第233話 報酬
「勝った……勝ったんだ」
俺はついにエスパスを倒した。
けどこの勝利は俺の力だけじゃない。命を懸けてファイナルステージまで繋いでくれた冒険者の皆。俺の背中を守ってくれた灯里。
そして俺に立ち上がる勇気を与えてくれた父さんと世界中の人達。
皆の力があったから神に勝つことができたんだ。
これで世界は救われた……救われたけどッ!
「くっ……皆……灯里……!」
エクストラステージの戦いで死んでしまったやっさん、ベッキーさん、御門さん、カノン、シオンさん、風間さん、島田さん、楓さん、メムメム、そして灯里。
余りにも多くの犠牲が出てしまった。エスパスに勝って世界は救えたけど、心から喜ぶことはできなかった。
俺にとって大切な人が全員いなくなってしまったんだから。
「おやおや、世界を救ったというのに泣きっ面を浮かべるもんじゃないよ。もっと喜びたまえ、君は神に勝ったんだ」
「喜べるわけないだろ……」
「そうかい? でも私は楽しかったよ」
「楽しかった……だと」
「あー楽しかったさ。追い込まれた人間達が、命を懸けることで私の想像を超える力を発揮する瞬間は観ていてワクワクする。どんなフィクションよりも最高の見世物だったよ」
この野郎……やっぱりエスパスは邪神だな。
己の好奇心を満たす為だけに、こんな卑劣な行いができるんだからな。
「観ていることも楽しいが、やはりたまには自分も参加しないとね。負けてしまったのは悔しいけど、君と戦えてよかったよ。君も私の想像を遥かに超えた奇跡を目の前で見せてくれた。やはり人間の力は侮れないね」
「そんな事はどうだっていい。エスパス、約束は忘れていないだろうな。俺達が勝ったら世界を滅ぼさないっていう約束を」
気掛かりなのはそこだった。
エスパスは邪悪な神だ。約束を反故にしてやっぱり世界を滅ぼすなんてことを言いかねない。それだけは絶対に阻止しないといけないんだ。
「勿論守るとも。私は自他共に認める邪神だが、神である限り一度宣言した約束を破ることはしないさ」
「……そうか」
「ただ、ダンジョンを消すことはしない。君達冒険者にはこれからもダンジョンを攻略していって欲しい。私を楽しませる為にもね」
「……」
ダンジョンを攻略か……そうだな、これからも俺はダンジョンに入る。
今回のエクストラステージで死んでしまい、ダンジョンに囚われてしまった皆を解放する為にも、一人きりでもダンジョンに入ってやる。
いつ解放できるかは分からないけど、必ず皆を救ってみせる。
「ああそうだった……君には報酬を与えないとね」
「報酬?」
「ゲームをクリアしたら報酬が支払われるだろう? エクストラステージを見事クリアし、神である私を倒したんだ。君には報酬を貰う権利がある。そうだな、私の力が及ぶ範囲なら一つだけ何でも願いを叶えてあげよう」
「何でも……?」
「ああ、何でもだ。望むだけの金銀財宝、理想の女性、莫大な地位と権力、ダンジョンでの特殊スキルに、ダンジョンの秘密。そうだなぁ、異世界に行かせることだってできるよ。君も本当の両親がいる異世界に行きたいだろ?」
「……」
「な~に、遠慮する必要はない。今は配信を切ってある。君がどんな願いを叶えようと誰にも咎められることはないさ」
はは……流石は神様だな。そんな夢みたいな願いまで叶えてくれるのか。
(でも……)
俺が欲しい望みはその中に入っていない。
金なんかいらない。理想の女性なんかいらない。地位も権力にも興味はない。ダンジョンのスキルや秘密も別に欲しくなんてない。父さんと母さんには会いたいけど、俺にはまだこっちの世界でやらなければならないことがある。
俺が欲しいのは……。
いつまでも黙っている俺に呆れたのか、エスパスはため息を吐いてこう問いかけてくる。
「仕方ないな、願いものリストの中にもう一つ加えてあげよう。君が報酬を受け取らない変わりに、“エクストラステージで死に囚われた冒険者を全員解放してあげよう”」
「ほ、本当か!?」
エスパスの言葉に、俯いていた顔を上げて問い詰める。
すると異世界の神は面倒臭そうに頷きながら、
「ああ、本当だとも。ただし、後者を選んだ場合君は報酬を受け取ることができない。さぁ許斐士郎、君は何を望む?」
「俺は……」
答えは既に決まっている。俺が望む願いは――、
「エクストラステージで死んだ冒険者を全員解放してくれ」
「そう言うと思っていたよ。承知した。では君の願いを叶えよう」
そう告げるエスパスは、パチンッと指を鳴らす。
すると俺の目の前にポリゴンが集約し、やがて人の形を成していき――、
「灯里?」
――星野灯里が現れた。
彼女は静かに瞼を開けてじっと俺を見ると、愛らしい微笑みを浮かべて、
「士郎さんなら絶対に勝つって信じてたよ」
「灯里!」
「士郎さん!」
目一杯灯里を抱き締める。
彼女の柔かい感触、暖かい体温、心臓の鼓動を感じられて、灯里が生きていることを強く実感できる。それがたまらなく嬉しくて、彼女の名前を叫びまくった。
「灯里! 灯里! よかった! 本当によかった! もう会えないかとッ!」
「私は会えると思ってたよ。士郎さんならきっと私を助けてくれるって信じてた!」
ああ、よかった! 本当に良かった!
こうして灯里を抱き締められることができてよかった!
「やれやれ、私はラブストーリーは苦手なんだがね。まぁ、たまにはいいか。しかしお二人さん、盛り上がるのも結構だけどこれから配信を再開させるよ。世界中の人間に君達のラブシーンを見せつけたいのならそのままどうぞ気にせず続けたまえ」
「「……」」
エスパスにそう言われて、俺と灯里は恥ずかしさにそっと離れる。
もっと灯里の体温を、彼女が生きているという現実を味わいたかったけど、流石に世界中の人達に見られるのは気が引けた。
若干気まずくなっていると、エスパスは両手を大きく広げてピエロのように演説した。
「世界中の人間達よ。十六人の冒険者によってエクストラステージはクリアされた。私は約束を守り、世界を滅ぼすことはせずこのまま消えよう」
そう宣言した直後、喜びのコメントが溢れ返る。皆、世界が滅ぼされないと知って安堵しているのだろう。
「だが、私は気まぐれの神だ。またいずれ君達の前に姿を現すかもしれない。その時を楽しみに待っていたまえ!」
世界中にそう告げた後、今度は俺達に身体を向けてこう言ってくる。
「許斐士郎、星野灯里。楽しかったよ、また遊ぼう」
「二度とごめんだ」
「ふっ、そう寂しいことを言わないでくれ。それと特別サービスだ。この身体、星野健太郎の身体も解放してあげよう」
「お父さん!」
エスパスがそう言った直後、灯里の父親からエスパスの意識が消えたように倒れてしまう。俺と灯里が父親のもとへ駆けつけていると、最後にエスパスの声が聞こえてくる。
「さらばだ、愛しき人間達よ! また会おう!」
その言葉を最後に、俺達の目の前に帰還用の自動ドアが現れる。俺は灯里と顔を見合わせ、静かに頷いた。
「帰ろう、皆のもとに」
「うん」
俺と灯里は、気を失っている彼女の父親を担いで自動ドアに入る。
こうして、世界の命運を懸けた俺達の戦いはハッピーエンドで幕を閉じたのだった。
最終話まで残り3話です!!
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