4 実践主義の〇番隊2

 快晴の下、未散一行は広大な敷地を有するショッピングモールに降り立った。

 都心から外れた場所に位置し、周囲に他の建造物は見当たらない。


「静まり返ってるね」

「バグが中をうろついているせいで臨時休業だからな」

 

 未散はしきりに視線を走らせる。


「師匠は何してるんですか?」

「どこをうろついているか探してた。見つけた、行くぞ」

「嘘! どこどこ?」

 

 さっさと歩いていく未散の背を追いかける。

 ふいに振り返ると、つるんと輝く頭を持つ強面の運転手、込田こみたがにこやかに手を振ってくれていた。誠太郎が振り返している間にも、未散との距離は広がるばかりだ。

 西入口から館内へ入った二人は、まず館内の暗さに驚いた。かつん、と靴底がぶつかる音が広い空間に響く。

 ぶるり、と誠太郎が身震いした。


「外は快晴なのにこの暗さ。なんかじめっとしてるなあ。まあ、歩くのには困らない程度だけど。師匠、どっちに進むの?」

「ここ、右側を直進してエスカレーターを登って二階の広間」

「はい!」

 

 そこにバグがいるのだろう。

 未散が足音一つ立てず進んでいく。その後ろを抜き足差し足で、ぎこちないフォームになりながら誠太郎も続いた。

 誠太郎が僅かな空気の違いに気づいたのは、エスカレーターを登り終えてすぐの事だった。

 重力が急に増したような感覚が全身に走る。


「ああ、いるね」

 

 未散の視線の先を追うと確かにいた。

 制服姿の少女が。

 本来、二階の広間は休憩スペースになっており、円形の空間に観葉植物やベンチが置かれている。しかし今、それらは無残に破壊され、休憩スペースの中心には天井近くまで人が大量に積み重なっていた。そのてっぺんに少女が座っているのだ。


「は?」

 

 誠太郎が呆然と少女を見上げると、ぱちりと目が合った。

 その瞬間、全身からどっと汗が噴き出す。

 感じたのは紛れもない恐怖だった。後退りすらできないほど身が竦んで動けない。

 呼吸が浅くなる誠太郎を庇うようにして、未散が少女の前に立ちはだかった。


「自我はあるのか?」

 

 少女は乱れたハーフアップの髪を揺らして頷いた。


「あるよ。私は遠野彩とおのさや。あなたは討伐部隊の人?」

「そうだよ」

 

 彩は気ままにぶらぶらと足を揺らす。

 膝丈のスカートからのぞく足は、ぞっとするほど白く細い。


「ふうん、そっか。もしかして私、殺されるのかな」


 ブラウンの大きな目が哀し気に細められる。

 しかし、それは次の瞬間、狂気を孕んだものに変化した。


「誠太郎、下がれ」

 

 言われるがままに後方へ下がる。


「ううぅあああ!」

 

 華奢な少女から発せられたとは思えない、低く野太い唸り声が広間に反響する。

 誠太郎は目を見開いた。

 彩の背中から、巨大な純白の翼が生えてきたのだ。ミチミチ、と肉を突き破ってくる痛みに、彩の唸り声は悲鳴に変わる。


「痛い、痛いよお!」

 

 泣き叫び、苦悶に顔が歪んでいる。

 彩が助けを求めるかのようにこちらへ手を伸ばす。すると、爪がみるみるうちに伸びた。二十センチメートル程だろうか。


「助けて、死にたくないのおぉ! 嫌だあぁあ!」

 

 彩が暴れるた度に、彼女の下に積み重なっている人々が、翼に当たって吹き飛ばされていく。爪に引っかかれて傷ついていく。

 誠太郎は愕然とした。

 薄暗い店内でも目を凝らすと分かる。辺りはすでに血だらけだ。この短時間だけでできたとは思えない血溜まりが、至るところにあった。

 今さらになって鼻を突く血の匂いに吐き気が込み上げてきた。

 慌てて口元を手で覆う。


「・・・助けてくれ」


 人の山の中から、消え入りそうな声とともに、ぴょこりと角ばった手が現れた。ひらりと振られるその手に気づいた誠太郎は、すぐさま未散に指示を仰ぐ。


「あそこ見て! まだ意識あるみたい。助けてやろうよ師匠!」

「なるほどな。じゃあ、あの人は誠太郎が助けろ。私は遠野彩の相手するから」

 

 ぶんぶんと、狂った彩が手と翼を無造作に振り回す。

 このままでは被害が増える一方だ。

 その時、翼がびたん、と派手な音を立て、二人の目前の地面を打った。

 あの翼に当たれば一たまりも無い事は一目瞭然だ。

 生唾を飲み込む。


「どうする?」

 

 未散が問いかける。

 誠太郎が行かなければ、あの手を握れない。それなら、行動はもう決まっている。


「や、やってやるよ!」

 

 うおりゃあ、と雄たけびを上げながら、飛び出している手を握る為に、翼を掻い潜って走り寄った。


「まだ生きてるよね? 大丈夫、絶対助けるからな、おっさん!」

 

 誠太郎は力任せに握った手を引っ張った。


「いたた」

「我慢して!」


 背後で、巨大な翼が再び地面を打った。


「君、怖くないのかい?」

 

 こんな状況にも関わらず話しかけてくる男性に苛立ちながらも、何とか返事を返す。


「恐いに決まってるじゃん!」

「それなら逃げなよ」

「は? あり得ないね。だってそんなの、全然かっこよくねえだろ!」

 

 ずるずると、上半身が人の山から引きずり出された。

 男性は満面の笑みで、もう少し引っ張ってと催促してくる。

 誠太郎が必死に引っ張り続けると、やっとのことで足先まで無事に引き抜くことができた。


「助かったよ、誠太郎。ありがとう」

「えっと、何で俺の名前知ってるの?」

「一時退避しよう」

 

 男性は誠太郎の発言には答えずに、さっさと広間の外へ脱出する。


「ほら、誠太郎もおいで」

「俺は師匠を置いていけないから、おっさんだけでも退避して!」

 

 見たところ男性に目立つ傷はなさそうだ。かなり体格が良いようだし、ここでバグを食い止めている限り、男性に危害は加わらないだろうと結論付けてそう言った。


「いいからこっちにおいでよ。心配しなくても大丈夫だよ。あの子、強いから」

 

 誠太郎の背後で、ひと際強く翼が地面を打った。その動きは明らかに未散を狙っている。

 風圧に耐え切れず後退する。気づくと男性に肩を掴まれていた。


「はい、ここで見学ね」

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