずにこんがらがった。
だって話しかけてきたその子とあたしとは別のクラスで。さっきの授業なんて言われても、どれのことを言っているのか分からなかったんだもの。
だけどすぐに、状況を理解する。ああ、このパターンはあれだ。
「ねえ、ひょっとしてあたしのこと、牡丹と勘違いしてない? あたしは妹の菜乃花だよ」
「えっ? あ、ごめん。間違えちゃった」
牡丹と同じクラスだと言うその子は慌てて謝ったけど、まあ仕方がないか。
あたしと牡丹は、よく似ているものね。
実はあたし自身、昔の写真を見てもどっちがどっちかなんて分からない。
よく「どうやったら見分けられるの」って聞かれるけど、そんなの知らないよ。
だってあたしも、それに牡丹も、見分ける必要なんて無いんだもの。わざわざ見分けなくたってあたしが菜乃花で、あたしじゃない方が牡丹だって、分かるんだから。
と言うわけで、間違えられるのももうすっかり慣れっこ。
苦笑いをしていると、あたしを牡丹と間違えた子が言ってくる。
「ごめんね、隣に一条君がいたから、つい牡丹だって思っちゃった」
「一条君?」
すぐ隣で椅子に腰かけていた一条君の方を見ると、話が聞こえていたのか、彼もスッとこっちに視線を向けてくる。
「八神とは……お姉さんの方の八神とは同じクラスで、席が隣なんだ。そのせいで勘違いさせちゃったみたいだな」
「ああ、そうだったんだ」
そういえば一条君って、牡丹と同じクラスだったっけ。けど、席が隣だって話は初めて聞いた。
一条君も牡丹もそんな話一度もしたことなかったから、知らなかったよ。
だけどそんなことを思っていると、女子の一人が口を開いた。
「それにしても、本当に牡丹と見分けがつかないよ。同じ顔だなんて、面白いね」
「……っ。ま、まあ似てるっては、よく言われるかな」
あたしは愛想笑いを浮かべながら答えたけど、ちょっとモヤっとした気持ちになる。
同じ顔じゃ、ないんだけどなあ。
だけどそんなあたしの気持ちを知らない彼女は、構わず続けてくる。
「似てるなんてもんじゃないよ。髪型までお揃いにしてるよね」
「別に狙って揃えたわけじゃないよ。好きな髪型がかぶったってだけ」
むしろあたしも牡丹も、本当はお揃いになんてしたくなくて、出来る事なら別の髪型にしたいって思ってる。
だってただでさえ顔が似てるのに、髪型まで揃えなくてもいいじゃない。かぶるのって、好きじゃないんだよね。
けどお互いを意識してわざわざ好きな髪型を変えるのもバカらしいから、二人ともそのままにしてるってだけなの。
髪型に限らず、あたし達は服やアクセサリーの好みも似ているのだけど、できれば同じにはしたくない。
友達からはよく、「休みの日はお揃いの服着るの?」って言われるけど、ないない。もしも私服がかぶろうものなら、急いで着替えるくらいだ。
双子コーデが好きじゃない双子って、結構いると思うよ。
悪気がないっていうのは分かってるけど、こうまで同じ同じって言われるのは、ちょっとヤダなあ。
そんなことを考えながら、顔に出さないよう心の中でため息をついていたけど。
「同じじゃないだろ」
えっ?
不意に耳に飛び込んできた言葉に、俯きかけていた顔を上げる。
声の主は、一条君だった。
「え、ひょっとして一条君、牡丹と菜乃花の見分けつくの?」
「いや、そうじゃなくて。話聞いてたら、ちょっと気になってな。いくら似てても、同じってことはないだろ。別人なんだから、『同じ』じゃなくて『似てる』んじゃないのか」
「それって、どっちもあんまり違いないんじゃないの?」
指摘された女子はよくわかっていないみたいで首をかしげたけど、あたしは人知れず心を震わせていた。
そうそれ! 『同じ』じゃなくて『似てる』んだよ!
それは常々あたしが、それに牡丹だって思っていたこと。
似てるって言われるのはいいよ。だって事実だもの。
けど決して、同じじゃないの。よく似た双子でも探してみたら、細かな違いなんて、いくらでもあるんだもの。
だから『似てる』って言われるのは良くても、『同じ』って言われるのは好きじゃないんだよね。
だけど一条君、よくわかってる。偉い!
「じゃ、じゃあさ。あたしと牡丹、どこが違うかわかる? 見た目だけじゃなくて、性格とか仕草でもいいから」
「え? うーん、お姉さんの方は、3組で美化委員。妹の方の八神は、2組で図書委員なのが違いかな」
告げられた答えはクラスと委員会の違いという、誰でも分かるもの。
周りにいた女子達は、「そんなの違いに入るか!」って突っ込んだけど、いいよいいよー。それだって立派な違いだもの。
分かってもらえないかもしれないけどさ、ちゃんと違うんだって分かってくれるのって、実はすごく嬉しいの。
双子にしか分からないであろう、独特の拘りだ。
ああ、ヤバイ。嬉しすぎて、なんか興奮してきた。
「それはそうとさあ。一条君さっきから『お姉さんの方』とか『妹の方の八神』とか言ってるけど、言いにくくない? 菜乃花って呼んでいいよ」
「名前呼び? けどそれって、馴れ馴れしくないか?」
いきなりの提案に戸惑った様子を見せる。
やっぱり男子だから、女子を名前呼びするのにちょっと抵抗があるのかも。
女子にしたって男子から名前で呼ばれるのはちょっとと言う人も多いだろう。けど、あたしの場合は事情が違う。
「平気平気。双子だと名字が一緒だから下の名前で呼ばれること多くて、慣れてるんだよ。男子でも結構、『菜乃花』って呼んでくる人いるよ」
「そうなのか? そういえばお姉さんの方を名前呼びしてる男子も、何人かいたっけ」
「牡丹とは席隣なんだよね。だったら牡丹のことも、名前で呼びなよ。もし何か言われてもあたしが頼んだって言えば、きっと納得いてくれるから」
漫画でヒロインが、男の子から下の名前で呼ばれてドキッて展開があるけど。あたし達にとって下の名前で呼ばれるのは、いたって普通のこと。だって苗字だと、どっちのことを言っているのか分からないじゃん。
馴れ馴れしいなんて思わないし、ドキドキだってしないんだから、遠慮しなくて良いんだよ。
一条君は少し迷った様子だったけど、照れた様子で口を開く。
「じゃあこれからは名前で呼ぶよ。な、菜乃……花」
「——んっ! も、もう一回言ってみて」
「菜乃花! 何度も言わせないでくれよ。こっちはまだ、慣れてないんだからさあ」
ぎこちない口調で名前を呼んだかと思うと、今度は赤くなったのを見られまいと、顔を背ける一条君。
その様子がとても可愛くて、思わず胸がキュンと鳴った。
ははっ、可愛いなあ。
さっきは名前を呼ばれてもドキドキしないって思ったけど、一条君は例外だった。照れた様子で名前を呼ばれると、胸の奥がポカポカしてくるよ。
この気持ちは、何なのだろう……。
「こらアンタ達! 図書室では静かにしなさい!」
ヤバッ。騒いでいたら、先生に怒られちゃった。
だけど気分が高揚していたあたしは、頭を下げてる時さえもドキドキが収まらなかった。
そんなことがあって、それ以来一条君のことを意識するようになったんだよね。
あたしと牡丹のことを同じとは言わずに、照れながら名前を呼んでくれた一条君。
そんな彼のことを好きになるまで、そう時間は掛からなかった。
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