【2】指示語探し

6 バグ討伐部隊候補生の最重要課題とは

 バグである遠野彩の討伐から程なくして、誠太郎は候補生に交じって訓練を受けることが決定した。訓練とはいっても、入隊するために必要な実技と筆記試験対策に重きを置くらしく、現場に出向く事は無いそうだ。

 その話しを聞いてほっとしたのは事実だ。

 現場では、今の誠太郎にできることはなかったと身をもって知っている。


「今にも殺されそうなんですけど」

 

 しかし現在、誠太郎は別の意味で窮地に陥っていた。

 今日が候補生と同じ訓練を受ける初日である。

 廃校を改装した候補生専用の学び舎を見上げ、友達何人できるかな、と意気揚々と乗り込んだ結果、とてつもない恐怖に襲われている。

 広々とした教室を見渡して、ざっと五十名の視線が誠太郎に向いていた。


「し、師匠、俺別のクラスかもしんない。ちょっと確認してくる」

「ここで合ってる。チワワのように震えるな」

 

 ここまで付き添ってもらった未散に背中を押されてたたらを踏む。

 不覚にも教室に足を踏み入れてしまった誠太郎は、恨みがましく未散を見やった。


「今日からうちの子も参加させてもらうね。どうぞよろしく」

 

 その視線をスルーして、未散は珍しくにこやかな表情で候補生一同に手を振ると、そっと引き戸を閉めて去っていった。


「・・・師匠」

 

 こうして残されたのは誠太郎と無言の候補生たちである。

 肌で感じるほど空気が緊張しているのが分かる。誰かが生唾を嚥下する音まで聞こえそうだ。

 その静寂を打ち破ったのは、この場に似つかわしくない軽やかな声だった。


「あなたは超超超話題の住屋誠太郎君ですよね? はじめまして今日からよろしくお願いします。私はかのうまつりと申します。すごいですね、さっきあの戸井さんと一緒でしたし、やっぱりエリートは違いますねえ」


 ててて、とその声に違わず軽い足取りで駆け寄ってきた金髪の少女、まつりが遠慮無く目と鼻の先まで距離を詰めてくる。

 目がくりんくりん。まつげバサバサ。お肌つるつる。可愛いギャルだな、と単純な感想を抱いた誠太郎はたじろいだが、びくともしなかった。

 うんうん、と一人納得している様子のまつりは、すぐに我に返ると、誠太郎たちを凝視している候補生たちに声をかけた。正しくは、候補生の中にいる人物に。


「ほらほら、エリートさんとお近づきになれるチャンスなんですから、挨拶しておいたほうがお得ってもんですよ!」

 

 まつりに半ば引っ張られる形で誠太郎の前に現れたのは、堅気の者とは思えない威圧感のある少年だった。

 長身で体格が良く、黒い短髪の下にある顔は彫が深く整っている。何と言うか、外見は男が憧れるような男である。

 ちなみに誠太郎はそういう男にジェラシーを抱くタイプだし、何より威圧感が怖いので自然と視線は下に行った。


「・・・どっかの若頭かよ」

 

 しまった、心の声が漏れてしまった。

 誠太郎は本日二度目の窮地に陥り死を覚悟する。


「誰が若頭だ。俺は風見景吾かざみけいご。おいエリート、さっさと座れ。そろそろ座学が始まる時間だ」

 

 外見に反して存外爽やかな声だった。

 誠太郎は景吾に促されるまま後を着いて行き、腰掛けたのはど真ん中で最前列、つまり教卓の真ん前であった。

 がっくりと肩を落とした。


「絶対眠れない席じゃん」

「眠る余裕なんかねえだろ。いくらお前がエリートでも、筆記試験で落ちたらその立場危うくなるぞ」

 

 誠太郎の右隣には行儀悪く机に肘をついた景吾が座り、左隣にはまつりが座っていた。


「そうですよ。真面目に座学に励みましょう。ピンチになれば頭脳明晰の景吾に助けを求めれば問題ありませんし」

「おい、俺を頼りにするな」

 

 三人で話しているうちに、次第に他の候補生の視線が誠太郎から外れていった。

 緊張が和らいだ。自然と強張っていた肩をぐるぐると回して軽くストレッチをすると、どかりと派手に後ろの机にぶつかってしまった。


「ごめん! 当たった?」

「ううん、大丈夫」

 

 慌てて振り返った誠太郎は目を見開いた。

 俯いているが、息を飲むほどの美人である。陶器のような白い肌に、艶のある長いストレートの黒髪。どこか愁いを帯びたような澄んだ目が、そろりと遠慮がちに誠太郎に向いた。

 その途端、かあ、と誠太郎の頬が赤くなったのを自覚した。


「本当にごめんね。俺は住屋誠太郎。前後の席だし、これからよろしく」

「私は乙野清香おとのきよか。こちらこそよろしく。あ、先生来たよ」

「うん」

 

 再び教卓へ向き直る。

 そこには白衣姿でボサボサの髪をした、ひどく眠たそうな顔の男性が立っていた。

 どことなく、ゆらゆらと左右に揺れている気がする。


「あれが通常運転だから慣れろ」

 

 すぐに景吾が教えてくれた。

 誠太郎は確信した。景吾は面倒見の良いお兄ちゃんタイプだと。

 揺れている男はおもむろに口を開いた。


「そっか、住屋は今日から参加だったね。〇番隊のお気に入りだからって、先生は一切依怙贔屓しないからね。さあ、住屋には特別にあめちゃんをあげよう」

 

 いきなり五個も飴玉を差し出された。全てハッカ味である。


「言ってる傍から依怙贔屓するなよ、真倉まくら先生」

「そうですよ! 庶民にもどうかご慈悲を!」

 

 がやがやと教室が騒がしくなったところで、ごーごーと地鳴りのような音が響いた。


「え、なになに?」

「真倉先生、面倒くさくなるといびきをかくんだ」

「嘘でしょ」

 

 候補生たちを見渡すと、慣れたもんだと動揺している人はいなかった。

 これが平常らしい。誠太郎は、この環境に慣れないかもしれないと不安を覚えた。一番の不安要素は先生である。

 教室に静けさが戻ると、何事もなかったように真倉が動いた。


「全員揃ったという事で、これよりバグ討伐部隊候補生諸君の最重要課題を提示するよ」

 

 候補生たちの顔に緊張が走った。

 真倉が黒板に小さいチョークで書き記して言った。


「指示語を探せ」

 

 ごくり、と誰かが生唾を嚥下した。

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