3 実践主義の〇番隊

 もしかして、己にはとんでもない才能が秘められているのではなかろうか。

 そう思っていた時期が、確かにありました。

 誠太郎は一筋の涙を流して、現状に意識を戻した。

 無様に地面に転がされ、胸部を未散の足で押さえられている。呼吸が苦しいし、何ならこのまま意識が落ちそうだ。


「はい、もう一本」

「無理っす」

「はい、返事」

「・・・はい!」

 

 誠太郎は意地で未散の足を持ち上げて体を起こした。

 まずは基礎体力の向上と、実践的な体術の会得に時間を割くことに決めて三日が経つ。

 正直、誠太郎は毎日吐くほど辛くて泣いている。


「師匠、俺体術向いてないみたい」

「そんなことない。いい筋してるよ」

「そんな薄っぺらいフォローいらないよ! 明らかに俺、弱いじゃん」

 

 生まれたての小鹿のような体勢で未散を睨みつける。

 吐く息は荒く、中々整わない。


「ちゃんと自分の弱さを認められる人間は、これから強くなれるんだよ。良かったな、誠太郎」

 

 わさわさと頭を撫でられる。

 その手を弾き飛ばして、胡乱気な顔で未散を見上げた。


「強くならなかったら、師匠のせいにするからな」

「はいはい。それより今思い出したんだけどさ、すでに仮入隊しているとは言え、一応あと数週間も経てば候補生と一緒に訓練に参加することになるだろ? だから、それまでにバグ討伐部隊の任務に同行してもらうことになったから」

 

 誠太郎はその場に崩れ落ちた。


「俺、死ぬよ?」

「大丈夫。見学するつもりでいけ」

「師匠、絶対その言葉を忘れないでね」

「おうよ」

 

 この日も、日が落ちるまで組手は終わらなかった。

 誠太郎は、軽薄な見た目とは裏腹に、名前通りの誠実な男であった。

 未散による辛い扱きに堪え、自分の力を向上させようと弱さに向き合える忍耐力がある。


「誠太郎君ってさ、良い子だよね」

 

 誠太郎を送迎車に乗せて見送り、〇番隊待機室のソファに倒れ込んだ未散は、頭上から聞こえた桜木の声に眠い目を開けた。


「まあね」

「ずいぶん可愛がってるようで何よりだよ。他の隊に取られる前に、早くうちに迎えたいよね」

「副隊長こそ気に入ってますよね」

 

 桜木は〇番隊待機室を見渡して、懐かし気に目を細めてほほ笑んだ。


「誠太郎君が片付けてくれたから、すごく風通しが良くて過ごしやすい。あの子を見てると思い出しちゃうね」

 

 何を、とは聞き返さなかった。

 話をそらすように未散が唯一の懸念事項を言った。


「問題は隊長が認めるかどうか。今度の見学で判断するつもりだろうけど」

「困ったなあ。あの人、基本的に霊力持ち嫌いだもんなあ。絶対どうにかしてね、未散ちゃん! 万年人員不足の〇番隊の為にもさ!」

「はいはい」

 

 未散はふらりと立ち上がる。誠太郎のおかげですっきり片付いた自分のディスク下から、徐にカップラーメンを取り出した。


「私はもう寮に帰る気力がない。今日はここに泊まるから許可取っといてくださいね」

「ここから十分もかからないんだけどね。分かったよ、お疲れ様」

「おつかれっす」


 気の抜けた声を背にして、桜木は待機室を後にした。

 

 現在、〇番隊から一九番隊まであるバグ討伐部隊本部において、〇番隊は少数精鋭の別格扱いとされている。

 理由は明快だ。

 圧倒的な力を持つエラーが集められているからだ。要するに単体で強い。それと並行して、もう一つの説がまことしやかに生まれていたりもする。それは、癖が強すぎて集団行動がとれない者たちが寄せ集められた、と言うものだ。

 そんな中、誠太郎は集団行動が取れない筆頭との呼び名が高い未散と、本日ついに任務へ就く事となった。

 心情としては、生きて帰れるかな、に尽きる。


「そんなに青白い顔をするな。言っただろ、今日はただの見学だって」

「ねえ師匠、頼むから俺の目を真っすぐ見て言ってよ。何でそんな隠し事がありますみたいな目えしてんの?」

「アハハ、カクシゴトナンテナイヨ」

 

 絶対ある。

 誠太郎は潔く短い生涯を振り返る事に決めた。

 黒いワゴン車の後部座席に乗り込むと、静かに発車する。

 ここ数日で見慣れた田園風景が流れていく。


「おい誠太郎、人の話を聞け」

 

 生まれてから小学六年生までの人生を振り返っていた途中で頭を叩かれた。


「痛いよ師匠。どうかした?」

「任務内容の説明をしておくって言ってるだろ」

「懇切丁寧に、バカな俺でも理解できるようにお願いします」

「何でいきなり自虐に入った」

 

 そう言いながらも、未散は桜木から受け取った資料に目を通す。


「バグ討伐部隊のイメージって何かある?」

 

 唐突な未散からの問いかけに、誠太郎は威勢よく答えた。


「謎めいた組織ってことしか分からない。でも、大きい事件で活躍している印象はあるなあ。飛行機の機内でいきなりバグが発生してみんな助けたとか、バグが無差別殺人してるのをあっという間に止めたとか」

 

 バグ。エラーではない方。狂う方。

 言い方は様々だが、言うなれば人間の時限爆弾のような存在だ。彼らはいきなり狂う。それを討伐するのが未散達の仕事である。

 未散はわしゃわしゃと誠太郎の頭を撫でた。


「その認識で合っている。バグにも大小あるが、要はバグを殺す仕事だ。今回の任務も変わりない。とある商業施設でバグが発生した。発生源はつい最近バグ判定が出た、隔離施設への収容待ちだった少女だ。この子を殺して、商業施設内にいる人たちをみんな助ける」

 

 誠太郎は、はっとした目で未散を見た。

 そうだ。バグが発生したという事は、誰かが狂ったということだ。それを止める方法は、現在は殺す以外にない。

 誠太郎の耳元で、生唾を嚥下する音が響いた。

 未散はいつも通り、表情一つ変えずに言った。


「覚悟しておけよ」

「はい」

 

 誠太郎はぐっと拳を握り込む。

 毎日のように未散に稽古を付けてもらった。それは実践で死なないためだ。今日は見学とはいえ、気を引き締めなければ万が一の場合がある。


「うおりゃ!」

 

 誠太郎の雄たけびと共に、ぱちん、と乾いた音がした。


「気合いの入れ方がワイルドすぎるんだよな」

 

 未散の呆れた目線を一身に浴びた誠太郎の両頬は、真っ赤になっていた。

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