第二話 ~入学式~
「であるからして、この国の繁栄は諸君ら研究者の双肩にかかっており、それらを育てるこの王立魔法大学もまた……」
グラウンドにもかかわらずこれだけ不自然に声が響いているのは風魔法の応用で拡声する魔法を使っているからだろう。
誰が話しているのかは知らないが、そんなくだらない考察をする程度には暇だった。
アイリスの特別講義で遅れて来たため列の最後尾にいる。魔法大学の入学生はおよそ1000人弱。厳密には魔法とやや離れた分野も含め150近い研究室のいずれかに所属している彼らがある意味眼下にいる光景は壮観だった。ちなみに講堂でも全員収容はできるが、この後の飛行式のために屋外で行われるらしい。
飛行式の見もの客なのか、生徒会が管理する立ち入り禁止線の外にいる人々を眺めていると不意に反対側の肩を叩かれた。
振り返ると唇に人差し指を立てて静かにね、とジェスチャーしているユカリさんがいた。
こういう公の場で知り合いの先輩に話しかけられる、というのは不思議な気分だ。
特に真面目に聞いているとも思えないが、形式的に周囲の邪魔にならないよう小声で話しかけてくる。
「ユウタ君、悪いけど生徒会の規則で遅れて来た理由を聞かないといけなくて……。大体予想つくけど訊いてもいい?」
ユカリさんが申し訳なさそうに話す一方で、周囲の生徒会役員たちの視線が居心地悪かった。特に黙秘する内容でもないので、こちらも小声で返す。
「アイリスに特別講義を受けていました。箒は足りましたか?」
「やっぱりあいちゃんが原因なんですね。それにしても……箒?」
アイリスは箒が折れたことを聞いて講義を始め、最後に備品が足りないのではないかと話していた。彼女の予想が外れたのだろうか?
「何かトラブルがあったのでは?」
「ちょっとね……。うん、ひとまず事情は分かったわ。ありがとう」
ユカリさんはどこかぎこちない笑みを浮かべると、小さくお礼を言ってそそくさと去って行ってしまった。
ややあって今の演者が話し終わり、若い女性が司会進行をする。
「では、国王陛下のお話……の予定でしたが、すごく一時的で私的な理由でご気分がすぐれないということで」
そこまで言うと周囲が騒めいた。というか一時的で私的な理由ってなんだ。眠いとか?
鳴りやまない喧騒を抑えるように司会の女性が声を張る。
「午後の業務に支障がない程度には健宗だそうですので、ご心配なく」
そう一言フォローを入れて周囲が静まったのを待つと次のプログラムとして、と続けた。
「在校生代表挨拶を兼ねて生徒会副会長にして第三魔法学研究室准教授の二年生、白井優香理君からの挨拶です」
冷静に考えると混沌とした肩書だな、と先ほどまで話していたユカリさんの登壇を見守る。まもなく、挨拶が始まった。
「在校生代表、白井優香理です。本日はこのような……」
社交辞令から始まるその洗練された文章と挨拶、澄ました話し方は一朝一夕で作り上げられるものではなく思った。が、後日談として在校生挨拶は本来のプログラムに無かったということをユカリさんから照れながら説明された。
その後、新入生代表として主席の鹿井が挨拶をすまし、校歌斉唱やら挨拶やらを経て入学式の第一部が終った。
「それでは十分間の休憩の後に飛行式を行います。各自、事前に担当教授から指示があったと思いますので、指定の場所に整列してください」
これを聞いてすぐにアイリスの伝え忘れだと察する当たり、俺も慣れてきたかもしれない。
こちらからうっかりドジっ子教授を探しに行くのも思うところがあったので、ひとまず飛行式の会場へ向かう。
会場と言ってもグラウンドの端に箒が並べてあるだけだ。研究室単位で位置が割り振られているのか、1000人が三々五々といった感じで集まっている。
一人で集団に飛び込むのも味が悪いので前列の少し離れたところで観察していると、見知った顔が近づいてきた。
「あ、ユウタ。さっきぶり!」
魔法医学研究室の一年生にしてややくすんだ金髪の男子生徒、千田シュンだった。
同級生なのか、8人くらいのグループを抜けてきたため、彼らの視線がむず痒い。
俺はその視線に気づかないふりをしながら俺も適当に返す。
「シュンはその辺りなのか?」
「そうだよ。何か過去二年間の研究室の出した論文の社会的な影響力云々で決まる研究室のランキング、通称IFランキングで決まるらしいよ。ついでに感謝しろと先輩に言われてきた」
別に目立ってもありがたみはないんだけどね、と笑うシュンの後ろから、もう一人見知った顔が近づいてきた。
「そうかしら? 貰える名誉は貰っておいていいんじゃない?」
「まあ一理あるね。ただほど高いものは無いっていうし」
「それ、意味違うぞ」
「それ、意味違うわよ」
ツッコミが重なり、妙な沈黙が下りた。俺は話題を変える意味も込めてやってきた少女、鹿井に尋ねる。
「主席挨拶お疲れ様。お前も前列なのか?」
「当たり前でしょ。これでも主席なんだから! 飛行式で最初に飛ぶのが主席の仕事なのよ」
腕を組み仁王立ちする鹿井の迫力に押されながらも、内心では時間外労働を労っておく。
すると今度はシュンが何かに気付いたように鹿井に尋ねた。
「そう言えば鹿井さんはラボ仲間とは話したの? 応用魔法研は最前列でしょ?」
「……別に馴染めなかったわけじゃないから。それで知ってる顔見つけて安心したわけじゃないんだからね!」
「「そうなのか」」
「違うってば!」
唐突なツンデレぶりに俺とシュンの反応が重なり、鹿井が不服そうに頬を赤らめて睨んでくる。
無理やり話題を変えるように、鹿井が声を尖らせて聞いてきた。
「そう言えばロリコン、アンタはどこの研究室なの?」
苦しまぎれに振り返ってみるがさすがに人はいない。
諦めて向き直ると鹿井はバツが悪そうに小さく付け足した。
「……アンタの名前聞いてないのよ」
そう言えば名乗った記憶がない。
アイリスといい鹿井といい、人間、名前が無くてもコミュニケーションが取れるんだなと入学して初の学びを噛みしめながらも俺はしっかりと名乗った。
「俺は飛騨ユウタ。第三魔法学研究室所属だ」
「第三魔法学研究室……どっかで聞いたような」
鹿井が何か思い出そうとしていると急に周囲が不自然にざわつき始めた。新入生同士の初対面の喧騒とは違う……。
「あ、やっと見つけた」
その背後から掛けられた少し張った声を聞いて何となく事情を察した。
どうやらアイリスが転移魔法を使って俺に場所を伝えに来たらしい。転移魔法は一般に伝説のような扱いになっているから他の新入生たちも騒いでいるのだろう。
周囲の声に耳を傾けることも無く、ひとまずアイリスに文句を言ってみようと口を開こうとした時、生徒会の腕章を付けた学生が慌てて近寄ってきた。
「君、今どうやって……いや、所属と学年は?」
その指摘を聞いて気付いたのだが、アイリスはお気に入りのベレー帽をしている以外は普通の制服を着た女子生徒なのだ。区別がつかなくても仕方なかろう。
学生に見間違えられて「そんな頭が悪そうに見えるか?」と怒り出すかと思ったが、アイリスは悪戯を楽しむ表情で
「所属は第三魔法学研究室、学年は……教授ってことでいい? うちの学生にちょっと用があって来たんだけど」
と答えた。
一方で登場の仕方といい色々と察したのか「第三魔法研究室……賢者の……そう言えばユカリ様がおっしゃっていた特徴と確かに……」と小さく呟いて生徒会の学生が青ざめている。
それにしてもあの人は様付きで呼ばれているらしい。今度試してみよう。
謝罪をしてすごすごと引き下がる学生を見て満足したのか、アイリスが幽霊のように空中をわずかに浮遊しながらご満悦な笑みを浮かべていた。
なお、周囲の喧騒は広まるばかりだ。
いろいろとツッコミたい所だが、俺はひとまず要件を済ませることにした。
「アイリス、事前に場所を教えてくださいよ!」
「ごめん、忘れてた。まあ大体この辺であってるよ。それより今の見た? これが真の教授たる私の威厳……」
「その子は?」
どうやらその威厳は学年主席には通じなかったらしい。
まあ制服を着ているとはいえ容姿は中高生にしか見えない。転移する瞬間を見逃したのならその反応が自然だろう。
上げてから落とされたせいか、アイリスは柄にもなくしょぼんとしていた。
俺は少し考えて説明する。無意識に口角が上がっていたかもしれない。
「この人はアイリス。俺と同じ第三魔法学研究室の所属だ。いくらか先輩だが本人の希望もあってタメ口でいいらしい」
「そうなの。アタシは鹿井彩音。よろしくお願い……ね、アイリス」
「あ、うん。こちらこそ」
意図的にタメ口にしたであろう鹿井と釈然としない様子で挨拶を返すアイリス。一瞬こちらに恨めしそうな視線を送ってきたのはご愛敬だろう。
その間、名前で気づいたのか、一部始終を見ていたシュンは必死に笑いを堪えていた。
俺も気を抜くと表情にでそうだったので、ひとまずシュンを小突く。
すると、見事に一瞬で真顔になってシュンも挨拶をした。
「医学魔法研究室の千田俊です。よろしくお願いします」
俺達くらいの年齢では男子は女子に敬語を使うことが多い。鹿井もその一環と解釈したのか特に違和感を抱いた様子はなかった。
互いに挨拶も済んだところで、俺の指定場所へ案内してもらうこととなった。
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