第235話 告白
「う~ん! やっぱり日本の焼き肉は美味しいわね~。アメリカと違ってヘルシーで食べやすいのがいいわ~! ほらほら、カエデももっと食べなさいよ」
「私は自分のペースで肉を焼きたい派ですからお構いなく」
「アナタ、変なこだわりがあるのね……」
網で焼いている肉を私の皿に置こうとしてくれるエマさんにそう伝えると、彼女は不思議そうに首を傾げた。
彼女の名前はエマ・スミス。
私の会社にアメリカから転勤で来たのですけど、彼女の実態は会社員ではなくアメリカ警察組織FBIからのスパイだったんです。
何故FBIであるエマさんが私達の会社に忍び寄ったのかといえば、やはり士郎さんやメムメムさんに接触しようとしたからでしょう。
ですが彼女は結局何もせず急遽アメリカに戻ってしまいました。表向きは転勤扱いでしたが、FBIの任務を終えて帰国したようです。
ですが『迷宮革命軍』に拉致されてしまい、私や士郎さん達がエマさんを救出しようと『迷宮革命軍』と戦って、無事にエマさんを救出することができました。
それからなんだかんだあってエマさんは私の会社に出戻りという形で転勤してきたという訳です。
で、そんなエマさんと私は二人で焼き肉に来ていました。今日だけではなく、普段からよく居酒屋など外食に行ったりしています。
『迷宮革命軍』との戦いで変に気に入られてしまったのか、凄く懐いてくるんですよね……。今までも積極的に接触してきてはいましたが、今はそれとは違うんですよね。
なんというか、前はエマ・スミスというキャラを演じていたような感じだったんですけど、今は彼女本来の素を出している感じがしています。
とはいっても完全に気を許したりはしていません。私はまた何か企んでいるのではないかと警戒はしているのですが、今のところ怪しい動きは見せていませんでした。
エマさんは仕事も優秀ですし、会社の広告関連で私や士郎さんのサポートも良くしてくれています。以前までは士郎さんのみ広告に出ていたのですが、“
タレントのような真似はごめん被りたいのですが、社長直々の頼みとあれば会社員として首を横に振ることはできませんでした。
ま、まぁ? 士郎さんと二人で雑誌の表紙に飾られるのは悪い気分ではありませんでしたけどね。
「で、最近どうなのよ」
「何がですか?」
「とぼけるんじゃないわよ。シローのことよ、シローのこと!」
「またそれですか……」
行儀悪く箸で差してきながらジト目を送ってくるエマさんに深いため息を吐く。
彼女は事あるごとに私と士郎さんの関係についてあーだこーだ言ってきます。それはきっと、『迷宮革命軍』と戦っていた時のやり取りのせいでしょう。
『エマさんが私達を騙していたことは許せません。でも、だからって死なれても困るんですよ!』
『なんで……』
『言ったでしょう……私と士郎さんを応援してくれるって。だったら、最後まで責任取ってくださいよ!!』
『カエデ……』
彼女を救うのに必死だったとはいえ、あんなこと言うんじゃなかったと今では後悔しています。その約束を守ろうと、私と士郎さんをくっつけようとしてきますから。
気持ちはとても嬉しいですけど、少しうざったいというか、疲れてしまうんですよね。
「いい加減告白しちゃいなさいよ、じれったい。最大の恋敵である星野灯里が居ない今が絶好のチャンスじゃない」
「それは、そうなんですが……」
灯里さんは今東京にはいません。
三年間離れ離れだった家族との時間を過ごす為に、愛媛に戻っています。時々電話やメールで連絡は取っていますが、やはり会えないのは寂しいです。私にとっても灯里さんはよき友人であり、可愛い妹みたいな人ですから。
「それにライバルは星野灯里以外にも沢山いるんだからね。このままうかうかしていると他の誰かに盗られちゃうわよ」
「他の誰か?」
「もうこのアンポンタンは……いい? シローは今超人気者なのよ。私が調査したところによると、会社の中でもシローを狙っている女狐はかなり多いわ。一般人だけじゃなくて、大物芸能人もシローを狙っているって聞くし」
「確かに……」
士郎さんは今や“世界を救った英雄”です。
私は4thステージで死んでしまったので直接見ることはできませんでしたが、ファイナルステージの動画はYouTubeのアーカイブとして残っています。
灯里さんを失いながらも神を倒した士郎さんはかっこよくて、世界中の人達を虜にしてしまいました。私も後で見た時は、感動で涙を流してしまったものです。
正に
勿論そんな英雄が社内に居れば気にならない筈もなく、社内からの女性人気も圧倒的でした。
英雄という肩書だけではなく、士郎さんは以前にも増して外見もかっこよくなっています。少し前から筋トレをしていたのもそうですが、なんというか貫禄が身に付いたんですよね。
四月までの士郎さんは、悪い言い方をするとナヨナヨしていましたが、今は堂々としているというか、自信に満ち溢れているんです。
ミーハーな方々には多少腹が立つところもありますが、確かに今の士郎さんになら女性が見惚れてしまうのも仕方がないでしょう。
「確かに……じゃないわよもう。そんなんじゃ本当にどこの馬の骨にシローを盗られちゃうわよ。カエデはそれでもいいの」
「よくはありません」
「でしょ? なら告白するべきよ!」
「急に言われても……心の準備が」
「今しなくていつするのよ! ほら、もう少しで絶好の告白イベントもあることだし、そこでビシっと決めちゃいないさい! ビシッと」
「そうですね……」
エマさんの言う通り、このまま何もしないと本当に士郎さんを盗られかねません。
私は士郎さんが好きです。
4thステージで死ぬ間際に、士郎さんに告白しておけばよかったと心の底から後悔しました。だから、生き返った今こそ勇気を振り絞って士郎さんに告白しなければならないんです。
ちゃんと、私の想いを伝える為に。
「私、士郎さんに告白します」
「よく言った! それでこそカエデよ!」
「ところでエマさん、絶好の告白イベントとやらは何でしょうか?」
全く思いつかないのでそう尋ねると、彼女は「アナタ、今までそういう経験なさそうだしね」と残念な人を見る目で私を見ながら、こう言ってきました。
「この時期に女性から告白するイベントなんて一つしかないじゃない。バレンタインデーよ、バレンタイン」
◇◆◇
来たる二月十四日、バレンタインデー。
待ち合わせ場所で士郎さんが来るのを待っていると、トントンと肩を叩かれます。
「楓さん」
「あっ、士郎さん」
全然気配がなかったので、突然現れた士郎さんに少し驚きました。恐らくメムメムさんに認識阻害の魔術を掛けてもらっているのでしょう。
今の士郎さんが外に出たら通行人が押し寄せてきてしまいますからね。
こうして彼から接触してくる分には、私も士郎さんを認識できます。
「ごめん、早く来たつもりだったんだけど待たせちゃったかな」
「いえ、私も今来たところです」
嘘です。士郎さんも十五分前に来てくれているのですが、私は三十分前から来てました。申し訳なさそうに謝ってくる士郎さんは、私のことをじっと見てこう言ってきます。
「今日の楓さん、凄く綺麗だね。眼鏡もかけてないし、人違いかと思って声をかけるのに躊躇したよ」
「ありがとうございます」
士郎さんに褒めていただいただけで、冬なのに身体が火照るぐらい嬉しいです。
この日の為にエマさんの指導のもとオシャレな服を買い、コンタクトにも挑戦した甲斐はあったようですね。
(貴方は変わりませんね)
照れ臭そうに頭を掻きながら言う彼は“世界を救った英雄”ではなくて、以前と変わらないいつもの士郎さんでした。さらっと言うのではなく、恥ずかしそうながらも真摯に伝えてくれる士郎さんのそういうところが私は好きなんです。
「士郎さんもかっこいいですよ」
「そ、そうかなぁ?」
士郎さんは白のセーターと黒のジーンズに、黒のコートを羽織った服装です。シンプルではありますが、彼によく似合っています。
「ところで今日はどうするの? 楓さんが任して欲しいって言うから、本当に何も考えてきてないんだけど」
「問題ありません。完璧なプランを用意してきましたから」
「そっか、流石楓さん。頼りになる」
今日を迎えるにあたって、エマさんと完璧なデートプランを練ってきました。半日かけて楽しくデートして、最後に告白する予定です。
「では行きましょうか」
「うん、楽しみだ」
それから私は士郎さんと一緒にデートを満喫しました。
まず初めは、寒いので屋内で楽しめるプラネタリウムを観ました。士郎さんもプラネタリウムは体験したことがないらしく、子供のように目を輝かせて楽しんでいましたね。私はプラネタリウムよりも、そんな士郎さんの横顔ばかり見てしまいました。
その後はショッピングモールで色々店を見て回りました。通りかかった駄菓子屋では、私と士郎さんは歳も近いので「これよく食べてたなぁ」と昔を懐かしみながら話に花を咲かせ、お腹を空かした頃を見計らって夕食を食べに行きます。
夕食は予約していた鍋を食べ、身体が温まったところでイルミネーションを見に行きました。
「おお~、凄く綺麗だね。イルミネーションは余り関心がなかったけど、大々的にやってる所は規模も違うね」
「そうですね」
隣にいる士郎さんはイルミネーションを見渡しながら喜んでいます。私も彼に釣られて楽しんでいますが、内心はそれどころではありませんでした。
何故ならここが、私にとって決戦の場だからです。
すぅ~はぁ~と深呼吸をしてから、意を決して士郎さんに声をかけます。
「士郎さん、お話があります」
「……うん」
真剣な私の態度を察したのか、彼も真剣な面持ちになります。そんな士郎さんに、私は私の気持ちを言葉にして紡いでいきました。
「士郎さんと出会ったのは、新人歓迎会の時でした。上司からセクハラされそうな所を、士郎さんが助けてくれました」
「そうみたいだったね。俺は酔っぱらっちゃってて余り覚えてなかったけど」
「その時からです。士郎さんを気になり出したのは」
「……」
「会社で士郎さんを見掛ける度に目で追っていました。話しかけようとも思ったのですが、勇気が出ず声をかけられませんでした。ですが、士郎さんと灯里さんが冒険者だということを知って、勇気を振り絞って声をかけました」
「食堂の時だったよね。急に声をかけられてビックリしたよ」
「ふふ、そうでしたね。それから士郎さんのパーティーに加わって、皆でダンジョンを冒険するのが楽しくて、ダンジョン病だった私を受け入れくれたことも凄く嬉しくて、お蔭で肩の荷がおりました」
「そうだね。俺も楓さんや皆とダンジョンで冒険するのは凄く楽しいよ」
「はい。たったの半年間でしたけど、私にとって人生を変えるような濃密な半年間でした」
「俺もだよ」
「ですよね」
この世界で、士郎さんほど濃密な半年間を送っている人はいないでしょう。それだけ彼の取り巻く環境は波乱万丈でしたから。
「それでも士郎さんはめげることなく顔を上げ、困っている人を助けながら、勇敢に立ち向かっていきました。そんな士郎さんに、私は心の底から魅かれたんです」
そう言って、私はバックから小さな箱を取り出して彼に渡します。
「これは?」
「チョコレートです」
「チョコ?」
「今日はバレンタインデーですよ、士郎さん。私が作ったので味の保証はできませんけど」
一人でチョコを作るのはそれほど難しくはありませんでした。
でも一人でチョコを作れるようになったのは、灯里さんから料理を教わったお蔭です。そして誰かに料理を作ってあげたいと思ったのは、士郎さんに出会ってからなんです。
その前の私は、苦手な料理は自分で作らず買えばいいと考えていましたから。
「そっか、バレンタインだったっけ。ありがとう楓さん。俺、女性からバレンタインチョコを貰ったの初めてだ」
「それは良かったです」
チョコを上げたのが私が初めてだと知ってとても嬉しかった。
だけど、今回だけはそれだけじゃないんです。
私は覚悟を決めて、士郎さんに自分の想いを告白します。
「士郎さん、私は貴方のことが好きです。仲間として、一人の女性として、士郎さんのことが好きです。よろしければ、私と付き合っていただけませんでしょうか」
ついに自分の想いを告白しました。人生初めての告白です。
想いを伝えるのは怖くもありましたけど、意外とすんなり言葉にできましたね。それだけ、私が本気で士郎さんを想っているということなんでしょう。
「楓さん、俺は――」
「待ってください」
「……」
「告白の返事は一か月後に聞かせてもらえませんか?」
「……わかった。楓さんのこと、ちゃんと考えて、一か月後に返事をする」
「はい、ありがとうございます」
私のお願いを聞いてくれた士郎さんに感謝します。
今聞いても後で聞いても結果は変わらないかもしれません。でも、これは私の我儘です。
少しでもいい。一か月だけでもいいから、士郎さんに私のことを意識してもらいたかった。
「身体が冷える前に帰りましょうか」
「うん」
それから私と士郎さんは一言も話さず、イルミネーションの中を歩きながら帰路に着きました。
◇◆◇
三月十四日、ホワイトデー。
この日、仕事が終わった後に私は士郎さんに呼ばれました。
「これ、ホワイトデーのチョコのお返し」
「ありがとうございます」
「手作りじゃないけど、真剣に選んだよ。楓さんは甘いより苦めの方がいいかなって」
「嬉しいです」
士郎さんは私にチョコを渡した後、真剣な表情で口を開きました。
「楓さん」
「はい」
「俺は楓さんのことが好きだよ。仲間としても、一人の女性としても楓さんのことが好きだ。だから告白してくれた時は凄く嬉しかった」
そうでしたか。
好きな人から好きと言ってもらえるだけで、私はとても幸せです。“それだけで私は十分です”。
士郎さんは頭を下げながら、「けど」と続けて、
「ごめん、楓さんとは付き合えない」
「……」
「楓さん以上に好きな人がいるんだ」
「わかりました。とても残念ですが、仕方ありません。ただ、一つ約束してください」
「うん」
「絶対に、彼女を大切にしてくださいね。もし泣かせたら許しませんから」
「ああ、大切にするよ」
そうですね。
私が言わなくても貴方はきっと彼女を大切にしてくれるでしょう。
「士郎さんさえよろしければ、これからも親しくしていただけると助かります」
「勿論だよ」
「では、先に行ってもらっていいですか。私は少し、風に当たっていきます」
「……わかった」
そうお願いすると、士郎さんは踵を返して去っていきした。
彼の背中を見送りながら、私は眼鏡を外して溢れ出る涙を拭います。
……分かってました。
貴方がどれだけ彼女のことを想っているかぐらい。私の想いが敵わないぐらい愛しているかぐらい。
それでも私は、告白したことを後悔していません。
許斐士郎を好きになったことを誇りに思います。
でもやっぱり、それとは別に、失恋というものはこんなにも悲しいものなんですね。
「カエデ……」
「エマさん……」
いつから居たのか知りませんが、エマさんが声をかけてきました。本当にこの人は……と呆れていると、突然彼女が私のことを優しく抱きしめてくれます。
「辛いなら泣いてもいいのよ。今なら特別サービスで、私の胸を借してあげるわ」
「そうですか、なら少しだけお借りしますね。ぐっ……ぅう……」
士郎さん。
私に恋を教えてくれて、ありがとうございました。
次回最終話です
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