第234話 その後

 



「こらメムメム、いつまでもコタツに入ってないで少しは部屋の掃除でもしたらどうなんだ」


「却下する。ボクは絶対にコタツここからでないよ。正直日本の冬の寒さを舐めていたぜ。この寒さを逆に心地よくさせるコタツの力は悪魔的だね。コタツを開発した人間には心の底から感謝しているよ」


「御託はいいから出ろって」


「嫌だ~~~」



 亀のようにコタツの中に閉じこもっているメムメムを引っ張り出そうとするが、メムメムも必死に抵抗してきて中々抜け出せない。

 こいつ……絶対魔力を使って身体を強化してるだろ。どれだけ必死なんだよ。


「灯里が居ないんだから部屋の片づけはお前がするんだぞ」


「頼むよシロ~、ボクの代わりに片付けておいて。この通りだ」


「却下する」


「そんな~」


 人任せにしてくるメムメムにため息を吐く。

 灯里がいた時からそうだけど、ず~っとぐ~たらしてるよな~このダメエルフ。

 毎日毎日アニメを見て漫画を読んでお菓子を食べ放題。まさにニート三昧のぐーたら生活だ。


 今はそれに拍車がかかって、本当に何もしない。自分の部屋の掃除どころか外に出歩くこともしない。ずっと家の中で食って寝て遊んでるだけだ。

 働かない子供を持つ親の気持ちが何となくわかってしまう。まだ子供すらいないのに悲しいよ。



「言っておくけど、ボクだってずっと遊んでる訳じゃないんだぞ。ちゃんとYouTubeで稼いだ金を家賃として払ってるじゃないか」


「……」



 そうなのだ。

 今本人が言ったように、メムメムはYouTubeで金を稼いでいる。というのもこのダメエルフ、いつの間にかゲーム系動画配信者ユーチューバーになっていたんだ。


 チャンネル名は『メムメムちゃんねる』と普通に自分の名前を使っているし。

 ただメムメムが楽しそうに、時には罵倒したり台パンしながらゲームしたりアニメを鑑賞するだけのチャンネルなのだが、それがバズリにバズってなんと登録者数100万人を超えてしまっている。


 視聴者がくれる赤スパ――投げ銭とも言われる一万円以上のスーパーチャットのこと――も多くて、YouTubeから毎月とんでもないお金を貰っているんだ。

 俺の給料の何十倍で、ただゲームしてるところを配信してるだけなのに収入額が負けてしまっていてるのは一家の大黒柱として正直悔しい思いもあった。


 でもまぁメムメムがバズるのも納得ではあった。

 異世界のエルフってだけでオンリーワンの珍しさもありながら、こいつは結構トークが上手い。

 年長者のように落ち着いた話し方もすれば、子供のようにギャーギャー喚いたり怒ったりする反応が視聴者にとっては面白おかしく楽しいらしいんだ。


 それに加えてゲームの技術もプロには及ばないけどかなり上手い方だし、アニメとかは異世界での実践経験を基に「異世界にはビキニアーマーが本当にあるかだって? ある訳ないじゃないか、死んじゃうよ笑」といった具合に視聴者からの質問に答えている。


 メムメムにとってユーチューバーは天職といっても過言ではなかった。

 けれど……。



「それはそれ、これはこれ。掃除はしてもらうぞ」


「なんてこった」





 季節は冬。

 異世界の神エスパスが日本を滅ぼそうとした“異世界の神事件アザーゴット”から半年経っている。

 俺を含めた十六人の冒険者によって日本を救ったあの日から色々なことがあった。


 まず初めに、菱形総理大臣から冒険者全員に国民栄誉賞を授けられた。

 己の命を懸け、日本だけではなく世界規模の窮地を救った功績を称えられたんだ。一度に十六人も受賞したのは後にも先にも今回限りだろう。


 ただの会社員である俺が国民栄誉賞なんて貰っていいのかって畏れ多くて辞退しようかとも考えたけど、合馬大臣から「君こそこの賞を貰うべき人間なんだよ」と太鼓判を押されて受け取ることにしたんだ。


 それからも忙しい毎日だった。

 世界各国のお偉い方々と面会や会食をしたり、記者会見だとか、テレビ番組に呼ばれたりな。十六の冒険者の中でもイケメンかつ元からメディアに引っ張りだこだった風間さんやDAが中心になって出演している。


 けどその中に俺もゴリ押しで参加させられてしまっていた。断ってはいるんだけど、どうしても出てくれって色んな人から頼まれて仕方なく出ているんだ。


 多分だけど、エクストラステージで俺が最後の一人に残ってしまい、エスパスにトドメを刺したから世界を救った立役者だと世界中の人達から思われているんだろう。


 俺だけの力だけじゃなくて皆の力でクリアしたのにそう思われているのが申し訳なかったけど、やっさんや御門さんからは気にしなくていいと言われている。


 風間さんやDAはまだしも、やっさんや御門さん、信楽さんのような人達はメディアとかに出るのが面倒臭いらしく、そういうのは全部任せたぞって放り投げられてしまった。それと同じ理由で、メムメムもメディアには全く出てない。


 合馬大臣と約束したのか、各国のお偉い方との面会だけは一緒に行っているけど。


 因みに、刹那に関してはどれだけメディアがコンタクトを取ろうとしても会えないらしい……。



 俺以外の人も毎日忙しいみたいだ。

 やっさんはギルドの正式な職員になった。ギルドから勧誘されたらしく、冒険者の教官になって欲しいとのこと。


 “異世界の神事件アザーゴット”によって日本は第二次ダンジョンフィーバーが到来し、冒険者になろうっていう人が日本人だけではなく外国人からも多く押し寄せているんだとか。

 それに合わせて、しっかり後進を育てていこうというのもあってやっさんが抜擢されたんだ。


 元々やっさんは新米冒険者の面倒も見ていたし、凄く合っていると思う。本人も大変だけどやりがいがあって楽しいぜって言ってたしな。


 やっさんとはたまにギルドにある『戦士の憩い』で呑んだりするんだけど、会う度に「よっ! 勇者様のお出ましだぜ!」と茶化してくるのだけは勘弁してほしい……。



 班目さんとは全然会ってないけど、噂だけは耳にしている。

 彼女は関東一のレディース『仏羅弟呂頭ブロッディローズ』の総長でもあるんだけど、“異世界の神事件アザーゴット”からチームへの加入者が後を絶たないんだとか。

 やっさんが言うには、このままだと全国一のレディースになるのも時間の問題とのことらしい。



 御門さん、信楽さん、ベッキーさんのクリエイターズの人達は全然変わっていない。御門さんは相変わらずダンジョンに住んでるし、信楽さんもベッキーさんも装具やアイテム作りに励んでいる。

 ただ、冒険者の数が増えたこともあってギルドからの注文が多くて休む間もなく大変そうだった。



 ミオン、カノン、シオンさん、ナーシャのD・A四人は日本にいない。D・Aの初ワールドツアーとして世界中を飛び回っている。

 それはもう人気も人気で、YouTubeで配信していたのを見たんだけどその国の人達も一緒になって盛り上がっていたよ。“異世界の神事件アザーゴット”によってD・Aの知名度も世界規模に至ったみたいだ。


 そういえば、D・Aの所属事務所が新グループを結成するとかで大々的に募集をかけていたな。歌って踊るのは頑張ればなんとかなるけど、実際にダンジョンでモンスターと戦っていけるかが肝だよなぁ。

 まぁ俺としても、新グループにどんな人達が選ばれるのか楽しみではある。



 風間さんも冒険者とタレント活動の両立に励んでいた。

 元々超人気だったのに加え今回のことがあったから、その人気度は青天井だ。街中や電車の中など、どこへ行っても風間さんの広告を見掛けられる。

 特に女性からの人気が凄まじく、若い子からお年寄りまで虜にしてしまっていた。



 刹那も相変わらず一人ソロでダンジョンに潜っている。

 少し前に六十階層の階層主を倒していたっけ。風間さん率いるアルバトロスはまだ到達していない。風間さんが忙しいからダンジョンの方に力を入れられてなかったんだ。


 因みに刹那の人気度も前より凄くなっている。

 メディアには出ていないけど、ダンジョンライブの視聴者数が以前より遥かに多くなっていた。俺も彼のファンだけど、やっぱり刹那の戦っているところってカッコいいんだよな。男心を擽られるっていうかさ。



 島田さんには素晴らしいことが起きた。

 なんと奥さんの紗季さんが子供を授かったらしい。それはもう喜びの涙を流しながら教えてくれたよ。


 まだ男の子か女の子かは判明していないけど、「ついに僕がパパか~」って感動しながら酒を飲んでてまた泣いていたっけ。

 ペットトリマーとして働いているトリミングサロンも繁盛しているようだし、順風満帆な生活を送っているようだ。



 楓さんは以前と殆ど変わっていない。

 俺のようにメディアに出ることもなくて、普通に仕事をしている。ただ、前は俺だけだった会社の広告関連は楓さんも一緒に出たりはしているな。

 本人は恥ずかしがって「絶対にやりませんから」って頑なに断っていたんだけど、社長や日下部部長に頼まれてしぶしぶ出ることになった。


 本人曰く「社会人は上からの命令は断れませんからね……」とのこと。同じ社会人としてその気持ちは痛いほどよく分かるよ。


 楓さんとは毎日会社で会ってるし、たまに俺の家に遊びに来てくれたりしている。俺とメムメムと三人でファミリーゲームをしたりとか、一緒に酒を飲んだりとかね。


 ただ、酒を飲み過ぎるとエッチ的な意味で面倒な絡みをしてくるので、余り飲ませ過ぎないようにはしていた。酒が好きな楓さんは物足りないですね……と残念そうに肩を落としているけど。



 俺――許斐士郎はというと、以前よりも色々なことが変わって忙しかった。


 合馬大臣に頼まれて各国のお偉い方々と面会や会食をしたり、テレビやCM撮影にも沢山出たし。

 国民栄誉賞を貰ったのもそうだけど、会社でも主任、係長を一気に飛んで課長へと昇進してしまった。


 そんな特別贔屓してもらっては他の社員達に申し訳なかったんだけど、会社としても“世界を救った英雄”にいつまでも平社員でいられる方が体裁的にも困るみたいだ。初めは部長を提案されたんだけど、流石にそれはやり過ぎだと丁寧に断ったよ。



 そうそう、世間では俺のことを世界を救った「勇者」だとか「英雄」と呼んでいる。大層な人間ではないのにそんな風に呼ばれるのは恥ずかしいし烏滸がましいよ。


 外を歩けば大勢の人から指を差されたり、握手や写真撮影を頼まれるようになっている。メムメムの認識阻害魔術がなかったらまともに外を出歩けなかっただろう。


 一年前までは冴えない会社員だった俺が、まさか世界を救った英雄だと呼ばれたり課長に昇進するとはなぁ。

 どんな成り上がりだって話だよ。過去の俺に話しても絶対信じてくれないだろう。


 と、こんな風に俺の生活は大きく変わっていた。

 だけど俺の中で変わったのは、星野灯里が側にいないことだろう。



 何故灯里がいないかというと――。



 ◇◆◇



「なぁ灯里、相談があるんだけど」


「なに、士郎さん?」


「一度、愛媛に帰らないか」


「えっ?」


 異世界の神事件アザーゴットから少し経って落ち着いた頃を見計らい、そう灯里に提案した。突然そんな事を言われてびっくりしている灯里は困った顔を浮かべて聞いてくる。


「いきなりどうしたの?」


「いやさ、灯里のお父さんも無事戻ってきたことだし、折角家族が揃ったんだから一緒にいるべきだと思うんだ。それに今からだと高校も卒業できるかもしれないしな」


「……」


 エスパスが身体を借りていた灯里の父親も解放され、つい先日目を覚ました。

 父親も愛媛にある祖父母の家で療養するみたいだから、灯里も一緒についていってあげて欲しいと思っている。


 両親をダンジョンに囚われてからの三年間、灯里は家族との大事な時間を失われてしまった。その時間を取り戻すって訳じゃないけど、色々と落ち着いたことだし家族水入らずでゆっくり過ごしたって罰は当たらないだろう。

 だって灯里は、その為にこの三年間必死に頑張ってきたんだから。


 それに灯里は今高校を休学しているけど、ワンチャン卒業も可能かもしれない。単位とか出席日数とかその辺のことはよく分からないけど、事情が事情だし学校側も許してくれる可能性もあると思うんだよな。


 俺の提案に対して考え込んでいる灯里の背中を押そうと、続けて口を開く。



「それに、灯里自身の将来のこともある」


「私自身の将来?」


「ああ。ダンジョンから家族を取り戻すって灯里の目的は果たされただろ? なら今度は、灯里がこの先どうしたいのかも考えないと。大学に進学したっていいし、やりたかった事をやってみてもいい。もう冒険者をする必要もないんだしな」


「……そっか」


「勿論、灯里が冒険者を続けたいっていうならそれでもいいさ。けど、まずは家族と一緒に居てあげて、将来自分が何をしたいのかをちゃんと考えた方がいいと思う」


「けど、私が愛媛に戻って大丈夫なの?」


「こっちのことは心配するな。俺だって一人暮らししてた経験はあるし、なんとでもなる。メムメムの世話も……まぁ頑張るよ」


 正直言うと灯里が居なくなるのは精神的にも肉体的にも大変だけど、いつまでも高校生の女の子に甘えてなんかいられない。

 灯里が居なくてもなんとかしてみせるさ。だから俺は、まだ悩んでいる灯里の肩に手を置いて説得する。



「かっこ悪いこと言うようだけどさ、俺も灯里と離れるのは凄く寂しいよ」


「士郎さん……」


「でも今は自分のことをしっかり考えて欲しいんだ。家族のことや、将来のこと。灯里ならきっと、明るい未来を想像できるさ」


「わかった。お言葉に甘えて、お父さんと一緒に愛媛に戻るね。それで私もちゃんと考えるから。私自身の将来のことを」


「うん、それがいいよ」


 灯里が俺の提案を聞いてくれてよかったと安堵していると、彼女は少し眉尻を上げて怒った風に告げてくる。


「でもね士郎さん、私だって士郎さんと離れるのは凄く寂しいんだからね」


「どうだろうな、俺の方が寂しいと思うよ」



 ◇◆◇



 そんなことがあって、灯里は半年前から愛媛に戻っている。

 だから俺も、この半年間一度もダンジョンに行くことはなかった。俺も妹の夕菜を取り戻してダンジョンに行く理由もなくなったのもそうだけど、ダンジョンに行くならやっぱり灯里と一緒じゃなきゃって思っている。


 正直言うと、灯里が側にいないこの半年間は辛くて寂しくて仕方なかった。

 半年間。灯里と四月に出会ってから九月の間までのたったの半年間だけで、俺にとって星野灯里は側にいるが当たり前の大切な存在だった。


 彼女が居ないこの広い家はもっと広く感じてしまうし、ご飯を食べても全然美味しく感じられない。


 啖呵を切った手前家事も俺一人で頑張ってるけど――メムメムは絶対にやらない――、全然手が回らなかった。

 メムメムの世話も含めて家のことをやってくれていたありがたさを改めて感じたのと、灯里に全部やらせてしまっていた俺自身にも深く反省している。


 そしてなにより、灯里に会えないことが俺にとって凄く辛かった。



「はぁ……」


「あのさ~人前で何度もため息吐くのやめてくれないかな~。そんなに寂しいんならアカリに戻ってきてくれって自分から言えばいいじゃないか」


「そんなこと言える訳ないだろ」


「はぁ~あ、これだから男ってやつは。どうする? アカリがこのまま戻ってこなくて、ずっとあっちで暮らすことになったら」


「うぐ……」


 それはめちゃくちゃ寂しいけど、灯里が決めたことなら尊重するさ。

 でもやっぱり辛い……。



「はぁ……」


「ダメだこりゃ、重症だね」

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