第232話 80億の勇気

 



 覚悟はしていた。

 十六人の冒険者でエクストラステージを戦い抜いてきて、多くの犠牲者が出てしまった。


 やっさん、ベッキーさん、御門さん、カノン、シオンさん、島田さん、楓さん、メムメム、風間さん。


 このエクストラステージが命を懸けて戦うものだと頭では理解していた。だから、もしかしたら灯里が死んでしまうかもしれないってことも覚悟はしていた。


 覚悟していたつもりだったんだッ!



「灯……里……そんな……」


「もうお終いかい?」



 エスパスが問いかけてくる。


 終わりなものか。

 俺はまだ戦える。

 ここまで俺達を導いてくれた皆の為にも、世界を救う為にも俺は立ち上がらなきゃならない。例え一人でも奴に立ち向かわなければならないんだ。


 負ける訳にはいかない。

 この戦いだけは絶対に勝たなくちゃならないんだ!



(なのに……なんで……!?)



 頭ではそう理解しているはずなのに、身体に一切力が入らなかった。

 胸の奥から魂が抜け落ちたような、空っぽになってしまったような、まるで自分が自分でない感覚に陥ってしまう。


 剣を握れ。立って戦え。

 そう必死に自分を鼓舞しているのに、どれだけ訴えても身体が言うことを聞いてくれなかった。



「あっけない幕切れだったな。これで終わらせよう、君も彼女のもとへ送ってあげるよ。やれ、デウス・エクス・マキナ」



 エスパスがトドメを刺そうと俺に攻撃しようとしてくる。それでも俺の身体は、俺の言う通りに動いてくれなかった。



(ごめん、皆! ごめん、灯里!)



 ここまで必死に繋いでくれた皆に謝る。

 不甲斐なくてごめん。情けなくてごめん。俺は世界を救えるような人間じゃなかった。灯里を失っただけで戦えなくなってしまった俺は、ちっぽけでダメな人間だったんだ。



「諦めるのか、士郎」


「えっ?」



 誰かが俺の名前を呼んだ。

 いや、そんな筈はない。ここには俺とエスパスしかいない筈だ。今まで灯里がいたけれど、彼女はもうどこにもいない。

 俺を呼ぶ人なんていないはずだ。


「……っ!?」


 顔を上げると、そこには五十代前後の男性が一人悠然と立っていた。

 どこか俺に似ている彼の顔を見た瞬間、心がざわついてしまう。俺はこの人と会った覚えもなければ、顔だって知らないはずだ。


 だけど何でだ。

 何でこんなにも懐かしい気持ちを抱いてしまうんだ。


「あ、貴方は……」


 貴方は誰ですか。

 そう言い切る前に、彼は自分の名を名乗った。


「俺は篠宮愛斗しのみやまなと。士郎、お前の父親だよ」


「篠宮愛斗……俺の、父親?」


「ああ、そうだ」


 そんな、信じられない。

 篠宮愛斗は俺の本当の父親の名だ。俺の祖父が愛人と作った子供で、血が繋がった妹の篠宮優花里と愛を結び、その二人から俺は生まれた。

 だけど彼は、俺が生まれた直後に母親である優花里と共に蒸発してしまったはずだ。


 子供を置いて姿をくらまし、二十七年間音沙汰がなかったのに何で今更――こんな場面で現れるんだ。俺は幻でも見ているのだろうか。



「意味がわからない。いったいどういう――」


「ああ、少し待ってくれ。話をする前にやっておくことがある」


「っ!?」



 そう言うや否や、愛斗は右手に持っている剣で空を切る仕草をする。刹那、宇宙空間のステージだったはずなのに何もない真っ白な空間に変貌した。この空間には俺と彼の二人しかおらず、エスパスの姿はどこにも見当たらない。


「ふぅ、これでよしっと」


「な、何をしたんだ」


「アムゥルの力を使って空間を少しいじったんだ。エスパスに我が子との再会を邪魔されたくなかったからな」


「空間をいじった?」


 いったいどうなっているんだ。

 何故愛斗の口から異世界の女神の名が出てくるんだ。それにこの力はなんなんだ。彼は普通の人間だったはずだろう。

 というか、彼はどうやってここに来て、どういう意図で俺に会いに来たんだ。というか――、



 ――“本当に俺の父親なのか?”



「ああ。でも長くはもたない。話したいことは山ほどあるけど……その前に」


 戸惑っている俺に愛斗が近づいてくると、がしっと力強く抱きしめてきた。突然の抱擁に訳が分からず困惑して固まっていると、彼は優しい声音でこう言ってくる。



「大きくなったな、士郎。立派に育ってくれて嬉しいよ」


「なっ」


「ずっとこうしたかった。お前のことを力一杯抱き締めてやりたかったんだ」


「ずっとこうしたかった……だって!? ふざけるな! 生まれたばかりの俺を置いて母親と二人で消えた癖に、よくそんな事がのうのうと言えるな!」


「それについては本当に申し訳ない。だが、仕方ない理由があったんだ。」


「理由!? 生まれたばかりの子供を置いて消える理由なんて、子供おれが邪魔だった以外にあるのかよ!?」



 無神経な愛斗の言葉に怒りを覚えて怒鳴り散らす。

 よく平気でそんなことが言えるもんだ。例え仕方ない理由があったとしても、自分達が生んだ子供を置いて消えることなんてできるはずがないじゃないか!


 ましてや、ずっと会いたかったって言うのならどうしてこの二十七年間一度も会いに来なかったんだ!


 愛斗の肩を突き放して仕方ない理由とやらを問い詰めると、彼は申し訳なさそうな表情を浮かべて語り出した。


「士郎の母さんは……優花里は元々身体が弱くてな。とても子供を産める身体ではなかった。やめようって言っても優花里は絶対に産むって言うことを聞いてくれなかったんだ」


『無理だ、諦めよう。子供を産んだらお前が死んでしまうかもしれない』


『それでもいいの。貴方との子を産みたい』


『優花里……』


『大丈夫よ愛斗。私は貴方とこの子を置いて死んだりしないから』


「そう言っていたけど、やはりお前を産んだことで優花里の身体はもたなかった。かなり危険な状態で一刻を争う時、アムゥルが助けてくれたんだ」


「アムゥルが……?」


「ああ。こちらの世界の医療では優花里の身体を治せないが、異世界の治療魔法なら治せるってね。俺はその言葉にかけ、優花里と一緒に異世界に転移したんだ」


「待って、ちょっと待ってくれ。話が唐突過ぎて追い付かない。どうしてアムゥルは二人を助けてくれたんだ」


「それはまぁ、一度世界を救ったお礼みたいなものだ」


「世界を……救った?」


 その言葉に違和感を抱く。そして点と点が結びつくように、ある事実に気がついた。

 まさか……愛斗は、愛斗の正体は……。



「俺の前世はマルクスっていう勇者で、魔王を倒して世界を救ったことがあるんだ。まぁ、前世の記憶を思い出したのはアムゥルが声をかけてきた時なんだけどね」


「っ!?」


 やっぱりそうだったのか!

 もしかしたらそうかもしれないっていう考えは薄々頭の片隅にあった。マルクスの仲間だったメムメムが俺と最初に出会った時、俺のことをマルクスと勘違いしていたことや、魂の形が似ていると言っていたこと。


 それ以外にも、俺の職業が勇者であること。

 エスパスの愚行を止めるのは俺でなければならないとアムゥルが名指ししてきたことや、勇者エルヴィンに死を与えるというマルクスが成し遂げられなかったことも、刹那と風間さんと力を合わせて俺がやり遂げた。


 俺には“勇者”や“マルクス”と深い繋がりがあったんだ。


 驚愕の真実を聞いて驚いていると、愛斗は続けて口を開く。



「異世界に転移し、治療魔法で優花里は一命を取り留めた。それから俺達は士郎に会いにこちらの世界に戻ってこようとしたんだが、エスパスにこちらの世界との通路パスを閉じられて戻ることができなかったんだ」


「そんな……そんな事があったのか。じゃあ、俺は両親に捨てられた訳じゃなかったのか」


「そんな事する訳ないじゃないか。俺も優花里も、あの時からずっと士郎のことを想い続けている。お前のことを忘れたことなんて片時もないさ。でも、結局戻れなかったんだから士郎に捨てられたと思われても仕方ない。本当に申し訳なかった」



 真摯に謝罪し、愛斗は深く頭を下げてくる。



 そう……だったのか。俺は本当の両親から捨てられた訳じゃなかったんだ。

 二人にとって俺は邪魔な存在だと思っていた。望んで生まれてこなかったと思っていた。


 けど違ったんだ。

 俺は本当の両親から愛され、望まれて生まれたんだ。


「くっ……」


 真実を聞いた俺は安堵の涙を流す。

 嬉しかった。二人に憎まれていたと思っていたから、愛されていることを知れて心の底から嬉しかった。



「士郎のことはアムゥルから度々聞いていたんだ。姉さん……和沙かずささんの家に引き取られたことも、許斐家の家族から不遇な扱いを受けていることも、大学を出て自動車系の会社に就職したことも」


「本当に、俺を気にかけてくれたんだな」


「勿論だとも。士郎が冒険者になったこともな。アムゥルが“この時の為に”お前を頼ろうとしたことには俺と優花里も猛反対だったんだが、強引に言いくるめられてしまったよ。士郎は勇者おれの子供だから、お前もきっと世界を救える勇者になれるってね」


「勇者……か。無理だよ……俺は貴方のような立派な勇者なんかにはなれない。大切な人を失っただけで、戦うことを諦めてしまったんだ。皆の想いを無駄にしてしまったんだ、俺は!」



 顔を俯かせ、悔しさに拳を握りしめる。

 そんな俺の肩に愛斗、いやマルクス、いや――父さんが手を置くと、力強い声音で励ましてくる。



「こっちの状況はアムゥルが見せてくれて分かっている。お前が大切な人を失って辛く、深い絶望の淵にいることもな。俺は居ても立っても居られなくて、アムゥルに無理を言って駆けつけたんだ」


「そう……だったのか」


「立ち上がれ、士郎。何度挫けたっていい。絶望したっていい。けど、立ち上がることが大切なんだ。お前の中に勇気がある限り」


「勇気……」


「そうだ士郎、勇気だ。これまでだって困難な場面を乗り越えてきたじゃないか。それはお前の中にある勇気が奮い立たせてくれたんだ。今回だってきっと乗り越えられる。エスパスにお前の勇気を見せてやれ」



 そう言ながら、父さんは俺の胸に拳を当てる

 勇気か……確かにそうかもな。いつだって挫けそうな俺の心を奮い立たせてくれたのは勇気だった。

 そしてまだ、俺の中にある勇気が叫んでくる。強く訴えかけてくる。


 “立ち上がれ”って。



「父さん。俺、戦うよ」


「ああ、お前ならできる。なんてったって士郎は俺と優花里の子供なんだからな」



 と、その時。

 真白の世界にピシッと罅が入り、空間が壊れていく。


「時間か……。もう少し話したかったが仕方ない。頑張れよ、士郎」


「うん。来てくれてありがとう、父さん」


「はは、お前に父さんって言われるのがこんなに嬉しいなんてな」



 微笑みながらそう言う父さんの身体は徐々に透けていってしまっていた。きっとまた異世界に戻ってしまうのだろう。

 次会えるかは分からない。けどいいんだ。


 父さんと会うことができてよかった。



「そうだ士郎、母さんからの伝言だ」


「伝言?」


「ああ、『元気でね』だそうだ」



 最後に母さんからの伝言を告げると、父さんは笑顔で消えていった。と同時に真白の空間が崩壊し、元の宇宙空間に戻ってくる。



「父さん、母さん、見ていてくれ。俺は戦う。そして絶対に勝つ」



 ◇◆◇



「馬鹿な……何故彼が現れたんだ。また私の邪魔をしようというのか、アムゥル!!」


 士郎が真白の世界で愛斗と話している間、ダンジョン内の時間はずっと止まっていた。士郎が戻ってきたことで止まっていた時間が動き出す。


 ダンジョンの世界に干渉し、愛斗を寄越した者はアムゥルしかいない。どこまでも自分の楽しみの邪魔をしてくる妹に兄が激昂していると、士郎は漆黒の剣を握り締め切っ先をエスパスに向けた。



「俺はもう諦めない。絶対にお前を倒す!」


「ははは! 実の父親に慰められたからって調子に乗るなよ! 君にはもう私を倒す力はない!」


「力ならある! “勇気”という、人が持っている希望の力だ!!」




 マコト:頑張れ!!




 士郎の背後に応援コメントが表示される。そのコメントを皮切りに、次々と世界中の人間達から送られてくる応援コメントが表示された。



 ARY:fight!!

 大工:負けるな!

 UFO:victory!!

 みーちゃん:お願い!

 おいなり:これからだ!

 ぼっち:いけるって!

 まさ:勝てるよ!

 ルビー:お前なら勝てる!

 kk:神がなんだ!

 政宗:いてこましたれ!

 をを:まだまだ!

 ひっつん:頼む!

 TS:勝てるよ!

 ミカヅキ:勝ってくれーーーーーー!!

 厚切り:諦めるな!

 山:根性見せやがれ!

 あかこん:勝てえええええええ!!

 さよ:大丈夫。あなたならできる。

 SS:男だろ!

 斎藤:決めろ!!

 クルーズ:頑張れ!

 さくら:頑張って!

 ロト:ぶっ飛ばせ!

 りり:信じてる!

 クロネコ:あなたは一人じゃない!

 みかん:私達がついてる!

 兄弟:絶対に勝てる!

 ノースボール:自分を信じろ!

 BS:believe in yourself!!

 みつひろ:頑張れシロー!!

 カズイ:シローーーーーーーーー!!

 きなこもち:いけ!

 るてぃす:いけ!

 ワカ:いけ!

 HON:GO!

 パリオ:いけ!

 がーじ:いけ!

 爺:いけ!

 ドム:いけ!

 セイレン:いけ!

 ジェイ:いけぇぇぇええええええええええええ!!!




「何だこれは……!?」


 目を疑う光景に驚愕するエスパス。

 世界中から送られてくる応援コメントが宇宙空間を埋め尽くした。世界にいる80億人一人一人の熱き想いが力となって集まり、士郎に勇気を与えてゆく。



 刹那――ユニークスキル【想いの力】と【勇気の心ブレイブ・ハート】が同時に発動し、士郎の全身が橙色に光輝き、背中から極光の翼が現れた。


 勇気の光のまばゆさにエスパスが手をかざして目を細める中、士郎は神に向かって砲声を上げる。



「エスパス、お前に見せてやる! これが俺の、俺達の、いや……80億の勇気だ!!」


「何が勇気だ! そんなもので私に勝てると思うな!」


「おおぉぉぉおおおおおおおお!!」



 雄叫びを上げる士郎は光の翼を羽ばたかせエスパスへと飛進する。エスパスも機械の翼でステージから飛び立つと、迫り来る士郎に四羽のデウス・エクス・マキナを発射させた。


 熱線の弾幕を紙一重で回避しつつ突き進む士郎は、エスパスに肉薄し剣を振り下ろす。エスパスも剣で防ぐが、凄まじい衝撃に耐えきれず吹っ飛ばされてしまう。



「ぐぉぉおお!? 人の力が……これほどまで強力とはな! 面白い、ならその力ごと私が打ち砕いてやせよう! デウス・エクス・マキナ!!」



 再び機械の羽を駆動させる。残っている機械の四羽は一つに合体し、迫り来る士郎に向けて特大の熱線を撃ち放った。


 士郎は回避せずバックラーを掲げ、熱線の中を真っすぐに突き進む。これまで士郎の窮地を守り続けてきたバックラーは熱線によって消滅してしまったが、最後まで士郎の身を守り抜いた。



「これで終わりだ、エスパス!」


「ぐっ!!」



 そして今、熱線の先を越えて士郎がエスパスへと到達し、勇気の光を放つ剣を振り上げた。





人々の勇気ジ・ユニバース・オブ・ブレイブッ!!!」




 振り下ろされた剣がエスパスの身体を斬り裂き、宇宙を光が呑み込んだ。


 やがて光が収まると、そこには士郎とHPゲージが全損したエスパスの姿。


『コングラチュレーション!!』の文字が表示されると共にファンファーレが高々と鳴り響き、長きに渡ったエクストラステージがついにクリアされる。





「ぉぉ……ぉぉおおおおおおおおおおおおおお!!」





 世界を救った勇者は、剣を掲げて勝利の勝鬨を上げたのだった。


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