誰かに受け入れられることの喜び、それも化け物の醍醐味なのかもしれない。




「1カ月前、ここの近くの神社で開かれていた屋台に、突如、巨大な変異体が現れました。その後、変異体は警察署前で駆除されたのですが……その後、あたしたちの依頼主からその変異体と親交が深かった女性がいると聞きました」


 レンガの変異体は“依頼主”という言葉に反応して、懐かしそうに笑った。

「ああ、いぜ……けふけふん、あの人ですね。ご存じですわ。数年前ごろに彼とお茶をしたことがありますの」

「その人からあなたに取材をしてほしいと依頼を受けたのはご存じですね?」

 一度確認を取り、相手のレンガの変異体が「ええ」とうなずいたのを確認して質問を続ける。

「それでは、さっそくお尋ねしますが……あなたと1カ月前の変異体とは、どういう関係だったんですか?」

「彼……1カ月前に暴れた変異体は、私が中学生のころに出会いました」

 ふと、レンガの変異体は足元に目を向けた。マフラーたちから目をそらしたというよりも、足元の四角いクレーターに目を向けたと言ったほうが正しいだろう。


「最初は彼の姿には驚きましたが、それが変異体による発作ではないことはすぐにわかりました。それ以来、毎年夏になるとここに訪れるようになったのです」


「なるほど……具体的には、ここに訪れてなにをしていたんですか?」


「主に涼みに来ていましたわ。彼にはどんな暑い場所でも涼ませる力を持っていましたから。だいたいは彼とふたりきりでいることが多いのですが、たまにお客様がくることもありましたわ」


「それでは……最後に出会った日は?」


 マフラーが少々遠慮気味にたずねると、レンガの変異体は少しだけ黙り、静かにうなずいた。


「ええ……お察しの通り、彼が暴れた日です」


「……なにか、変わったこととかはありますか?」


「そのころの彼は、通報されて見つかるのも問題だとよく言っていました。そう言っている彼の言葉には絶望感はなく、どこか死を受け入れているような老人のような感情、それてしてどこかやり残した未練があるように聞こえました」


 レンガの変異体は瞳を閉じ、顔を下げた。


 その方向は、くしくも足元のクレーターの方向だった。


「でも、あの日にお客様が訪れた時、先に帰ろうとして後ろを振り返ると、なんだか彼は心なしか晴れやかな表情をしていた気がするんです。きっとその時のお客様と話して未練を断ち切れたと思うのですが……あれが、最後の別れになる前兆だったのでしょうか……」


 だんだんと、レンガの変異体の表情が沈んでいく。


 それとともにマフラーは戸惑ったように、無意識に首元のマフラーを少し緩めていく。




「あ、あの!」




 その時、今まで黙っていたバンダナが、勇気を振り絞って顔を上げた。


「ちょ、ちょっと気分転換に別の話をしましょう! たとえば……休日とか、どのように過ごされていますか?」


 レンガの変異体から驚いたように見つめられて、バンダナはすぐに目をそらした。


「あ……す、すみません……失礼ですよね。なんだか、変異体であることに興味を持っているみたいで……」


 ぺこぺこと頭を下げるバンダナに対して、レンガの変異体は気にしない表情で「お気遣い、ありがとうございます。だいじょうぶですよ」とお辞儀した。


「そうですね。私は作曲で収入を得ているのですが、休日は彼と映画を見ていますね」


「彼……? でも彼は1カ月前に……」


「彼といっても、1カ月前の変異体ではなく、私のボーイフレンドですわ。あの日の後、私の体も異変が起き始めたのですが……私のボーイフレンドは私を受け入れてくれまして、今でもボーイフレンドの家に匿ってもらっていますの」


「あ……そういう意味でしたか……あははは……」


 笑顔を取り戻したレンガの変異体に、顔がひきつりながらもなんとかコミュニケーションが取れているバンダナ。


 ふたりの様子を見て、マフラーは気を取り直すように首元のマフラーを締め直し、会話に参加しようと口をあけた。


「作曲と言っていましたが、どんな曲を手がけているんですか?」


「ええ、私はネットを利用して曲を作っているのですが、よく手がけるのは動画配信サービスで配信するための曲で……」






 夕方、森の中をふたりの記者が歩いて行く。


「結局、ほとんど雑談になっちゃったね」


 ゴーグルを外し、ため息をつくバンダナに対して、マフラーは口に手を当てて笑う。


「雑談に持ち込んでいたのって、バンダナさんでしたけどね」


「いや、あれはちょっと雰囲気が暗かったから明るくしただけだよ。僕はああいう時、趣味の話を出して雰囲気を明るくしてから本題に戻しているんだよ。今日はただあそこまで話が盛り上がるとは思っていなかっただけで……」


「でも、バンダナさんの普段の取材が、変異体相手にできましたよね」


 バンダナは何かに気がついたようにその場で立ち止まった。


 そして、仕舞おうとしたゴーグルに目を向ける。


「……たしかに、このゴーグルをかけたおかげでまともに取材ができた……今まで、気絶して取材どころじゃなかったのに……」




 関心したようにゴーグルを眺めるバンダナを見て、マフラーの頬は笑いをこらえるように頬を膨らませた。


「……どうしたの? マフラーさん」


「い、いえ……これから話すことを思うと、つい……」


 マフラーは大きく深呼吸して落ち着かせると、バンダナにまっすぐ向き合った。




「実は先ほどの取材、打ち合わせをしたものなんですよ。あの人と、依頼主の3人で」




「へ?」


 バンダナは目を点にさせ、ゆっくりと手元のゴーグルに目線を移す。


「もしかして……これがちゃんと機能して、問題なく取材ができるようにテストしたんですか?」


「はい。ちなみに、取材の依頼があるのは本当なんですよ。明日、変異体たちが集まる集落に取材に行くことになったのですが……」




 マフラーがふと気がつくと、バンダナは立ったままフリーズしていた。




「おーい、バンダナさーん? 聞いてますかー?」











 かつて変異体が通っていた森の道の中で、




 ひとりの記者が恐怖で固まってしまったもうひとりの記者を呼びかける声が、




 響き渡る。




 その様子を、どこからか眺めて笑みを浮かべる者がいた。

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化け物ライター、クレーターでゴーグルを着ける。 オロボ46 @orobo46

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