終章4:霧の彼方へーああ姫騎士よ永遠に

「……さん、……の文さん、地の文さんしっかりして!」

 う〜ん……ここは……誰?わたしはどこ?!

「ふぅ、ベタにボケる元気があるなら大丈夫ね。心配して損した。

 どうやらお城の中庭だった所みたい。玉座の間があった塔が崩れて、わたしたちここに落ちたのよ」

 なるほど、そこは青々とした芝が植えられた庭園であった。品の良い花壇が丹精された美しい庭であったようだか、今は。

 一面瓦礫の山。魔王城は完全に崩壊した。いや、そういうことにしておかないと情景描写が面倒なので……

「そんなことより!魔王がどこにもいないの!探して!」

 ハイハイやりますよ、と。魔王の人使いの荒さが移ったかな?退治できたのならそれでよくはないかとは思ったが、こういう場合死体を確認しとかないと大抵生きてるというのが物語の常。確かめておくにしくはない。

 しかし、この場合可能性としては間違いなく瓦礫に埋もれているに違いない。となれば、魔王よりも先にあのマンモスを探す方が得策ではなかろうか?あのケモノがいれば瓦礫を掘り起こすのも容易に違いない。

「そっか!!忘れてたよ!……ノストラ!」

 でかいのにすぐ忘れられるマンモスである。まぁこの姫君は最初から脳みそが少々足りないので仕方な……

「なんか言ったぁ?!」

 おっと!えーと、丁度目の前に大きな瓦礫の山があるぞぉ(棒読み)?あそこに象さん埋まってるかもよ(棒読み)?

「ウソ、さっきまであんな山無かったのに!!何で見過ごしてたのかな?」

 これが地の文の特権というものである。まんまと誤魔化された姫は瓦礫を掘りはじめた。

「ヨイショ、ヨイショ……あ!いた、ここに埋まってた!!」

 当然である。そこにいなければオレが困る。

「ノストラ!ノストラ!生きてる?起きて!」

 瓦礫の下から露出したマンモスの体、どこの部分かは定かではないが、姫はペチペチと平手で叩いた。すると、瓦礫の山がユサユサと揺れ始め、中からあの巨象が起き上がった。

「よかった……でも大丈夫?今日のお天気は?」

「パァオ!」

「雨のち晴れね!よかった、元気そう!」

 天気予報は占いとは言わないのでは、とは思うが突っ込まない方が良かろう。

「ノストラお願い!掘るのを手伝って!

 魔王……魔王様を探して!!」

 ……魔王「様」?妙な風向きと地の文が訝るのをよそに、姫と象は瓦礫を次々と掘り起こしていく。

 しかしその姫の必死の形相はどうしたことか?傍らにあの巨象がいるというのに、明らかに彼女の手に余る大きな瓦礫まで手を出そうとする。何を焦っているのか?

「パオオ、パオオ!」

 やがて、巨象が鼻でその場を指し示した。

 瓦礫の下から現れた、魔王の片手。

「いた!魔王様……魔王様、ご無事ですか?!返事をなさって!!」

 姫は巨象の助けを借りながら、魔王の体を埋めた城の残骸を取り除けていく。その切なげな、必死の顔は何を思ってのことか。

 どうやら瓦礫と瓦礫がお互いに支えあう形になっていたのだろう、魔王の体はその隙間に上手く入り込んでいたとみえ、見たところはまるて無傷。だが、姫の呼びかけにも関わらず、魔王の体はぐったりとその場に横たわったまま微動だにしない。

「魔王様!お願い、目を覚まして!」

 姫の頬を伝わり流れるのは、大粒の涙。それが横たわる魔王の顔に落ちると。

「……姫か。そうか……お主は無事であつたか……」

 うっすらと目を開けた魔王は、唇を震わせて力無くそうつぶやいた。

「魔王様!ご無事なんですね?!」

「フフ……無事と言えるかどうか……あの一撃に余は魔力・生命力のほとんどを込め、使い尽くした。今はもう小指の先を動かすことすらかなわぬ。

 姫よ。見事であった。お主こそ余の最初で最後の好敵手。敗北もまた甘美なり、余の生涯に一片の悔いなし、である……」

 横たわつたまま、片腕を頭上に突き上げると、魔王は再び目を閉じて動かなくなった。

「魔王様……魔王様!魔王様!嫌……

 死んじゃ嫌ぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 あのぉ……盛り上がってるとこ悪いんだけどね?その人結構ピンピンしてるよ?

「……え?」

「そそっかしいなお主は。だるくてたまらぬゆえ、一息ついたまでのことである」

「だって……『力を使い尽くした』って……」

「『ほとんど』と言ったではないか。命を繋ぐ程度なら残っておるし、このまま寝ておれば、大地の精力を吸収出来る。立ち上がれる程度になら回復するのはすぐだ。

 余の胸に耳を当ててみよ。心の臓の音はしっかりしておるはず、肌も温かいであろう?」

 姫は魔王の胸にかじりついた。魔王の生命が確かにその肉体に繋ぎ止められていること、それを確心すると、緊張の糸が切れたのだろうか、そのまま魔王の体に自分の身を預けて静かに咽び泣く。

「よかった……よかった……魔王様、ホントによかった……」

「姫よ、何故泣く?」

 自分の死を悲しみ、その生存に安堵の涙を流す。魔王は姫の変化を感じていぶかった。

「我らは、敵同士であるぞ?」

「そんなの!お話の都合で勝手にそう決められただけじゃないですか!この世界は出来損ないで、何もかも空っぽ……こんな寂しいところなのに、ここにいるのはわたしたちだけ……

 わたしと魔王様だけ!わたしたち、たった二人きりの登場人物じゃないですか!!」

 象は?とツッコミたかったが、地の文は空気を読んで堪えた。そしてどうやらわかってきた。これは「争いあうライバルの間にいつしか友情が芽生える」という鉄板パターン。

 ぶっちゃけこの流れなら、地の文がアレコレ口を出さなくても話は進む。放置を決め込むにしくはない。どうせ聞いてないだろうしな。

「わたし、ホントはすごく心細かったんです。生まれたと思ったらいきなり『魔王の城』なんかにつれてこられて……

『問答無用でメチャクチャTUEEEE』とか言われたって、あんないい加減な地の文なんて信じられないじゃないですか!」

 ぐっ……いや我慢だ。それについては言い返しにくいのは流石に地の文も否めない。

「魔王だなんて、どんな怖い人が出てくるのか……ホントにわたしに戦うことなんて出来るのかって……不安だった……」

 そうかなぁ?このコ結構ノリノリだったような気がするけど?

「でも!魔王様は、思ってたのと全然違ってた。優しくて、とってもキレイで。わたしに昔の思い出を作ってくれて。武器をくれて、戦い方まで教えてくれて…わたし、魔王様がいてくれたから最後まで来れたんです……!

 魔王様……わたし……あなたが好き……!」

 おお?ナニコレ?百合?百合展開?

 まさかの流れに地の文は驚きを隠せない。ここまでの3章のいったいどこに胸キュンシーンがあったのか?恋は盲目とは言うが、この姫、魔王の昭和ノリと中二病と露出狂と謎のタイムとヅカと熱血バカは忘れてしまったのか?これほどまでに脳みそひよこ並とは……

 だがいい。これは拾い物だ、それこそせいぜいお熱く盛り上がって読者サービスに勤めてもらうのが得策というものであろう。地の文はそうほくそ笑んだ。

「姫よ、余はな……」

 魔王の声に、次第に生気が戻ってきた。だがその唇は依然として震えている。彼女の中に湧き上がる感情が出口を求めて押し寄せる、その手綱を抑えきれない。そんな様子だ。

「余は、一か月待った。ただ霧だけが満ちた、何もない、誰もいないこの城で。

 何をした覚えもなく、理由もなく、ただ『世を滅ぼす魔王』として……余を倒すためだけに選ばれた、おそらく余と同じように空虚な英雄を、勇者なる者を、な。そして如何に抗おうとも、余は倒され滅びる運命。

 それが魔王たるものの定めとは……なんたる屈辱!

 だから余は考え続けた。せめて、一矢報いるべし!余と同じ空っぽの木偶人形のくせに、お仕着せの正義を振りかざしていい気になった者どもを……例え最後は倒されるにせよ!如何に悩まし苦しめるか。如何に堂々と戦い、如何に華々しく散るか。それだけをな。

 だか……現れたのは姫、お主であった。

 ただ無邪気で、素直で、笑顔の美しいお主の姿を見、声を聞いた時。余の魂から全ての牙が抜かれたのだ。

 お主と交わした、たわいもない会話。

 喜ばしかった……実に、実に!

 余は言ったな?この戦いは『先に相手を驚かせた方が勝ち』であると。何のことはない、余は最初から負けていた。定めにではなく、姫、お主にな……余は救われた……

 余にも、姫しかおらぬ!!」

 こんないい話風の話だったかな?地の文は首を捻りつつ、実は困り果てていた。魔王のキャラ作りの濃さをみくびって放置を続けたら、修正がすっかり難しくなってしまったではないか。さりとて、前3章分のあのグダグダ展開を考えると、このまま感動路線で締めるというのはあまりにもムリがある。これはあくまでコメディなのだ。どうにかして混ぜっ返さないと……

 その時。

「うふふ……不思議……魔王様のお胸、とっても柔らかいですね?あんなにキンキン剣を弾いてたのに……」

 ん?ひょっとして?

「余の魔力が今、一時的だが失われておるからな。ブラも元の布に戻ったのだ」

「だったら……窮屈ですよね?外しちゃっていいですかぁ?」

 まさかまさかの?

「フフ……返事をする前にもう外しておるではないか。せっかちな姫である」

「だぁってぇ……魔王様こそ!

 さっきの長セリフの間中、わたしの後ろの桃の実をナデナデモミモミしてたのは、どなたのお手手ですかぁ?」

 エロ展開キターーー!!そう!困った時こそエロ展開!どんなに強引でも唐突でも、これだけは許される最後の切り札!!

 なによりオレも役得!エロバンザイ!

 地の文は小躍りして喜ぶと、自分の出番を待ち構えた。

「桃というよりスモモであるな。コリコリと締まって固い」

「お嫌い?」

「いいや、噛み応えがありそうだ。むしろ余の好みである。フフフ、さて味は如何に……?」

「あぁん、そんなところ……だったらお返しに、先っぽチュパチュパですよ?」

「こらこら!……おおこれは……はしたなき舌使いであるな……よい……」

「ねぇ魔王様、そろそろ……ね?」

「うむ……味見も……潮時であるな……しからば……!」

 二人は重ねた体を互いに抱きしめ、唇をあわせる。やがてどちらからともなく指が体の奥に向かって滑り……

「この不届き者ォォォォォォ!!

 くらえ、『電撃バリバリスパーク』!!」

 アバババババババ!!

「下賤な地の文の分際で、こともあろうに余と姫の睦言を覗き見とは、不埒千万!!」

 や、ちょっと待ってよ、オレ「地の文」だからね?地の文はね、情景を描写するのが仕事なのよ?電撃魔法はないでしょ?!

「何を抜かす!今までロクな仕事もしておらんくせに、こんな時だけ……電撃が嫌なら火炎が好みか?

『丸焼きファイヤー』!!」

 ぎゃああああああ!!

「クク……お主ら地の文は、一種のNPCゆえHP無限・回復力無限、倒すことは出来ぬが、防御力回避力共にゼロ!!最高位の呪文でいくらでも痛めつけてやれるというもの……」

 何か今まででこの人、一番魔王っぽい!

「次は何が所望だ?『カチコチブリザード』か?『ザクザクかまいたち』であるか?」

 いやさっきからその技名!!

「どれもこの世界の最高位呪文である。例えば火炎系なら、フラム・フランパ・フラムザンときて最後が丸焼きファイヤー」

 活用仕事して!

「どうだ!懲りたか、この出歯亀が!!」

「そーよそーよ、この出歯チン!!」

 あの?姫様?「亀」を「チン」で言い換えちゃダメだからね?

「だったら……亀チン?」

 余計にダメだぁ!

「わたしよくわかんなーい。だって脳ミソヒヨコちゃんなんだもーん!」

 あ……聞こえてたの?

「ったりまえでしょ!!

 ……ねぇ魔王様、亀チンに邪魔されない所に行きましょ?あそこの……白い霧がモクモク湧いてるとこ。あそこなら……」

「……そうだな。それが良さそうだ」

 え?ちょっと待った!いや君たち、あそこはまずいよ?あそこは……

「わかっておる。この姫も、な。

 あれは。我ら全ての創作キャラクターが現れ、そして没キャラとして消えていく、作者の深層心理の世界、『忘却の海』。その入り口であり出口……

 所詮この世界も我らも、一個の作品として存在し続けるにはあまりにも不完全。

 時が来たのだ、帰る時が。我らはまた、バラバラの意識の断片に還元される……

 余は満足した。この姫に会えて、な」

「わたしも。魔王様と一緒なら」

「溶けて流れりゃ皆同じ、である。

 ただ、これが余と姫の最後の逢瀬、ここは二人きりに……頼む」

「お願い、亀チンさん!」

 いくら厚顔無恥でいい加減な亀チンとはいえ、ここでさらに図々しくパパラッチ出来るほど無情にはなれない。ならどうぞ、と無言のまま手で二人をうながすと。

「じゃあわたしたち、あそこでキャッキャウフフして、イチャイチャして、アッハンウッフンしにイッちゃいますね!

 ……色々ありがと、亀チン」

「世話になったな、亀チン。さらばだ」


 かくして。

 姫騎士セモリーナと魔王ランジェリカは、かつて彼女たちの現れた「忘却の海」の入り口へと、手に手を取って歩いていった。ややしばらくの間、かすかに笑いさざめく声が聞こえてくる気がしたが、それもやがて虚空に消えていく。

 あとに、亀チンと象を残して。

 このマンモスをいったいどうしたらいいのか?それは亀チンにもわからない。

 しかし。

 姫と魔王は本当に消えてしまったのか。あるいは再び、あの白い霧の彼方から姿を現す日が来るのか。それは……


 この作品のPV数にかかっているのだ!

 ババーン!!(完)


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パスタの姫騎士セモリーナ おどぅ~ん @Odwuun

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