第二話 ~飛行式前編~

 気分を切り替えたのか、周囲を見物、説明しながら先頭を行くアイリスとそれに続く三人。

 アイリス、今少しだけ教授っぽいぞ。それか動物園で見守られる小動物だ。


 そんな下らない思考をしていると不意に声が掛けられた。


「楽しそうね、主席さん」


 皮肉の混じられた声に振り向くと、七八人の一年生の集団がいた。全体的に固い雰囲気だが、声の主はその中でもリーダー格らしい、強くこちらを睨んでいる少女だろう。


 ボブ型の髪に服装は新入生らしい新品の制服だが、若干タイが曲がっている。そして一番目立つのは右目のみに付けられた片メガネだった。


 気圧されそうな勢いだったが、負けず嫌いなのか鹿井も強く返す。


「あなたは確か次席の……。何か御用?」


「いえ、入学式早々頭の悪そうな方々とつるんでいるような方に負けたのが屈辱だったので」


「アタシのとも……交友関係に文句を付けられるいわれはないわ。あなたこそ下らない逆恨みはやめてくれる?」


 俺達も火花が飛び散りそうな文言の応酬を見守る。


 シュンの「女子って恐ろしいね」というセリフにアイリスが「そうだよ。別れた直後に忘れ物を取りに戻ったら陰口言われてたりするよ……」と暗い目をしていた。


 まあアイリスのトラウマはどうでもいいが、この二人の口論はどうにかしないとな。大声で揉めているせいで見もの客が集まってきたのだ。


 なおも言い合いは続く。


「そこのベレー帽被った子なんて見るからにバカっぽいじゃない!」


「別に妹みたいで可愛いからいいでしょ!」


 バカっぽいという点は否定しないんだな。アイリスが涙目になっていた。


 何か言って欲しそうに上目遣いでこちらを見てくるのはズルいと思う。


「アイリスは適当でバカっぽいですが、可愛らしい見た目に反してすごい魔術師であることは間違いないですから」


「……それ、褒めてるの?」


「事実を述べただけです」


「ふーん」


 アイリスはプイとそっぽを向いてしまった。ダメだったか。


 その横を見るとシュンがやれやれと首を振っていた。


 こうしている間にも人が増えてきた。この騒動に気付いた生徒会の役員が近寄ってきたことを悟ったのか、メガネの少女は吐き捨てるように告げた。


「先ほど、アタシ達全員であなたを占ったわ。あなたはこの後、とんでもない醜態をさらすでしょうね!」


 その言葉を最後にメガネの少女は制服のローブを翻して去って行った。


『占い』という単語にアイリスが反応した気がするが気のせいだっただろうか。


 鹿井は言い返せなかったことが不満なのか、不機嫌な状態で戻ってきた。


「悪かったわね。早く行きましょ」


 ただ、説明が不十分と思ったのか、鹿井が歩きながら事情を説明してくれた。


「さっきのは次席の黒田亜紀。応用魔法研究室の黒田教授の娘よ。主席に成れなかったからか知らないけど、今朝から顔を合わせるたびに突っかかってくるの」


「黒ちゃん先生の娘さんかぁ」


 アイリスの呼び方に、鹿井が不思議そうに尋ねる。


「随分親しそうな呼び方ね。結構厳格そうな先生だけど」


「まあ、昔少しだけお世話になったからね。口数は少ないけど実力は確かだよ。去年は学年問わずで所属学生全員が卒業論文を提出してたし」


 それは確かにかなりの実績だ。学生の研究指導や論文訂正はかなりの手間と聞く。全員の提出を手伝うのは骨が折れただろう。


 それはそれとして、と前置きしてから今度はアイリスが鹿井に尋ねた。


「あの占いどう思う?」


「占いなんて所詮は占いよ。私は予知魔術否定派だから」


「僕は信じてないけど本当なら楽しそうだとは思うね。もちろん今は外れて欲しいけど」


 占い……予知魔術は現時点で賛否両論だ。単に楽しむだけの人もいれば真面目に研究している人もいる。だが、最近は科学復興の流れもあってか否定派が増えているらしい。


 俺がのんびりと分析しているとこちらに全員の視線が向いていた。どうやら俺も意見しなければいけない流れのようだ。


「俺は……あまり興味ないな」


 濁した答えに非難が集まるのを避けるため、間髪入れずにアイリスに振る。


「そういうアイリスはどうなんですか?」


「私は……信じてるよ」


 アイリスの小さな答えははっきりと聞き取れなかった。



 それから下らない占い談義を続けているとアイリスが到着を宣言した。


「へえ、こんなこともあるんだねぇ」


 シュンがそうこぼすのも無理はない。俺の右隣にシュンが、主席である鹿井は一人最前列の更に前、位置的に最前列中央の俺達の前だった。


 地面の上に直に箒と番号石が置いてあり、俺は10番だった。


「私は実績に貯金があるからね!」


 そう豪語するだけあって、先程の面々が応用魔法研究室の学生たちならあそこだけで十人近くいることになる。つまり、アイリスはこの魔法大学全体で二三番程度のIFを獲得していたということになる。


 鹿井はなぜアイリスが誇らしげなのかと疑問を抱いたようだが、深くは追及してこなかった。


 占いを信じないと言っているものの、やはり不安はあるのだろう。


 アイリスは周囲をぐるりと見回すと、不意に近寄り小声で告げた。


「それじゃあ、頑張ってね!」


 そう言って片目を閉じてウィンクをすると、「じゃあね~」と手を振りながら転移魔法でいなくなってしまった。


 その様子を見ていた鹿井が驚愕している。


「えっと、アイリスって何者?」


 鹿井のこの表情を引き出せたのなら、もう答え合わせをしてもいいか。


 シュンに目配せをすると、実に楽しそうに語るのだった。


「ん? 第三魔法学研究室教授、通称三賢者の一人、榊愛璃教授だよ」


 そうして、一人の少女の声にならない悲鳴が響き渡った。

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紙一重賢者の魔法学研究室 春野仙 @harunosen

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