クズ野郎は鳴り止まない。

借金踏み倒し太郎

第1話 開けなきゃ良かった2つの扉

 綺麗な炎だった。


この物語が青春群像劇、あるいは英雄譚で

あったのなら、こんな場所からは

始まらないのだろう。


とある会社の社員寮の一室、薄暗いワンルームの中心で死んだ魚のような目をしている男は、青梅 黒谷あおうめ くろやである。


時計の針は23時43分を指している。

彼の目の前にはウッド調のテーブル、そしてその上には百均で買ったであろう安っぽい

アロマキャンドルの炎が揺れている


カーテンが半分開いた窓から差し込む

月明かりと、蝋燭ろうそくの暖かい光に

照らされながら男は1人呟いていた。


「はぁ……俺の仕事も蝋燭ろうそくと 一緒に

溶けてくれねーかな、ついでにクソ上司も」


煙草の煙を意味もなく蝋燭に吹きかける。

こんな突拍子もないことを考えてしまうのは

もしかして、病んでいるのだろうか。


「給料溶かすのは得意なんだけどな~……」


訂正。クズは通常運転だったようだ。

部屋をよく見ると数本のアルコール飲料と

思われる缶と、お世辞にも綺麗とは言えない字で何か書かれている冊子が開いた状態で

置かれていた。彼はおもむろに冊子を手に

取り、蝋燭の心もとない灯りで眺め始めた。


○月23日

今日は課長に怒られた。

その頭と同じくらい性格も丸くなれば

いいのに。


○月24日

今日も課長に怒られた。

そんなやる気のなさそうな顔では

契約は取れないとのことらしい。

みんな疲れてる中頑張ってるんだぞ!

笑顔で仕事しろと言われた。

課長もお疲れのようなので頭をスカル○Dで

マッサージしてさしあげたい。


○月25日

今日は課長が休みだから少し穏やかな気分で

出社することが出来た。

部長に怒られた。


「クソっ!やってられるか!!!」


見かけによらず日記をつけているらしい。

内容には触れない方がいいだろう。


日記を閉じると床に投げ捨てるように置く。

ちなみに今日は頼まれていたゴミ出しを

忘れて、事務の女の子にまで怒られる始末だ。


「はぁ……カッコわりーなぁ…俺……」


男のぼやきはワンルームの静寂に

溶けていく。

沈みきった思考を流しさろうと、

けだるい身体を起こして立ち上がる。

シャワールームへ向かうべく、明かりを付け、

ラックに無造作にかけられたバスタオルに

手をかけようとしたその瞬間


ピーンポーン、と聞き慣れない音が鳴る。

あぁそうか、そういえばこの部屋にも

呼び鈴が……呼び鈴……?


状況が一瞬男の思考を止める。

宅配便……にしては遅すぎる。

時刻はもう日付が変わる1歩手前だ。

友人、恋人、あらゆる来客に思考を巡らすが

心当たりが全くない。

ちなみに彼女はいない、言わせるな。

強盗か……?

……律儀にチャイムを鳴らす道理はない。


そして男は1つの結論にたどり着いた。


「クソが……出勤ならしねぇぞ……」


この男、現在18連勤である。

男の会社は製造と営業に分かれているが、

どちらもやらされるブラックシステムだ。

工場の方は昼夜問わずなので、おそらく

急な欠員かシステムトラブルの類だろう。


明日はいつぶりかも分からない休日。

この前深夜の出勤要請の電話を寝たフリを

してスルーしたとはいえ、この安息を

邪魔されるわけにはいかない。

いくら強行手段で来ようと

キッパリ断ってやる。


そう決意した男は玄関へ向かい、

やや乱雑にドアを開けて、言葉を放つ。


「俺はとっっても疲れてるんですよ!!

今日くらい休ませてくださ……い……?」


女だ。女が立っている。

視界に飛び込んできた情報が、予想していた

薄らハゲではなかったことに混乱している。


ポニーテールにまとめられた銀色の髪。

蜜柑色の瞳が俺を見つめ、胸部のふくらみが

女性であることを強調している。


状況が飲み込めない、なんだこれは。

…っ……上司が戦法を変えてきた……?

いやまてウチの会社にこんな美人はいない。

しかも俺に話しかけてくれるのは清掃の

おばちゃんくらいなものだ。

俺の思考は一瞬でフル回転し、

またひとつ、別の結論を導き出した。


そうだ上の階にはチャラそうなバンドマンが

住んでいる。きっとそいつの客だろう。

階を間違えたのだ。

ここは冷静に伝えてあげるべきだろう。

俺は取り乱さず、答えることにした。


「とりあえず、上がります……?」


やっちまった!やっちまった!

いや美人だったから!!でもバンドマンには

殴られたくない!!ごめんなさい!!


「そう、じゃあ失礼するわ」


「…へ……?」


俺は情けない声を上げてしまった。

女はなんの躊躇もなく玄関に入り、

今にも靴を脱ごうとしている。


「ま、待って待ってやっぱナシ!!」


女を玄関の外まで強引に押し返す。

2転3転する黒谷の発言に、

女は怪訝そうな顔を向ける。


少しだけ冷静さを取り戻した俺は思考する。

そうだきっと新手の宗教勧誘かなにかだ。

もしくは押し売り。顔に騙されて

危うく招き入れてしまうところだった。

これが大人のやり方か、なんと汚い。


女性に耐性のない俺につけ込んで胡散臭い

高額の除毛クリームやマウスウォッシュを

年契約させる気だろうがそうはいかない。


「間に合ってます」


俺は笑顔でそう告げると、

ゆっくり扉を閉め……


閉まらない!!!!

よく見ると扉の隙間に女の右足が

差し込まれている。

こいつ見かけによらずパワープレイを……

そんなことを思っていると女が口を開く。


「私はここで叫んでもいいのだけれど」


「ぐっ……それは……」


どう考えても状況的にはこっちが被害者だが、

……なぜだろう絶対負ける気がする。

通報されて誤認逮捕なんて絶対ごめんだ。


「お入りください……」


折れてしまった。

いったいなんなんだこいつは。

女は中へ入ると靴を揃えて部屋へ上がる。

そして俺の方を一瞥すると、

大きくため息をついた。


「おいなんだそのため息は。さすがに

俺だって傷付くんだからな!?」


「あなたって本当、さんには似ても似つかないですね」


その名を口にされた瞬間、

俺の心は疑いから警戒に変わった。


「誰だ……あんた」


「まぁ座りましょう。女性を立ちっぱなしにさせるのはどうかと思いますよ?」


女はくすっと笑いながらそう言った。

こちらをあしらうかのような物言いに少し

不快感を覚えたが、この際気にしても

仕方がない。


「じゃあ座ってな。茶でも淹れてくる」


「あら、意外と気が利くんですね?」


女性を部屋に呼ぶことなどない男は、

そういう用意だけは無駄に良いのだ。

まぁ使う機会などないのだが。


「変な薬とか混ぜないでくださいね」


「一言余計なんだよ」


こいつはなにか嫌味を言わないと気が済まないのだろうか。


お世辞にも綺麗とは言えない不格好なやかんを火にかけ、使ったことがない新品の来客用の

カップを用意する。


「どこから来たんだ?日本人じゃないだろ」


明らかに髪や瞳の色から、日本らしさを全く感じられない。日本語は流暢だが。


「私は教会である人のために仕えています。

2人きりの教会なんですけどね。孤児院も兼ねてます。主から依頼を受けて参りました」


「依頼……?というか答えになってないぞ。どこから来たのか聞いてるんだ。この辺に教会なんてないし、海でも越えてきたってのか?」


依頼という単語が恐ろしいが、とりあえずどこから来たのか聞く方が先だ。国外で臓器を売りさばかれてはたまらない。


「海より遠いところ……といったら、

どうでしょう?」


「え、宇宙人?」


「そうかもしれませんね」


ふむ、突然美人な宇宙人が俺の部屋を侵略しにきたわけだ。まて、なぜ宇宙人が??

いやていうか真に受けるな。

はっはっは、これは面白いジョークだ。


「冗談言うなよ」


俺が平静を装いながら返事をしたと同時、

そうだそうだと言わんばかりに、

やかんも沸騰を知らせている。


「そうですね…ありていにいうと……」


お茶を淹れつつ、女が紡ぐ言葉に集中しながら耳を傾ける。やかんから注いでいるお湯はすでにカップから溢れてこぼれている。


「異世界です」


「熱っッツっ!」


溢れた熱湯が手をさした。

異世界という単語に歓喜した訳ではない。


「へ、へぇ~異世界ね。いや全然、そうだろうと思ってたけどね。ほら眼の色とか??

いないじゃん?」


女は溜息をつきながら言葉を返した。


「北東の方にはこういう眼の色の方もいるらしいですよ」


流水で手を冷やす俺に冷ややかな視線を送りながら答える。心なしかさっきより眼に光がない気がする。


「え、マジで?知らんかった……」


「嘘ですよ、バカなんですね」


ちくしょうこの女。いい加減通報した方がいい気がしてきた。ちょっと面がいいからって調子に乗りやがって。そんな苛立ちが顔に出た気がするが、それを大きく上回る疑念が、時間差で頭の中を占めた。


「異世界??」


「さっきそう言ったじゃないですか」


誤魔化すようにさっきぶちまけたお茶を

淹れなおしながら、俺はふっ、と言った後、

わざとらしく溜息を返してみせた。


「俺もな、右手になんか宿してた時期はあったよ。でもな、大人になっちまったんだ。そんなファンシーでフェアリーな世界線があるなら、俺はこんなブラックな世界捨てちまいたいと

何度も思ったよ。現実みようぜ」


それを言った瞬間、女の眉がピクリと動いたのを、俺は見逃さなかった。


「あら、異世界がそんなファンタジーで楽しいものだとお思いなんですね。……実際は

血みどろですよ。この世界よりもね」


男のまるで子供でも諭すような話しぶりに、

女は苛立ちを隠さずに答える。

眼がどんどんマジになってきてる。超怖い。


「はっ、どうせその眼もカラコンかなんかだろ?あ、もしかしてYouTuberか??あんたは雇われたコスプレイヤーだな。俺を騙して

再生数を稼ごうってんだろ。演技してやってもいいが出演料はきっちりもらうぜ?」


見破ったり。勝ち誇った顔で男は言い放つ。

言ってやったぜ、ふはは!!俺なんかを

選んだ企画担当を恨むんだ…な……。

あれ……?でもなんで俺なんだ…?

てかこいつばぁちゃんの名前知ってーーー


「……!? おいお前何やってんだ!!」


思考を巡らしていた刹那、女が自分の指を目に突っ込み、えぐり取った。あまりに衝撃的な

行動に、パニックに陥る。そしてそれを

手のひらに乗せ、女は言葉を発した。


「偽物かどうか、確かめてみては?」


女は笑みを浮かべ、それを差し出していた。

全身に鳥肌が立ち、おぞましい寒気が身体を撫でる。


「は…?…なんだよ……それ……?

…ッふざけんなよ!!いいからとっとと

止血しろ!!馬鹿野郎!!」


とっさに出た心配に、女は一瞬、不満そうな

顔をした。


「あら?吐き気の1つでも催していただけるかと思ったのですが」


女はそれでもなお笑みを絶やさない。

……狂っている。これはまともじゃない。

家に上げたのが間違いだった。


「んなこと言ってる場合か!!!待ってろ

いまタオル持ってくるからーーー」


治癒キュラス


後ろから、何かを呟く声がした。


「……は?」


振り返ると、女が抉った眼を元の位置に

押し込み、何かの言葉を発した瞬間、

女の目元は光に包まれ、それが消えたとき、

女の瞳は元通りになっていた。


彼女の頬を伝っている血が、いま起きた現象の両方が真実だと訴えてくる。


「なんだよ、それ」


「信じました?」


「なんだって聞いてんだよ!!!」


男は思わず声を荒らげる。頭がおかしくなりそうだ。なにがなんだかわからない。状況を飲み込めないでいるまま、女は言葉を返してきた。


「魔法です。正直使うつもりは無かったんですが、貴方があまりに腹立たしかったので、

使ってしまいました」


俺の動揺を見て満足したのか、

女はにこりとした表情で答える。


「……魔法だって…?」


馬鹿げている。そんなものあってたまるか。

現にそんなものでしか説明できない状況に腹が立つ。女は言葉を続けて訊いてきた。


「ユズエさんによく読んでもらっていた

絵本、覚えていますか。魔法のある世界の、

おとぎばなし」


脈絡のない質問に、俺は怪訝な顔をしながらも

答える。


「……あぁ、あった。小さい頃、よく読み聞かせられてたよ」


なんでこんなことを聞くのか分からないが、

確かにばぁちゃんがよく読んでくれていた絵本が1冊あった。魔法を使う女の子が、悪者を

やっつける話だった。子供ながらにワクワクして聴いていたのを鮮明に覚えている。


「あれは御伽噺なんかじゃないんです。彼女が作った、自分自身の話。ユズエさんの経験の

1つを絵本にしたもの」


そんなわけがないだろう。しかし、幼少期に 俺が今は亡き両親と国外で暮らしていたとき、そして現在。祖母は2度、失踪している。

いまの俺には説得力のある否定をできる気は

もうしていなかった。


「なぁ、もう冗談はやめてくれよ。あんなに

優しかったばぁちゃんが、あんたが言う、

その血みどろの世界で、戦いの世界で、

生きてるっていうのか」


俺は力無く言葉を投げつけるしかなかった。

現にばぁちゃんは、何年も前に俺を置いて出ていった。それ以降の行方は知れない。


「彼女はと呼ばれた結界師だった。その強さは、私たちの世界では間違いなく、指折り数えられる範囲にいるでしょうね」


そんな冗談じゃ笑えない。驚きなんかよりも、

困惑しか頭には出てこない。だとして俺に

会いに来て、それを伝える理由はなんだよ。


「俺にどうしろって言うんだ」


たまらず問いを投げかける。


「読んでもらった絵本は、まだありますか?」


あの絵本、懐かしくて捨ててなかったはずだ。

確か……俺はおもむろにクローゼットを開け雑多に詰め込まれたダンボールから、1冊の本を取り出した。


「そこに、ヒントがあるはずです」


わけも分からぬまま、言われるがままに

少し埃を被った絵本のページをめくる。


「ヒントったってどこに……あ」


パラパラとページをめくる中で、あるページに目が止まった。主人公の女の子が迷宮に潜り込むシーン。その絵の壁には、びっしりと見た

ことの無い文字が刻まれている。


「それは私達の世界の文字。

おそらくあなたに彼女が残したメッセージ

です。読ませていただいても?」


俺は半信半疑ながらも、とりあえず、

読ませてみることにした。


「あぁ、いいけど、信用するかは別だからな」


俺は本を開いたまま手渡すと、女は真剣な表情で読み始めた。


※※


あぁ、私のクロヤ


これをあなたが読めているということは、

きっと迎えがきてしまったのね。


私はクロヤには何も知らないで、

この文も読まないまま、

幸せに生きて欲しかった。


でも、いつかこんな日が来てしまうんじゃないかって、残しておくことにしたの。


昔から言うこと聞かずで、そんなあなたなら、きっと逃げないで行ってしまうでしょう。


……だって私に似てるもの。


私から伝えられるのは1つ、


……あぁお願いよ、どうか死なないで。


最後までこんなおばあちゃんでごめんなさい。愛しているわ


※※



女は読み終わり、1呼吸置くと、

絵本をパタリと閉じた。そして、数秒、静寂がさざ波のように過ぎた後、男も口を開く。


「俺は、それを聞いてどうすればいい」


漠然とした問いかけに、女は答える。


「私と来なさい。そのユズエさんが、ついに

こちらの世界でも行方が分からなくなったの。

つまり彼女になにかあったということ。細かい話は後でするけれど、彼女が万一死ぬようなことがあれば、死人の数は万では済まない」


とんでもないことを言っているが、

先程のまでの話を信じるなら大袈裟では

ないのだろう。それに、確証はないが

あれはばぁちゃんの言葉だ。

優しくて、鬱陶しいと思う時もあるほど

祖母は俺の事を考えてくれていた。

聞いてて少し泣きそうになった。


「私たちは考えうる限り全ての手を打たなければなりません。彼女のの血族である貴方にも、声がかかるのは必然です。 来ていただけますね?」


しかし、あの文字を俺は読めない。

女が読んだ内容が真実なのか、俺を連れて

いくための、全くのデタラメだって可能性も

ない訳じゃない。それなら


「あぁ、分かった。俺に何ができるか全く分からないけど、行くよ。ただ、1つ条件付きだ」


女の口元がすこし綻んだ気がしたが、すぐに

無表情に戻る。焚いていたアロマキャンドルも、いつの間にか火は消えてしまっている。


「なんでしょう?」


「行ったらまず、俺に文字を教えてくれ。

あんたのことを信用するのは、この内容が

真実か確かめてからだ」


当然の要求だろう。これが最低条件だ。

女は表情を変えず答えを返してきた。


「案外、疑い深いんですね。構いませんよ。

それに文字が読めないと生活に支障も

出ますからね。」


「初対面でこんな無茶苦茶やる女、

いきなり信用したらロクな目に合わないだろ」


俺の返しは至極真っ当だと思うが。

まぁ読めないと不便なのはそうだろう。

おつかいだってできやしない。


「ついでに、いくつか聞いてもいいか」


「ええ、私に答えられるものであれば」


追加の質問が来るのは想定内のようで、

さらりと受け返された。


「でもその前に、タオルをもらってもいいかしら。傷は治せても血は消えませんからね」


「ああ」


俺はキッチンに戻り、お湯で濡らしたタオルと、乾いたタオルを手渡す。そして冷めきったお茶を捨てて、また淹れ直し始める。

何回茶淹れ直してんだ俺は。そしてそのまま、

顔を拭く女を見て、浮かんだ疑問を投げる。


「あんた、結構すごいんだな。

その魔法とやら、俺にも使えたりするのか?

行方不明やら、とてもじゃないが生身で

なんとかなる世界じゃなさそうなんだが」


俺の質問に、女は数秒思案して答えた。


「この世界はあちらと違って、魔法を扱える

環境にありませんから。簡単に言うと魔法を

媒介するための分子のようなものが存在しないといったところでしょうか」


なるほど、世界が違うんだ。理の1つや2つ

違ったとてなにも違和感はない。


「でもあんたは使えてたじゃないか。じゃあ

俺もそっちの世界に行けば使えるのか?」


素直な疑問をぶつけると、

女はすぐに返してきた。


「さっきのは私が保険のために用意していた

ストックのひとつです。まぁでも、さっきの

1回が限界でしょうね。分かりやすく炎が出るやつなんかもありましたが、屋内なのと、

あの流れで使っても手品とかなんとか

言われそうですしね」


否定はできない。だからってあれは

ないだろとも思うが。


「あと、貴方があちらに行って、使えるか

どうかはなんとも言えません。適性があれば

使えるし、もちろんない人だっています。

ただ、貴方はユズエさんの血を引いてます

ので、結界魔法に適性がある可能性は非常に

高いと思われます」


淹れ直したお茶を女の前に置きながら、

俺は思考する。つまるところ微妙なラインか。

俺が行って使えなかったら、この女もとんだ

骨折り損だな。まぁそれもそれで帰ってこられると思えばいいか。


静かな部屋で、女は茶に口をつけると、

思い出したかのように付け加えた。


「あ、ちなみに使えなかった場合も死ぬまで

働いてもらいます。仕事や雑事は私でもできるので、軍の養成所に数年間放り込んで、門番にでもしましょうか。そうすれば万が一凶暴な

魔物が来ても戦えますね」


女はにこやかに笑顔を向ける。

俺もさわやかな笑顔でそれに返す。


「お断りします」


しばらく笑顔で見つめ合ったまま沈黙が続く。淹れ直した茶が冷めそうなほど冷たい空気が

続いた後、男が静寂を切り裂いて口を開く。


「……んなもんできるか!!使えなかったら帰せよ元の世界に!!」


女は面倒そうに答える。


「はぁ、できるわけないじゃないですか。まだ説明してませんでしたが、この世界に来たのは禁術です」


女はさも当たり前かのようにそんなことを

口走った。知るかんなもん。


「そしてこれは本来存在してはいけない技術。私の曾祖父のさらに上の代が遺していた1回きりのもので、来るも帰るも片道です。原理も全く不明ですし、私がこれを扱えてるのは奇跡に近いものです」


男は頭がくらりときそうだった。

終わった。詰みだ。これは行ったとして

魔法が使えなかったら一生肉体労働コースだ。

使えるように願うしかない。なんかしれっと

言われたけどちゃんとモンスターも

いるんですね。うん確実に3日で死ぬ。


「あ?でもだったらばぁちゃんはどうやって

行き来してたんだよ。あんたのそのやり方以外にも、何か方法があるってことじゃないのか」


今までの話が本当なら、他にもあるはずだ。

やっぱり騙そうとしてるのか?


「私の家系以外にも、そういったクレイジーな研究をしていた可能性は否定できません。ですがこれはがなければ現状実現出来る可能性は限りなくゼロです。似たようなものが完成していたとしても、無理をして使おうとすれば命を落としているでしょうね」


自分の家のこといまクレイジーって言った

この人??あんたも相当ヤバい人だからね??


「ただ、おそらく彼女はそういったものには

頼っていないでしょうね。何をやったかは分かりかねますが、物理法則を自身の何らかの力で

捻じ曲げていたと思われます」


「バケモンじゃん」


思わず口をついて本音が出る。


「彼女はそういう人です。貴方の言う通り、

おおよそ人の範疇を超えていますが、逆にそんな人が消息不明なんて、どう考えても不味くないですか?」


それはそうだ。手に負えない何かが動いている可能性だってあるだろう。そしてそれが存在したとして、後から気づきましたなんて時には、 何もかもがきっともう手遅れだ。


え、てかおかしくね??

普通俺だよね、俺が異世界行って強すぎて

チートみたいな流れであるべきだよね。

それが魔法を使えるかどうかすら分からない

ギャンブル枠で参戦って、そりゃないだろ。

軍とか絶対入りたくないし。


そんな俺を見て、もう1段階深くため息を

ついた女が口を開く。


「はぁ、1度行くって言ったんだから

ごちゃごちゃ言わないでくださいよ。男なら

黙って1回来てみたらいいじゃないですか」


女ら呆れたような口調で言い放つ。

俺が悪いのか、これ。


「それに魔法が使えなかったら伝言の場所は

探しに行かなくていいんですか??

私はあなたがこのまま底辺生活をしていても、野垂れ死んでも別に気にしませんが、門番なら衣食住付きますし悪くないと思いますよ?

幸い、見たところ労働がお好きなようですし」


女はニッコリと微笑みながら、

俺が投げ捨てた日記をいつの間にか

片手にひらひらさせている。

この女、地雷を踏み抜いてきやがった。


「俺が好き好んでこんな真っ黒な会社で働いてると思うなよ!!ちくしょうお前嫌いだ!!

とりあえず俺はその1回に生死がかかってんだよ。1晩考えさせてくr……」


次の瞬間、女が手をぎゅっと握ってきた。

他人の体温を感じたのはいつぶりだろうか。

しかも綺麗な女性の。


あーあれね!

お願い私たちを助けて!の流れね。

俺は正直行きたくなくなってきてるけど、

もー全くしょうがないなそこまで言うなら

考えてやっても


「……開門ゲート


「は?」


俺の手はいつの間にか、その言葉と共に現れた薄く光り輝く扉に手を掛けさせられていた。

横にある2人は並んで入れそうな巨大な扉は、

ガチャリ、という音を鳴らした。

どうやら俺の手を使って開けられたようだ。

冷たい汗が頬を伝う。


「……あ、あの…これ……は?」


女の方へ向き直り、俺は引きつった顔で

聞くしか無かった。女は笑顔を浮かべている。


「開けちゃった♡」


女のわざとらしい声色とともに、

薄い緑色に輝いて見える光はより一層輝きを

増し、俺を引きずり込もうとしていた。


「だぁぁぁ!!開けちゃったじゃねぇよ!!

お前そこだけかわいこぶったって今までの発言は消えないからな!!ちくしょう汚ねぇぞ!!死んだら祟ってやるからな!!」


そうして、このクソ女の有無を言わさぬ強制

発動によって、俺の身体は無慈悲にも光の中に溶けていった。


薄れていく意識の中、走馬灯のように考える。

まぁこんな世界どうでもいいか。唯一の家族は

ばぁちゃんだったし、会社なんて、俺の代わりはいくらでもいる。外れた歯車には、別な歯車が当てられる。それだけのことだ。俺だって

外れた歯車の穴埋めだったに過ぎない。


あぁ、叶うってんなら、こんな腐った世界に

さよならを。


そして願わくば、行き着く先は

いまより少しでも息苦しくないといいな。


完全に意識が呑まれる直前、抱き抱えられて

いる幼少期の自分と、聞き覚えのある歌を

口ずさむ祖母が、霞む視界に見えた気がした

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クズ野郎は鳴り止まない。 借金踏み倒し太郎 @silene3696

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