時間旅行は大名駕籠〔かご〕に乗って【平安】②ラスト

 現代が、平安時代の超有名作家との遭遇に驚いていると、紫式部は平然とした口調で現代たちに質問してきた。

「ねぇ、本当に何か創作の参考になるようなモノないの?」

 現代が返答に困っていると、一葉がショルダーバッグからGLとBLのコミックを出して、紫式部に差し出しながら言った。

「これなんか、面白いと思うよ……ノベルも持ってきているけれど」

 現代が一葉をとめる間もなく、紫式部は受け取ったGLやBLのコミックを開いて、食い入るように読みはじめた。

「こんな絵巻物はじめて……書いてある言葉の意味は、わからないけれど絵を見るだけで伝わってくる……すっごい、こんなコトしている」


 興奮した紫式部は、いきなり小さな机に向かうと墨で和紙に物語を書きはじめた。

「創作意欲が次々と沸き上がってくる! はぁはぁはぁ」

 紫式部は和紙数枚に、墨で書いた物語を手に。

「早速、書いたモノを 彰子さまに見せてこようっと」

「ち、ちょっと待ってください」

 現代がとめる間もなく、紫式部は即書きした、平安時代のGLとBLを持って部屋を出ていってしまった。 


 しばらくして、戻ってきた紫式部が現代たちに言った。

「彰子さま、大喜びだった、この調子でどんどん書くぞぅ……あんたたち、好きなだけココに居てもいいからね、あたしが上手く取り成しておくから……右京の羅城門辺りには近づかないようにね、 八条から九条は都とは思えないほどの荒廃していて……疫病も流行っているって聞くし、夜になると盗賊やモノノケが徘徊する場末の魔境だから、命の保証はできないよ」


 しかたなく、現代と一葉はタイムマシンのエネルギーがチャージされる半月後まで、紫式部の世話になるコトにした。

 その日のうちに、コスプレ感覚で十二単〔女房装束〕に挑戦した一葉は、床に倒れて動けなくなった。

「重い……肩凝る……暑い」

 女官でも日常ではあまり着ない正装の女房装束を着込んで、ダウンしている一葉を見て。

 紫式部はゲラゲラ笑い転げた。


 平安時代の生活に一葉は、三日で音を上げた。

 執筆中の紫式部の近くに座っていた一葉は、鼻を両手で押さえると紫式部に質問してみた。

「紫式部さん、いつお風呂入りましたか? なんか少し臭いますよ」

 和紙に筆を走らせながら、紫式部が答える。

「五日前くらいかな……それが普通よ、髪全体を頭皮まで洗うのは月一回くらい、普段は髪の床に触れていて埃が付く、髪の先端を米のとぎ汁で洗う程度」

 紫式部の言葉に顔をしかめる一葉。

「うぎゃあぁ!」

 日本人が風呂好きになるのは、まだまだ先の話だった。


 数日が経過した頃、げんなりした一葉が貴族服姿の現代に、愚痴を漏らした。

「もうイヤ……建物中、お香の匂いだらけ。入浴しない貴族が体臭を誤魔化すために、お香焚いているし……奥の部屋なんて日中でも暗いし……平安時代不衛生だし、トイレなんて部屋の中で木箱でするのよ耐えられない!」


「オレも一日二食の食事は不満だな、食事にビタミン不足で栄養のバランスが悪すぎる、ご飯は固いし、調味料は塩と酢くらいだし……それになに、朱盆に盛られたあのご飯の量……本当に山盛りで、見ているだけでお腹いっぱいになる」

 平安時代の貴族の食事は基本、一日二食で。午前十時頃に朝食、午後四時頃に夕食だった。


 さらに数日後──一葉が悲鳴をあげながら、現代のところに駆け込んできた。

「もうイヤ! 平安時代イヤ! 元の時代に帰りたい!」

「落ち着け! どうした?」

「着物の縫い目に、白いツブツブみたいなのが付いるのに気づいたの……これなんですか? 紫式部さんに聞いたら、コロモシラミの卵だって……その時はなんのコトだか、分からなかったんだけれど。後から他の貴族の人に聞いてみたら害虫の卵じゃないの! もうイヤだ! こんな時代!」


 寄生虫やシラミやノミなどの害虫が駆除されて、日本人の衛生環境が改善されるのは……まだまだ先の話だった。


「夜になると、顔色が悪い柏木かしわぎって名前の変態貴族の男が、床に忍び込んでくるし……おちおち、寝てもいられない……平安時代の貴族最低!」

「明日になれば半月過ぎて、タイムマシンで元の世界に帰れるから……あと少しの辛抱だ、あぁノミに刺された部位が痒い」


 次の日──現代と一葉は、大名駕籠が置いてある場所へとやって来た。

 大名駕籠の近くでは二体の木製〝からくり人形〟の駕籠かきが、キセルのようなモノを口にくわえて雑談していた。

 半月もよく、宮中の役人が見逃してくれたものだと感心しながらも。

 現代が、からくり人形に言った。

「もう、エネルギーチャージ終わっただろう、早くオレたちを元の時代にもどしてくれ」

 口から水蒸気のような

モノを吐き出しながら、からくり人形が言った。

「悪いな兄ちゃん、往復したばかりで。チャージ中だ……半月待ってくれ」

「往復したって……どこへ?」

「少し前に【紫式部】って人が来て、兄ちゃんたちがいた時代に行ってみたいって頼んできたから運んで今、空駕籠で戻ってきたところだ、……兄ちゃんたちがいた時代はエネルギーが豊富だから、一時間くらいでエネルギーが満タンになった……兄ちゃんたちが生まれた時代は恵まれていて、いい時代だなぁ」


 脱力して、へたり込む一葉。

「そんな……こんな不便な時代に、あと半月もいるなんて」

 放心気味に現代が呟いた。

「もしかしたら、オレたちがいた時代の歴史が、変わっているかも知れない……オレたち、大変なコトをしちまったのかも」


 現代が予想した通り、現代と一葉がいた時代の歴史はすでに変わっていて、GLとBLが主流の世界に変わっていた。


 ~おわり~にゃ

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時間旅行は大名駕籠〔かご〕に乗って 楠本恵士 @67853-_-

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