7 指示語を探す前に

「指示語って?」


 こてん、と小首を傾げた誠太郎にすぐに返答したのは、面倒見の良さが発覚した景吾であった。


「エラーの能力発動時に必須の言葉だよ」

「ほう」

「その返事は絶対分かってないだろ」

 

 めんどくせえな、と頭を掻きつつも、説明を続けてくれようとした景吾だったが、それは真倉に阻まれた。


「まずは指示語の例を皆に見せようか」

 

 教卓によじ登った真倉は、候補生たちを見回してから指示語を発した。


「対象者を操作せよ」


 誠太郎の真横に着席しているまつりが、勢いよく座席から飛び上がった。

 そして、その場でくるくると回り出した。


「た、対象者に選ばれてしまったあ! これ目が回りますよ、うえ、ちょっと真倉先生、ほどほどにして下さいよ。私酔いやすいのですがあ!」

「おや、ごめんよ」

 

 謝罪と共に、唐突に始まったまつりの回転が終わった。

 おえ、と口元を押さえて座席に崩れ落ちたまつりは、随分顔色が悪いようだ。

 誠太郎は気休め程度に背中をさすってやった。


「大丈夫?」

「三半規管がとてつもなく弱いんですよ。もう、回転するなら事前に酔い止め薬飲んだのに」

 

 まつりが不服そうに真倉を睨む。


「本当にごめんよ。三半規管が弱いとは知らず無茶をさせてしまったね。保健室で休むかい?」

「別に。そこまでじゃないので」

「そうか。でも体調がすぐれないようならすぐに休みなさい」

 

 おろおろとまつりを心配しつつも、真倉は指示語についての説明を付け加えてくれた。


「先生の指示語は【対象者を操作せよ】だ。この指示語を発することで、対象者一名の肉体操作が可能となる。指示語は一つとして同じものは無い。自分の指示語をそれぞれ探してもらうのだけど、方法は大きく二つに分けられる」


一、己の潜在意識を掘り下げて指示語を探し出す

二、指示語を片っ端から試す

 

 二本指を立てた真倉に、挙手した景吾が問いかける。


「指示語って範囲が広すぎる。片っ端からやっていたらキリがない。潜在意識を掘り下げるって具体的にどうすりゃいいんだ?」

 

 真倉はバレリーナの如く軽やかに舞い、恍惚とした表情で言ってのけた。


「自分と対話するんだ。とことん自分と向き合えば、自ずと道は切り開くのだよ」

 

 誠太郎は思った。


「どこぞの新興宗教かよ」

 

 景吾が隣で吹き出し、肩を震わせていた。


「例えが的確だな」

 

 真倉はくるくると教室中を舞ってから教室を後にする。

 ドアを出て行く直前に、にこりと柔和な笑顔を浮かべて言った。


「自分のインスピレーションを信じなさい。指示語は言うなれば、エラーにとって最大の個性だ。指示語は必ず君たちの中にあるのだよ」


 教室に残された候補生たちは、一様に難しい顔で考え込む。


「エラーの個性か」

 

 誠太郎は腕を組み、うんうん唸る。

 真倉曰く、自分と対話をすれば指示語が見つかるらしいが。


「自分と対話って何だ? ・・・こんにちは」

 

 試しに挨拶をしてみた。

 静かな教室で誠太郎の声は思いのほか響いた。周囲から堪えるような笑い声が聞こえる。


「言葉通り受け取りすぎだろ。お前、エリートのくせに実はちょっとバカだな?」

 

 笑い声筆頭の景吾に、バシバシと腕を叩かれる。


「痛いって」

「うふふふ、男の子ってあっという間に仲良くなりますよねえ。見ていて微笑ましい限りです。しかし今は和んでいる場合ではないですよ。時間は有限! 課題を早く終えなければなりませんからね。さあ、行きましょうか」

 

 まつりに腕を引かれた誠太郎と景吾は、為されるがままに教室を飛び出した。

 迷いのない足取りで進むまつりの後ろで、二人は顔を見合わせて頭上にハテナを浮かべていた。

 すると徐に一つの教室に放り込まれた。そこは家庭科室だった。

 誠太郎がきらきらと目を輝かせる。


「俺の学校より綺麗!」

「廃校を改装したのはバグ討伐部隊ですからね。そりゃ最新設備が整うってもんですよ」


 まつりがそそくさと備え付けられている冷蔵庫に駆け寄る。


「朝からしっかり浸していたので、絶品フレンチトーストになる事間違いなしです」

 

 冷蔵庫から取り出したトレイには、ひたひたの食パンが六枚あった。


「すぐに焼きますね。まずは糖分を補給してから指示語について考えましょう。腹が減っては戦が出来ませんから」

「確かに。じゃあ、俺はお皿用意する!」

 

 はいはい! と元気よく挙手した誠太郎が子犬の如く吠えた。

 その横で景吾は大きなため息を一つ落とすと、仕方がないとばかりに布巾を手に取った。

 パチパチ、と脂が弾ける音がする。

 じゅう、と食パンが焼かれる香ばしい匂いに、誠太郎の鼻がひくりと反応した。


「人間を幸せにする匂いと音がする」

「間違いないな」

 

 まつりはかなり手慣れていた。

 聞いたところ、週五で家庭科室を使用しているらしい。なので、冷蔵庫内もかなり潤っているとのことだ。

 あっという間に皿に盛られたフレンチトーストには、バニラアイスとミントが添えられていた。


「どうぞ召し上がれ」

「いただきます!」

 

 分かっていたが、フレンチトーストは絶品だった。

 三人そろって黙々と食べている中、まつりが思い出したかのように口を開いた。


「聞きたかったんですけど、エリート街道まっしぐらの誠太郎君が指示語を知らないって妙ですよね。それとも知らないふりをしろと上層部から指示があるんですか?」

 

 わくわく、と声が聞こえてきそうなほど興味津々に聞いてこられても、誠太郎は期待に応えられる回答を持っていない。


「ごめん。本当に知らないんだ」

「ふうん、さいですか」

 

 納得した様子はないが、まつりはそれ以上踏み込んでこなかった。

 一足先に食べ終えた景吾が、誠太郎の首根っこを掴み上げる。


「痛い。首が死ぬ!」

「加減しているから問題ない。それより、食ったらさっさと指示語探しだろ。皿洗ってグラウンドに出るぞ」

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