BUG―バグ討伐部隊による活動日誌―

滝祥子

【1】バグ討伐部隊〇番隊と新人エラー

1 全国一律霊力検査の結果

 ゴールデンウィークの初日に、例年の如く全国一律霊力検査が行われた。

 対象は十五歳である。

 高校一年生の住屋誠太郎すみやせいたろうもその内の一人だ。

 休日の早朝から学校に呼び出され、早々と連れて行かれたのはあまり縁のない保健室だった。そこで問診や血液検査、身長体重測定など一般的な健康診断の項目をこなしていく。


「そんなに固くならないでいいのよ。ほら、力抜いて」

「無理っす」

 

 誠太郎は赤い顔で即答した。

 漫画から飛び出してきたような白衣を着た色気全開の美人女医を目の前にして、リラックスなどできるはずがない。

 女医はそう、とだけ呟くと直ぐに次の作業へ取り掛かった。

 保健室に二人きり。

 ド、ド、ド、と誠太郎の胸が激しく脈打つ。

 心電図は案の定乱れた為、二回取り直しになった。その後、待機時間は一時間程度だったので保険室にあるベッドで眠っていればあっという間に過ぎた。

 改めて、女医と向かい合い丸椅子に腰を下ろす。


「住屋誠太郎君。良かったね、君はエラーよ」

「マジで? うっしゃラッキー、ありがとうございます」

 

 勢いよく立ち上がった誠太郎は、女医に綺麗なお辞儀を披露した。


「よう、終わったか?」

「終わったわよ」

 

 誰かが来たようだ。

 顔を上げると、扉に寄り掛かり腕を組んでいる女性がいた。

 綺麗に切り揃えられたボブヘアに、ダボっとしたネイビーのローブの出で立ちである。神経質そうな猫目が真っすぐ誠太郎を捉える。


「君が住屋誠太郎で間違いないな?」

「そうですが」

「よろしく、誠太郎。私は戸井未散といみちる。今日から君の教育担当となる。先に言っておくが二十二歳だ。童顔なんですねとは口にするな」

 

 一息で言い切った未散は、どや顔を浮かべていた。


「えーっと、教育担当?」

 

 呆気にとられている間に、未散は踵を返して去っていく。

 女医が誠太郎の耳元で囁く。


「あれ、着いて来いってことよ。迷子にならないうちに追いかけなさい」

「え、はい」

 

 条件反射で駆けだした。

 静まり返った校舎内は、二人分の足音が良く響く。

 五歩先を進む未散が徐に沈黙を破った。


「全国一律霊力検査は、今や学校はもちろん病院でもできる手頃なものだけど、このたった一回の検査で人生が変わる。誠太郎はエラーだったから未来に希望を見いだせたわけだが、逆もあることは知っているだろう?」

 

 誠太郎が足を止めると、未散が振り返ってチェシャ猫のようににんまりと笑った。


「バグ判定が出たら即刻隔離だ。嫌な世の中になったよね、本当に」

 

 エラーかバグか。

 この話題は、十五歳を迎えるまでは一種のタブーとして扱われている。

 全国一律霊力検査で霊力有りと判定されると、そこからエラーかバグに分類される。

 エラーは霊力持ちで、所謂特殊能力を扱える見込みがある存在。

 そしてバグは、同じく霊力を持つが、霊力の暴走因子を持っている存在。

 後者の判定が出れば、一生隔離施設で過ごすことになる。中には絶望して自殺する者もいるほどだ。


「実は早朝から誠太郎だけ呼び出して検査を受けさせたのは、誠太郎にバグ疑惑があったからなんだよね」

「嘘、俺が?」

「うん。びっくりでしょ。ちょっと調べさせてもらったけどさ、親族にも身近にもバグの人いないもんね」

「個人情報とは一体・・・。まあ事実なんだけどさ。俺自身、エラーでもバグでもないと思ってたぐらいだし」

「だろうね。大半は霊力無しだから。そういやさっき、誠太郎はエラー判定で喜んでたな。しかしまあ、エラーはエラーで大変だと思うぞ」

 

 誠太郎は、ニシシと笑い声をあげた。

 日が高い。窓から光が差し込んで、誠太郎のアッシュミルクティー色の髪が柔らかに透けた。

 年相応の勝気な目が、楽し気に細められる。


「エラーってだけでまずカッコイイし、その上選ばれたエラーだけが入れるバグ討伐部隊ってところに俺もいけたら、もっとカッコイイだろ。給料も良いって聞くし、そこで稼げたらなお良し。俺、超超超頑張るよ」

「・・・壊滅的に理由が薄っぺらいが許そう。そんな誠太郎に朗報だ。現時刻を持って、君のバグ討伐部隊への仮入隊を決定した。よろしくな」

「それで教育担当ってことね! へへ、嬉しい。末永くよろしくお願いします!」

 

 本日二度目の綺麗なお辞儀を決めた誠太郎は、高らかに勝利のガッツポーズを決めた。

 未散が言うに、高校には変わらず通えるそうだ。

 ただ、休日や放課後はバグ討伐部隊本部で、訓練に参加しなければならない。

 そこで今回の全国一律霊力検査でエラー判定を受けた者たちが、ふるいにかけられるのだ。

 部隊は関東に本部、そして関西に支部がある。関東に集められたエラーは全員で五十一人らしい。

 未散が誠太郎の耳元で囁く。


「去年は六十五人いたが、正式に入隊した者は0人だった」

「嘘だろ⁉」

「本当だよ。つーか、うるさい」

「ごめんなさい」

 

 学校で一通り説明を受けた誠太郎は、未散に連れられてタクシーで運ばれている。

 かれこれ三十分は車に揺られている状態だ。


「どこに向かってるのか分からん」

「バグ討伐部隊本部だ。これからほぼ毎日通うことになるよ」

 

 誠太郎は狭い天井を仰いだ。


「交通費どんだけかかるの」

「大丈夫。全額支給されるから」

「・・・心の底から安心しました」

 

 景色に緑の面積が増えてきた。


「ねえ戸井先生、俺ちゃんと正式に入隊できるか不安。さっき去年は0人って言ってたし」

「先生はやめろ吐き気がする。訓練に付いていけるように、この私が直々に指南してやるから心配するな」

 

 誠太郎はぱちくりと目を瞬かせた。


「俺の教育担当っていうから、先生かなって思ったのに。先生呼びってそこまで拒絶するほど? じゃあ、そうだなあ、師匠って呼ぼうかな」

「それなら許す」

 

 未散の隣で機嫌よく鼻歌を歌い出した誠太郎は、これから知ることになるエラーの生き方に対して、どのような感想を抱くのだろうか。

 どうか絶望だけはしないでほしいと、未散は切に願った。

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