化け物ライター、クレーターでゴーグルを着ける。

オロボ46

不可能を可能にする道具。しかし、誰もが可能となるとは限らない。




 デパートの屋上テラスに構える、ちょっとオシャレなカフェ。


 そのテラスに用意された席で、テーブルに額をつけてうなだれる若者の姿があった。


「また今回も、“変異体”がらみかあ……」


 絶望に飲まれた若者と対象に、向かい側の席には幸せそうな笑みを浮かべる女性がいた。


「だいじょうぶですよ。今回の取材は“バンダナ”さんでもだいじょうぶなように、考えていますから」


 その女性の身長は140cm、少しだけ小さい目以外は印象に残らない顔に、オレンジ色のワンピースとマフラーという服装、ショートボブの後ろでまとめられたオレンジ色のリボン。先ほど見せた笑みも含めて、一見すると小学生にしか見えない。

 取材という言葉から、この女性と若者は記者に近い職業なのだろうか。


「なんか最近、“マフラー”さんと取材することになると決まって変異体に関わる仕事になるような気がするんだよね……」


 その背の高い若者は緑色のパーカーに動きやすいカーゴパンツ、髪は頭に巻かれたバンダナに隠れて見当たらない。一見すると男性らしい格好。しかしその顔つきは女性にも見える。


 マフラーと呼ばれた女性は側に置いていたレモンティーをストローで吸い上げると、レモンティーの横に置いていた赤いショルダーバッグに手を入れる。

「まあまあ、明るくいきましょうよ。今回はバンダナさんのために、とっておきのものを持ってきていますから」


 取り出したのは、変わった雰囲気を感じさせる外装のゴーグルだった。



「……ゴーグルのようですけど、これがなにか?」

 バンダナと呼ばれた若者は、ゴーグルを受け取ると不思議そうに首をかしげた。

「バンダナさん、変異体はダメでしたよね?」

「確かに、化け物の姿になった元人間である変異体を見ると、恐怖に襲われる。正確には、マフラーさんのような耐性を持っている人をのぞいて、僕だけじゃなくほとんどの人が当てはまるけど」

 じっとゴーグルを見つめ、何かを思いついたようにマフラーに顔を向ける。

「もしかして、これをかけたら変異体を見ても平気になるの?」

 マフラーはゆっくりとうなずいた。


「その通りです。たぶん」


「……」

 危うく、バンダナは手の近くに置いていたストレートティーをこぼすところだった。

「たしかに、これを売ってくれた商人さんはそのような効果があるって言ってましたよ。でも、人によってはあまり効果がないっていうのも聞きましたし」

「……なんだか、頼りないなあ」

 眉をひそめるバンダナに対して、マフラーは気にすることもなくレモンティーのスローに再び口を付ける。

「前からバンダナさんに渡したいと思っていたんですけど、そのゴーグル、なかなか仕入れが難しいらしいんですよ。つい最近、ようやく商人さんから購入することができたんですから」


 バンダナはその場で装着して着け心地を確認すると、まだ心配そうな表情のままマフラーにたずねた。


「それで……今回の取材って?」


「はい、この街で行われていた神社の屋台で暴れていた変異体についてです」











 場所は変わり、街外れの紅葉が咲き乱れる森の中。




 まるで過去に何かが通った跡のように、妙に広い道をマフラーとバンダナは進んでいく。




 秋の森の中、今日はやけに涼しいのか、




 ふたりの顔に汗は見当たらなかった。






 やがて、ふたりの目の前に現れたのは、開けた空間。




 そこにあったのは、かつてそこに建物があったかのような、四角いクレーター。




 そして、そこに立っている日傘のついたガーデンテーブルとイス。




 そこに腰掛けている、異形の女性だった。






「よかったら、召し上がってくださいな」


 席に座ったマフラーとバンダナの前に出されたのは、月見団子だった。


「わあ、いただきまーす」「ど、どうも……」

 マフラーは団子に目を輝かせ、バンダナはおびえたように女性から目を離しながら、それぞれ団子を一口いただいた。

 バンダナの目には、マフラーから渡されていたゴーグルが装着されている。


「もう夏が過ぎるのも早いですわね……気がつくと、お団子が似合う季節になっているのですから」


 紳士に対応するこの女性、かろうじて頭部と首は人間のままだが、その他の部位がレンガによって覆われている。

 レンガの肌の上には、この時代には不釣り合いなピンクのドレスを着ていた。


 その奇妙な姿というより、先ほどふたりが言っていた変異体であるためなのか、バンダナは少しでも女性の肌が目に入ると、涼しいはずなのに汗が垂れ落ちていた。

「あの……そちらの方はだいじょうぶですの?」

 その様子に気づいた女性……レンガの変異体は心配そうにバンダナに話しかける。

「あ、だ、だいじょうぶ……です……」

 バンダナはポケットからハンカチを取り出して、汗を拭き取った。

「変異体に取材をするのは初めてなので……」

「そうですか……どうか、無理だけはなさらないでくださいね」


 その時、ぺこぺこと頭を下げるバンダナの肩を、隣のマフラーが指でつついた。


「バンダナさん……ゴーグルの効果、出ています?」

「う……うん、多分あると思うよ。なんせ、かけていない状態だったらもう失神していたんだから」


 マフラーはほっと胸をなで下ろすと、言うべきことを思い出したように眉を上げ、女性に顔を向けた。

「このま……ゴフン、取材のアポの時でも連絡しましたが、この取材はあくまでも例の事件について知っているという内容で記事を書かせていただきますので、ご了承ください」

「ええ。お気遣い、ありがとうございます。本来なら、私たち変異体は人間のいない施設に隔離されるか、駆除される存在なのですから」


 バンダナはなにか聞きたい質問が生まれたかのように顔を上げたが、すぐに変異体から逸らしてしまった。




 マフラーは一息つくと、「それでは、始めます」のひと声かけ、取材を始めた。


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