番外編その2 発表順の謎
グラナダ版で映像化されていないエピソードはなにか。なぜ原作の発表順にドラマ化されなかったのか。
番外編その2として、今回はそのあたりについて考えてみようと思います。
イギリスの事情はよく知りませんが、テレビである以上、視聴率が大事で、数字が取れないと企画が通らない、予算がおりない、ということは想像できます。
天下のホームズですから、らくらく企画は通っただろう、そこそこ予算も配分されただろう。という考えは甘いのかもしれません。なぜならホームズ譚は多くの人に知られているため、「この先どんな展開が待ち受けているのだろう」とならない層がかなり存在するからです。また原作がある作品の映像化には常に「こんなんじゃない。イメージと違う」という失望がつきものだからです。
世界的に有名な物語だから、世界中に売れるぞという思惑もあったかもしれませんが、今ほど海外に放映権を売ったり、商品化(VHSやDVD、いまなら映像系サブスク)して収益を出したり、ということは重要視されていなかった時代だったかと思います。ミステリ専門チャンネルや映像系サブスクなんてのは、限られたごく一部の人の頭のなかにしかなかったことでしょう。
結果として、グラナダ版はホームズの映像化としては決定版とされるほどに。ジェレミー・ブレットは完璧にシャーロック・ホームズを演じ、ホームズを演じた役者といえばジェレミー・ブレットとなるほどに高い評価を獲得しました。
原作に忠実に映像化(実はそうでないものもあるのですが)というのも、グラナダ版の売りの一つです。
大成功といってよいでしょう。
当時の資料をあたってみないことには正確なことは言えないので、これは想像にすぎませんが、企画段階で原作の全60エピソードの一挙映像化は考えられていなかったと思います。仮に短編を一回、長編を前編後編の二回にしたとしたら、60エピソードを週一回の放送で完走するには短編で56、長編で8、トータルで64週かかります。一週間の7かける64で448日。一年を越えてしまいます。
当時のイギリスのテレビ事情はわかりませんが、現代の日本のテレビドラマは三ヶ月を1クールとした単位で番組が切り替わるのが主流。三ヶ月だと12話というところでしょう。半年でも24話。
今の日本の環境でホームズの映像化を考えると、人気の高い作品、面白い作品から順にやっていくことになるでしょう。
実際、グラナダ版でも♯13の「最後の事件」までが第一シーズンなのです。第一シーズンでは有名なエピソードを盛り込み、数字を獲りにいきたいところ。出し惜しみをして評判を得られず、第二シーズンが製作できなくなるという展開は避けたい。
知名度で挙げるとすると、特Aランクが「赤髪連盟」「まだらの紐」「踊る人形」、Aランクが「青い紅玉」「六つのナポレオン」「マスグレーブ家の儀式書」「銀星号事件」といったところでしょうか。このあたりはラインナップにいれたいでしょう。
ホームズが思い入れを持つ女性アイリーン・アドラーが出てくる「ボヘミアの醜聞」も外せません。これも特Aランクの有名作。
キャラクターでいえば、シャーロックの兄、マイクロフト・ホームズの出てくる「ギリシャ語通訳」もファンは見てみたいエピソード。一般的知名度はB評価くらいに落ちるかもしれませんが、シリーズを語るうえでは大切な作品。
もちろん、宿敵モリアーティ教授も重要なのですが、これは「最後の事件」なので、ちょっと扱いに注意が必要でしょう。
では、どのようなラインナップになったのか。確かめてみましょう
ホームズの短編第一作である「ボヘミアの醜聞」がグラナダ版でも♯1なのは、納得です。♯2は「踊る人形」。これは第三短編集『シャーロック・ホームズの帰還』に収録されたエピソードなのです。♯3「海軍条約事件」は第二短編集『シャーロック・ホームズの回想』収録。♯4「美しき自転車乗り」は「帰還」、♯5「まがった男」は「回想」と五話を終えても、第一短編集『シャーロック・ホームズの冒険』の収録作は「ボヘミアの醜聞」だけなのです。
では、第一短編集『冒険』は面白くないのか。そんなことはありません。ホームズの短編集のなかでは一番粒ぞろいというのが一般的な世評。この点からしても、グラナダのスタッフが発表順にこだわっていなかったことが読み取れます。
後年の研究により推測された事件の発生順にドラマ化したということでもないよう。やはり、面白さや知名度を重視したということになりそうです。
映像で味わうホームズ アカニシンノカイ @scarlet-students
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