168日目 吾輩は乙女である 夢はまだ無い
耳の付け根が痛むくらい寒い日が続く冬のある日。
大学生の私は実家で、怠惰に冬休みを食いつぶすように過ごしていた。
エアコンが自室を暖める中、ベッドに寝転び、セミさんと過ごしたあの夏を思い出していた。
セミさんは退院した後、意識を取り戻した夏元にシケイドルを追い出された。どうやらセミさんが倒れた際に、洗脳が解けていたようだ。
春子さん達がセミさんの解雇に反対してくれたが、夏元は聞いてくれなかった。セミさんは意外にも、シケイドルを抜けることに素直に従った。セミさん曰く、
「どうせ後から俺の実力に気がついて、『もう一度シケイドルに入ってくださいぃ!』って泣きついてくるに決まってるよ!」
と言っていた。しかしセミさんの抜けたシケイドルは非常に順調で、夏の終わりには国民的アイドルになっていた。
セミの鳴き声が聞こえなくなった真冬の今でも、あの夏の日々を昨日のことのように思い出す。その度に考える。自分の夢はなんだろうと。本当にやりたいことはなんだろうと、呆然と考えていた。
そんな中、扉を叩く音が聞こえる。
私の了解も待たずに、勝手に扉が開く。
「おねぇちゃん! 買い物に行こうよ!」
あと数ヶ月したら小学4年生になる弟は、こんな寒い日だというのに外出を提案してくるほど、元気いっぱいだ。
「えぇ……嫌だよ。外寒いし……。買いたいものがあるなら、現代っ子らしく暖房の効いた部屋からAmaz○nで注文しな」
しっしっと手で追い払う。
弟の首から下げられた虫かごから、鬱陶しい声が聞こえる。
「ダメですよ、おねぇさん! 家でダラダラばかりしてたら!ウシガエルになっちゃいますよ!」
「なんでウシガエルなんだよ。てかまだセミさん生きてんの? もう冬だぞ、早く逝けよ」
セミさんはチッチッチと発音膜を鳴らして、前足を左右に振る。
「おねぇさん! セミって7日で死なないんですよ。実は1ヶ月近く生きるって知らないんですか?」
「1ヶ月はとうの昔に過ぎたんだわ。もう年越したぞ」
「おねぇちゃん! 喋るセミに常識なんて通用しないよ!」
「常識は通用しなくていいから、せめて自然の摂理には従え」
私は見せつけるようにため息をつく。
「てかセミさんさぁ、アイドルはもういいの? アイドルに復帰したいならさ、買い物してる場合じゃなくない?」
「おねぇさんってば、まぁーだアイドルアイドル言ってるんですか? 古い古い! 縄文杉より古いですよ! 時代はね、ヴァーチャルアイドルですよ!ヴァーチャルアイドル!」
「結局アイドルじゃん、それ」
「セミさんに可愛い女の子の皮被せて、Y○uTubeで配信させるんだ! その為にはPCとか撮影機材とか買わないと! 」
セミさんが喉を鳴らすように笑い出す。
「クックック! バカなファンどもから、金巻き上げて億万長者になってよォ、あの夏元を見返してやるぜ!」
「ファンのことバカとか言い出したよこのセミ」
またこのクソセミが荒唐無稽な夢を見始めた。
正直セミさんのことが羨ましい。自分やりたい事を信じて、がむしゃらに進むことの出来るこのセミが。
仕方ないと呟きながら、私は腰を上げた。
「まったく……今日だけだからね」
「やったぁ! おねぇちゃん大好き!」
「ささ!早く行きましょうおねぇさん!思い立ったが吉日です!それによく言うじゃないですか──」
「『命短し、夢見よ乙女』ってね!」
セミだから7日で死ぬけど、アイドル目指します。 アフロマリモ @AfuroMarimo
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