第231話 アナタの背中

 




「ジ・クリエイション。顕現せよ、機械仕掛けの創翼神デウス・エクス・マキナ


 エスパスが呪文を唱えた直後、背後に展開される魔法陣から機械でできた球体が現れる。球体はガチンガチンと金属音を鳴らしながら中心部から展開されると、八枚の羽がある翼に変形した。そして機械の翼はエスパスの背中に装着される。



「気をつけろ灯里。アレが何か分からないけど、かなりヤバい気がする」


「うん」



 異世界の神が出してきた取っておきだ。

 きっと厄介な力を秘めているに違いない。士郎と灯里が最大限の警戒をして得物を構える中、エスパスは機械の翼に命令を下した。



「さぁゆけ、デウス・エクス・マキナ」



 エスパスが士郎達に手を向けてそう告げると、翼から八枚の羽が射出される。機械の羽は高速かつ不規則な動きで士郎達に迫ると、先端部分から細い光線ビームを撃ち放った。


「ぐっ!?」


「きゃあ!!」


 全方位から放たれる計八つのビームに二人は防御も回避も間に合わず被弾してしまう。痛みに喘ぐ士郎は凶悪な攻撃に難しい顔を浮かべた。


 恐らく機械の八羽はエスパスの指示ではなく自動オートで動いている。かつあれほど挙動が速いとなれば、羽に狙いを定めるのも至難だろう。


 これでは八対二、いやエスパスを加えた九対二の陣形にされてしまった。

 盤面を一気に覆されてしまったが、それでも諦める訳にいかない。絶望する訳にはいかなかった。

 士郎はエスパスに駆け出しながら灯里に叫ぶ。


「羽を避けつつ直接奴を叩く! 勝つにはそれしかない!」


「うん!」


「この戦力差で諦めないか……それでこそ勇者だ。だが、デウス・エクス・マキナの包囲網を突破できるかな?」


 エスパスに接近する士郎に四羽のビームが発射される。四方八方から放たれたビームに対して士郎は冷静に見極め回避し、回避できないビームは剣とバックラーで防御パリィした。


「なんだと!?」


「パワースラッシュ!」


「ぐっ!」


 士郎が放った豪剣を剣で受け止めるエスパスは、背中に装着しているデウス・エクス・マキナの本体から気体を噴出させて距離を取る。

 その間にも機械の四羽が自動で攻撃するも、全て見極めて対処していた。信じ難い光景に神も驚嘆してしまう。



(デウス・エクス・マキナの包囲網を突破するとは、なんという戦闘勘なんだ。これが君に秘められた力なのか、許斐士郎!!)



 機械の羽は高速かつ不規則に動き、タイミングをズラシながら完全な死角から狙い撃っている。にもかかわらず士郎は全ての攻撃を読み切っていた。


【思考覚醒】によって士郎の集中力が極限状態まで引き上げられているからこそ成し得る神業。

 恐らく世界中の人間を探しても、デウス・エクス・マキナの攻撃を凌げるのは士郎ともう一人の【思考覚醒】持ちである刹那の二人しかいないだろう。



(だが、彼女の方はどうかな?)


「ぁぁあああ!!」


「灯里ぃい!」



 エスパスへ追撃しようとした瞬間、背後から灯里の悲鳴が聞こえてくる。振り向けば、羽が放ったビームを背中に受けてしまっていた。


【思考覚醒】がある士郎は対応できても、灯里はその限りではなかった。彼女も士郎に劣らない戦闘勘を持ち合わせているが、流石に死角からの連続攻撃を全て躱しきることはできない。

 一つ二つは避けれても、四方向からの同時攻撃には思考も挙動も追いつかなかった。


 自分を心配して戻ろうとする士郎に、灯里は精一杯声を上げて止める。


「来ないで士郎さん! 私なら大丈夫だから!」


「でも!」


「信じて、私を信じて前だけを向いて! 私が士郎さんの道を作るから!」


「……わかった!」


 灯里の説得に応じた士郎は、その言葉を信じてエスパスに向かっていく。その背中を見つめる灯里は、嬉しそうに微笑んだ。



「そうだよ士郎さん、アナタの背中は私が守る」



 決意を抱く灯里は、デウス・エクス・マキナの攻撃の的にならないように走り出す。連続で放たれるビームを紙一重で回避しながら一羽に向けて矢を定めた。


「チャージアロー!」


 放たれた充填矢が羽に着弾し、爆発音を轟かせながら破壊する。が、その間に他の羽によるビームをドテッ腹に喰らってしまった。


「ぐっ……負けない、絶対に!」


 すぐに立ち上がり再び駆け出す。

 今自分ができることがあるとすれば、可能な限り羽の数を減らすことだ。例えそれで自分のHPが削られても関係ない。士郎の道を作ることが自分の役目だから。



(士郎さん、私ね……弓術士でよかった)



 羽の攻撃ビームを必死に掻い潜りながら胸中で想う。


 冒険者を始めたての頃、灯里は弓術士であることに負い目を感じていた。

 モンスターと目の前で戦う危険な前衛に比べ、安全な後ろから弓を放っているだけの自分。モンスターの攻撃を受けて苦痛を味わっている彼にいつも申し訳ないと思っていた。


 それだけじゃない。

 パーティーに加わった楓が、士郎の隣で戦えることが羨ましかった。士郎と息を合わせて一緒に戦える楓に嫉妬してしまった。自分だって彼の隣で戦いたいのに、と。


 けれど、弓術士だからこそ、後衛だからこそ出来ることがあることに気がついた。前衛と違って後衛は戦場を広く見渡すことができる。

 士郎が目の前の敵に集中して他のモンスターから奇襲されようとしていることにもいち早く気が付き、自分の手でフォローすることができる。士郎を守ることができる。



「ああああ!! くっ……チャージ、アロー!!」



 フォローだけじゃない。自分も士郎と一緒に戦えることにも気がついた。

 後ろにいる灯里は、士郎の動き全てを観察できる。彼が何を考えているのか、何をしようとしているのか、一緒に戦えば戦うほど士郎の考えを共有できるようになった。


 そして士郎も、フレンドリーファイアを全く恐れず自分を信じて戦ってくれる。矢が目の前を通り過ぎても一切恐がることはない。それだけ灯里の腕を信じてくれている。灯里はそれが凄く嬉しかったのだ。



「はぁ……はぁ……士郎さんは、私が守るから」



 冒険者になって間もない頃、早く両親を助け出そうと焦っていた。そのせいで背後から忍び寄るモンスターの攻撃に気付かず、自分を庇ってくれた士郎が死んでしまった。目の前で士郎がポリゴンとなって消滅していく光景を見ながら、灯里は酷く悲しみ後悔する。



 そして決意した。

 もう二度と彼を死なせてなるものか、と。

 士郎は絶対に自分の力で守るんだ、と。



 だからこの戦いでも、士郎を死なせる訳にはいかない。

 灯里は士郎と戦っているエスパスに弓矢を向けて、彼に合図する。



「士郎さん!」


「――っ!!」



 その一言だけで、士郎は灯里が何をやろうとするのか察した。射線から引くように士郎が下がった瞬間、“最後の一撃”を打ち放つ。



戦女神の矢アルトゥーレ!!」



 解き放たれた矢は光輝く閃光と化し、エスパス目掛けて驀進する。



「デウス・エクス・マキナ!!」



 危機を感じたエスパスは残っている機械の四羽を呼び寄せる。羽の先端から光が放たれ、羽と羽を繋ぐようにして防護結界を展開した。


 直後、閃光が結界に着弾する。

 凄まじい力の奔流は結界に罅を入れ、衝撃に耐えきれない機械の二羽を破壊しながらエスパスの左肩を撃ち抜いた。



「ぐぉぉおおおお!?」


「行ける、行けるぞ灯里! もう少しだ――灯里!?」



 絶好の好機を見逃すまいと士郎はエスパスに追撃を仕掛けようとする。が、嫌な予感がしてふと背後を振り向けば、残っていた羽のビームを喰らった灯里が倒れてしまった。

 その一撃で僅かに残っていたHPが全損してしまったのか、彼女の身体がポリゴンとなってしまう。



「大好きだよ、士郎さん」



 士郎が笑う顔が好きだ。

 頼りなさそうに困った顔も好きだ。

 普段は臆病なところもあるけれど、やると覚悟を決めた顔もかっこよくて好きだ。

 いつも自分を気に掛けてくれて、優しくしてくれるところも好きだ。

 どんな料理も美味しそうに食べてくれて、美味しいとはっきり伝えてくれるところも好きだ。

 歯を食い縛りながら敵に立ち向かっていくアナタの背中が好きだ。


 彼の嫌いなところなんて一つもない。

 頭の天辺から足先まで全てが愛おしく想える。

 こんなに人を好きになるなんて思いもしなかった。


 私に愛を教えてくれてありがとう。

 私に勇気をくれてありがとう。

 私と出会ってくれてありがとう。


 星野灯里は世界中の誰よりも許斐士郎を愛してる。

 そんな貴方だからこそ、きっと私がいなくても大丈夫。

 最後まで一緒に戦いたかったけど、貴方なら一人でもきっと神にも勝てる。



 だから――、



「負けないで、士郎さん」


「灯里ぃぃぃいいいいいいい!!」



 士郎の目の前で灯里の身体が消えゆく。

 信じられないその光景を目にする士郎の目から涙が零れ落ち、崩れ落ちるように膝を着いてしまった。



「やってくれたな。自らを省みず強力な一撃を繰り出してくるとは恐れ入ったよ。流石は妹のお気に入りなだけはある」


「灯……里……」


「もうお終いかい?」



 エスパスが問いかけても、士郎は応えることなく打ちひしがれているだけ。戦う気をなくした戦士に興味がなくなってしまったのか、神はつまらなそうにため息を吐いた。



「あっけない幕切れだったな。これで終わらせよう、君も彼女のもとへ送ってあげるよ。やれ、デウス・エクス・マキナ」



 エスパスがトドメを刺そうと命令を下し、四羽の機械が士郎に向かってビームを放つ。放心している士郎は防ぐ気配すらなく、光の熱線は士郎の背中に着弾する。



「諦めるのか、士郎」



 ――ことはなかった。


 突如士郎の目の前に一人の男が現れ、全ての光を剣で弾き飛ばす。



「誰だ貴様……どうやってこの場に入ってきたんだ」



 突然の乱入者に驚愕するエスパスが問い詰めるが、男はそれに答えずただじっと士郎を見つめている。自分の名を呼ぶ声に反応する士郎が顔を上げると、驚き目を見開いた。



「あ、貴方は……」



 会ったことがなければ顔だって見たことがないのに、何故か猛烈に懐かしさを感じてしまう。士郎に問われたその男は、小さく微笑みながらこう答えたのだった。



「俺は篠宮愛斗しのみやまなと。士郎、お前の父親だよ」



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