廃村
尾八原ジュージ
廃村
Y県のキャンプ場に行った際、たまたま旧T村の近くを通りかかった。
僕は幼少期、一度だけこの村を訪れたことがある。父方の親戚が住んでいたためだ。当時から過疎が進んでおり、空き家が多かった。
濃い緑に囲まれた廃村は物寂しく、そして不思議と美しく見えた。
「ちょっと停めて、写真撮ってもいい?」
助手席の彼女に事情を話しつつ尋ねると、彼女も窓の外を眺めながら「いいよ。ちょっと休憩したいしね」と言った。
村の入口付近に車を停めた。エアコンの効いた車内から一歩外に出ると、むっとした暑さと共に、蝉の大合唱が押し寄せてきた。
「草の匂いが濃いね。蚊が出そう」
彼女がそう言いながら、車内にあった虫除けスプレーを僕によこした。
僕たちは車の横で屈伸したり、背筋を伸ばしたりした。村の入口には小さな墓地があり、まだ墓石がいくつも残っている。親戚の墓もこの中にあったはずだが、それがどれなのかはもう覚えていない。
廃村の墓地にはお墓参りに来る人などいないのだろう。朽ちた葉が墓石の上に落ち、雑草が地面を覆い尽くすように茂っていた。僕は家々の方向にスマートフォンのカメラを向けた後、墓地の方にも向き直って何度かシャッターを切った。
そういえばお盆が近いな、と僕は思った。村が廃村となった今、ここに眠る祖先の霊はどこへ帰るのだろうか。ふと、何の気無しに村や墓地にカメラを向けたことが、ひどく失礼なことのような気がしてきた。
「ねぇ、そろそろ……」
彼女の方を見ると、右手を庇にしながら、なにやら熱心に村の方を眺めている。
「どうかした?」
「あのさ、さっきこの村、廃村になったって言ってたよね?」
「ああ、もう十年くらい前じゃないかな」
「でも、さっきからチラチラ人が通るのよ。あっ、ほら、また通った。あっちの家の窓にも……」
彼女の指差す方に目をこらしてみても、何も見えない。無人の家が並んでいるだけだ。
「ほら、そこの家から今出てきて……あっ、やばいやばい、どんどん来る。ねぇみんなこっち来るよ、行こう!」
突然慌て始めた彼女はすぐに助手席側のドアを開け、怒ったような顔で僕に「早く!」と叫んだ。僕はその勢いに飲まれて、慌てて運転席に乗り込んだ。
走り出した車のバックミラーの中で、村はどんどん小さくなっていく。彼女が助手席でほっと息を吐いた。
「あーっ、びっくりした。みんな凄い顔してたから、怖かったね」
だが僕の目には、最初から最後まで人の姿などひとつも見えなかった。
彼女が言うには、村の家々から着物や国民服といった古めかしい格好の人たちがぞろぞろと出てきて、ものすごい形相でこちらに来ようとしたのだという。
「絶対に人がいたんだって! ねぇ、写真に何か写ってない?」
そう言われて確認しようとしたが、なぜか村や墓地の写真だけデータが壊れていて、見ることができなかった。
廃村 尾八原ジュージ @zi-yon
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