第236話 エピローグ8

 



「答辞。卒業生代表、星野灯里」


「はい!」


 司会者に名前を呼ばれた私は、大きな声で返事をし、席から立ち上がる。方々に頭を下げてから挨拶し、ステージの壇上に立って卒業生と在校生を見渡した。


 まさか、私が卒業生代表として答辞を読むなんて思わなかった。単位も出席日数も足りなくて本当なら卒業できなかったけど、世界を救った功績と家庭の事情を考慮されて卒業は許可してもらえたんだ。


 そんな卒業ギリギリの私が卒業生代表として答辞を頼まれた時は、私以外の人をって遠慮したけど、私しか居ないと先生に強く推薦されたから仕方なく引き受けた。


 引き受けたからには、しっかりとやり遂げる。

 紙を広げ、一拍置いた後、ここにいる全ての人にはっきりと聞こえるように読み上げる。



「暖かい陽の光が降り注ぎ、美しい桜も咲き始め、春の訪れを感じる今日、私たちは卒業の日を迎えました。本日、お忙しい中、私たちのためにご臨席くださいました皆さま、誠にありがとうございます」



「四年前、世界中のあらゆる塔が唐突に、何の前触れもなくダンジョンに変貌しました。非科学的な超常現象に世界中が混乱に陥る中、日本でも東京タワーがダンジョンとなり、当時中にいた351名の方々が囚われてしまいました。その中には私の両親も含まれており、目の前で両親をダンジョンに奪われた光景は、今でも鮮明に脳裏に焼き付いています」



『お父さん! お母さん!』



 あの時のことは一生忘れない。

 お父さんとお母さんが自動ドアから出てくるのを待っていても、全然出てこなかった。不思議に思って私から行っても自動ドアは反応せず、叩いても何をしても開くことはなかった。


 やがて騒ぎになって、警察や自衛隊が駆けつけてきても東京タワーが開くことはなく、いつまでも待ち続けていた私は絶望したんだ。



「両親を奪われた私は、ただ泣いて叫ぶことしかできませんでした。子供の私は余りにも無力で、できることは何一つありません。ただ悲しみに暮れ、この先どう生きていけばいいのかわからず、一寸先は闇でした」



「そんな闇の中、ダンジョンに囚われた人が解放されたという情報が発表された時、私は希望の光を見つけました。そして、自分の力で両親を助け出すと心に誓ったのです」



『お爺ちゃん、私に戦う力を教えて』



 身寄りがなくなった私は、愛媛にある母方の祖父母に引き取られた。

 引き取られたばかりの私はもぬけの殻だったと思う。お爺ちゃんとお婆ちゃんが励まし元気づけてくれたけど、両親を失った悲しみを拭えなかった私は精神的に不安定で、凄く心配させてしまった。


 けれど、ダンジョンからダンジョン被害者が解放されたと知ってから私の魂は息を吹き返した。冒険者になって自分自身の手でお父さんとお母さんを助けてやるって。


 でも、冒険者になるのには十八歳以上でなければならない。私は高校に通いながら、お爺ちゃんに体術や弓術、狩りなどを教えてもらい、その日が訪れるまで戦う力を身に着けた。


 そして遂に、冒険者になれる十八歳を迎えたんだ。



「十八歳になった私は冒険者になって両親を救おうと愛媛ここを離れ、一人東京に出ました。でも、たかが高校生では限界があります。冒険者になるどころか一人で生活していくのも難しいでしょう。

 そこで私は、信頼できる協力者なかまに助けを求めました。今では皆さんも知っている、“世界を救った英雄”と呼ばれている許斐士郎さんです」



『あの、もしかして許斐士郎さんですか!?』


『あ……ああ、そうだけど』


『お願いがあります、私とダンジョンに行ってください!』



 中学時代、仲が良かった許斐夕菜。彼女もまたダンジョンに囚われてしまっていた。夕菜から話をよく聞いていたお兄さん――士郎さんなら、きっと夕菜を助けたいと思っているはず。


 私は士郎さんに協力者になって欲しくて、夕菜の実家に電話してから今の住所を聞き、家に向かった。


 でも士郎さんはいくら待っても帰ってこず、私は疲れて眠ってしまった。眠りこけている私に声をかけてくれた士郎さんに、一緒にダンジョンに行って欲しいと頼んだんだ。


 けど、士郎さんの反応は芳しくなかった。てっきり私と同じで夕菜のことを助けたいと思っていたんだけど、士郎さんは夕菜に嫌われていたらしく、どうでもいいと思っていたそうだ。


 それでも私が一生懸命お願いすると、士郎さんは一緒にダンジョンに行ってくれると了承してくれたんだ。


 そう言ってくれた時、私がどれだけ安堵したか士郎さんは知らないだろう。協力者になってくれたことが本当に嬉しかった。



「私は彼と冒険者になり、両親を救う為にダンジョンに入りました。ダンジョンの中では楽しいこともありましたが、辛いことも沢山ありました」


『危ない! ごはッ!』


『士郎さん!!』



 ホーンラビットに狙われていた私を庇って士郎さんが死んでしまった。早く両親を助け出したいと焦っていなかったら、士郎さんを死なせることはなかっただろう。


 目の前で士郎さんが消えていく時は頭がどうにかなりそうだった。士郎さんは気にするなって言ってくれたけど、謝っても謝り切れない。


 私はもう絶対に、士郎さんを死なせないと心に誓ったんだ。



「でも、そんな時は仲間が支えてくれました」


『五十嵐といいます、本日はよろしくお願いいたします』


『僕は島田拓造。気軽にたっちゃんと呼んでください』


『ボクの名前はメムメム』



 楓さん、島田さん、メムメム。

 この三人が仲間になってくれたお蔭で、辛いことも乗り越えられることができた。

 辛いことだけじゃなくて、皆と一緒に居ることがとても幸せに感じられたんだ。



「仲間と支え合い、共にダンジョンを攻略し、私はついに母を救い出すことができました。三年ぶりに母に会えた私は、嬉しさの余り赤子のように大声で泣いたのをよく覚えています」


「灯里……」



 来賓席にいるお母さんの顔を見ながら話していると、あの時の記憶が蘇ってきた。

 喋る隻眼のオーガを倒して、お母さんがポリゴンとなって現れた。その為に頑張ってきたけど、本当にお母さんを助けられたんだって心の底から嬉しかった。



「それからも色々なことがありましたが、一番大きな事件は異世界の神事件アザーゴットと呼ばれるものです。世界中の塔をダンジョンに変えた首謀者である異世界の神エスパスが、突如世界を滅ぼそうとしてきました」



『私は異世界の神、エスパス』


『私が君達に下す罰は、この世界を滅ぼすことだ』


『私が最初に滅ぼすのは日本だ』



 あの時は驚き過ぎて思考が停止してしまった。

 だってテレビに映っているお父さんが、自分のことを異世界の神と名乗って世界を滅ぼすと言い出したんだから。

 何がなんだか分からなくて、酷く動揺したのを覚えている。



「世界の危機に立ち上がったのは、勇敢な十六人の冒険者でした。彼等……いえ、私達は、己の命を懸けて戦い、世界を救うことができました。そして私は、この戦いを通して一つのことに気付きました」



 一拍置き、顔を上げて続きを告げる。



「人が持つ“想いの力”とは、どんな力よりも強いということです。想いは人によってそれぞれ違うし、何でもいいです。

 家族や恋人への愛情。スポーツ選手になりたい、漫画家になりたいという夢。その強い想いは時に、不可能を可能にしてしまえる特別な力を持っているんです。神様を倒せるほどの力を持っているんです」



「私達卒業生は、これから社会という荒波の中に飛び込んでいきます。楽しく幸せなことがあれば、理不尽に遭い挫折してしまうこともあるかもしれません。立ちはだかる壁は大きく、困難の連続が襲い掛かってくるかもしれません」



「それでも、諦めないでください。躓いて転んでも、何度でも立ち上がってください。諦めず想い続けることさえできれば、きっと明るい未来に辿り着けます。私はそう、信じています」



「卒業生代表、星野灯里」



 ◇◆◇



「卒業おめでとう、灯里」


「立派だったねぇ」


「ありがとう。お母さん、お婆ちゃん」



 卒業式が終わり、クラスメイト達とも別れの挨拶を終えた後、私は家族のもとに集まった。

 お母さんとお父さん、お爺ちゃんにお婆ちゃんと、家族全員が卒業式に来てくれたんだ。まさかお爺ちゃんまで来るとは思わなかったけど、お母さんとお婆ちゃんに強引に連れて来られたみたい。


 でもお爺ちゃんが来てくれてよかった。できれば、お爺ちゃんには私の卒業式を見て欲しかったから。



「じゃあ私、行くね」


「ねぇ灯里、本当に行くの?」


「うん。もう決めたから」



 お母さんの問いかけに強く頷いた。

 するとお母さんは寂しそうな顔を浮かべて、



「そっか、寂しくなるわね」


「やっぱりダメだ~! お父さんから離れないでおくれよ~! 灯里が居ないとお父さん寂しいよ~! お義父さんからも説得してくださいよ~」



 泣きべそをかいているお父さんがお爺ちゃんにしがみつきながら頼むけど、お爺ちゃんは煩わしそうに手を払う。



「ふん、お前も父親なら子供が決めたことにぐだぐだ言ってんじゃねぇ。胸張って言ってこいって言ってやるのが父親ってもんだろ」


「そうしたいところなんですが、やっぱり灯里一人を行かせるのは心配ですよ」


「大丈夫だよお父さん。私は一人じゃないし、お盆とか年末には帰ってくるから」



 私も家族と離れるのは凄く寂しい。

 でもね、それでも行くってもう決めたの。というより、私が会いたくて会いたくてもう我慢できそうになかった。



「身体には気ぃつけろよ」


「うん。ありがとね、お爺ちゃん! じゃあ皆、行ってきます!」



 ◇◆◇



「疲れたぁ……あの社長、全然帰してくれないんだもんなぁ」


 今日は仕事が終わった後、日下部部長と一緒に取引先の社長と挨拶がてら飲みに行っていた。勿論仕事のことも沢山話したけど、ダンジョン関連のことを根掘り葉掘り聞かれて大変だったよ。


 それは今日だけの話じゃなくて、異世界の神事件アザーゴットからずっとそうだ。合馬大臣に頼まれ諸外国のお偉い方と会食したり、取引先の会社のお偉い方と飲んだりね。


 勘弁して欲しいって本当は断りたいところだけど、国家に関わることだから合馬大臣の頼みを断る訳にもいかないし、会社員として社長のお願いを断ることもできない。


「子供の分までお願いできるかな……」と毎回毎回何枚も色紙を書かされて手首が腱鞘炎になりそうだよ。


 全く、俺はタレントじゃないっての。



「はぁ……灯里に会いたいな」



 ふと、心の声が口から漏れてしまう。

 灯里と離れてからまだ半年しか経ってないけど、会いたくて会いたくて仕方がなかった。彼女の顔を見て、彼女の声を聞きたい。


 会いたいけど、俺から会おうとは絶対に言わないと決めている。

 会いたいと言えば、灯里はきっと俺に会いに来てくれるだろう。自分のことを二の次にして、俺を心配してくれるだろう。でもそれは嫌だった。


 灯里には灯里の将来があるし、俺の我儘で灯里の将来を潰したくはない。彼女には俺のことを置いておいて、自分自身でどうするか決めて欲しかったんだ。


 漫画やドラマの主人公なら「俺の側にいろよ」ってかっこよく決められるんだろうけど、生憎俺は“世界を救った英雄”と呼ばれるようになってからもそんなキャラにはなってないし、今後もなれはしないだろうな。


 そんな俺だから、強がってはいるけどやっぱり寂しくて、灯里に会いたくてたまらなかった。



(えっ誰だ……?)



 灯里のことを考えていたら、家の前で怪しい人影を見つけた。


 こんな夜遅くにどこの誰だよ……また記者か?

 スルーしたいところだけど、帽子を被っている怪しい人物は玄関の前にドンと立っているからスルーすることもできない。


 仕方ないなぁ……とため息を吐きながら、恐る恐る背中に声をかけた。



「あのぉ……どうしましたか」


「もしかして、許斐士郎さんですか?」


「あ……ああ、そうだけど」



 あれ、このやり取りって……。

 それにこの声は……。


 怪しい人物に既視感を抱いていると、その人は帽子を脱ぎながら振り向き、こう言ってきたのだ。



「お願いがあります、私とダンジョンに行ってください」


「あ、灯里!」


「ただいま、士郎さん」



 怪しい人物の正体は灯里だった。

 彼女を見た瞬間、身体の疲れが一気に吹っ飛ぶ。嬉しくて涙が溢れ、思いっきり灯里を抱き締めた



「灯里……会いたかった」


「私も士郎さんに会いたかったよ」


「会えて嬉しいよ。でも連絡もなしに突然どうしたんだ? そういえば今日は卒業式だったんだろ?」


「そうだよ。終わってからすぐ東京こっちに来たの」


「それは嬉しいけど……よかったのか?」


「うん、いいの。ちゃんと将来のことを考えて決めたことだから。私の将来はね、士郎さんと一緒にいることなんだ」


「灯里……」



 その言葉の意味を理解した。

 俺が言ったように、灯里はちゃんと将来のことを考えて、家族のもとを離れて俺に会いに来てくれたんだ。


 なら、俺もちゃんと伝えなければならない。

 一度深呼吸をしてから、彼女の瞳を真っ直ぐに見つめながら、彼女への自分の想いを言葉にして伝える。



「灯里、聞いてくれないか」


「うん、聞くよ」


「灯里が笑っている顔が好きだ。怒っている顔も、お腹が鳴って恥ずかしそうにしている顔も好きだ。誰よりも強い意思を持ち、誰もを想いやれる優しいところが好きだ」


「一緒に暮らしている時も、一緒に戦っている時も、いつでもどんな時でも幸せを感じられる灯里の事が大好きだ」


許斐士郎おれは星野灯里を愛してる。世界中の、誰よりも」


「だからどうか、これからも俺と一緒にいてくれないか?」



 俺の告白に、灯里は涙を流しながら笑顔で、



「はい! よろしくお願いします、士郎さん!」


「灯里!」


「私も士郎さんのこと、大好きです!」



 深夜にも関わらず、俺達は抱き合いながら愛の言葉をずっと叫んでいた。















「全く、近所迷惑もいいところだよ。まっ、今回だけはサービスしておいてやろうかね」



 そんな俺達をベランダから見下ろしていたメムメムが、認識阻害の魔術を施してくれたことは知る由もなかったのだった。




 ◇◆◇




「来ましたね」


「僕なんかもう待ちくたびれちゃったよ」


「楓さん、島田さん」



 俺達は半年ぶりに東京タワーを訪れた。

 これまでは灯里が居なかったから冒険者を休業していたけど、今日からまた冒険者としての活動を再開する。

 楓さんと島田さんとギルドで合流した後、皆揃って奥の部屋にある冒険者ゾーンに向かう。すると、大柄の男性に肩を叩かれた。



「お前達が来るのをずっと待ちわびてたんだぜ、シロー!」


「やっさん!」


 声をかけてきたのはやっさんだった。

 やっさん以外にも、風間さんやD・Aといった知り合いが沢山いる。どうやら俺達が今日ダンジョンに行くことが島田さん経由で伝わって集まってくれたらしい。



「これから行くんだろ、ダンジョンに」


「ああ、行くよ」



 俺と灯里は家族を助けるという目的を果たした。

 でもダンジョンに囚われている人達はまだ沢山いる。その人達を解放するのも目的の一つだが、異世界の神エスパスのことも気掛かりだった。


 またあいつが気まぐれで何をしでかすか分かったもんじゃないし、いざという時の為に力を付けておかなければならない。それを解決するには、やはりダンジョンを完全クリアするしかないだろう。



「行ってこい、シロー」


「ああ!」



 仲間達に見送られながら、俺と灯里、楓さんと島田さんとメムメムは自動ドアの前に立つ。


 皆の顔を見て強く頷いたのを確認した俺は、自動ドアへと一歩踏み出したのだった。




「行こう、ダンジョンに!」








 FIN




◇◆◇




3年間に渡るご愛読心よりありがとうございました!!


東京ダンジョンタワーが無事完結することができましたのも、これまで支えてくださった全ての読者様の応援のお陰でございます!

本当にありがとうございました!


原作は完結しましたが、コミカライズの方はまだまだ続きますので、これからも応援していただけたら幸いです!



モンチ02


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【コミカライズ配信中】東京ダンジョンタワー モンチ02 @makoto007

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