文章なのに風景が見え、蝉の声が聞こえ、焼け付くような日差しの中、瀬戸内の海がきらめく。涼やかな木陰から、その風景を見る……。広島に行った事はないのに、読後にはその景色を今しがた見てきたような感覚に陥りました。
物語は夏休みの帰省時にありがちな日常的な出来事なのですが、祖父母の家で歓迎はされるけど居心地が何処か悪い感じだとかの、子供の頃に一度は経験した気を使うしあまりその場に居たくないようなもぞもぞとした感情が蘇ったり。
大きな事件があるようなお話ではないのですが、自分の過去が揺り起こされる感覚もあって、懐かしさと田舎のいい所と悪い所を思い出し、戻りたいとまでは思わないけど、帰る場所だろうなと思ってしまう気持ちが沸いてきたりと、郷愁を誘われる部分もあって。
長らく忘れていた故郷に対する気持ちが戻ってきて、ただの夏休みの一エピソードを覗き見たというような感想だけでは終わらない作品でした。
読んだ瞬間に「絶対これが入賞だろ」と確信できる良作です。
この作品には広島の風情と情緒、伝統と美、そして田舎の嫌な側面と「帰省時の気まずさ」までが見事に再現されていました。リアリティにあふれた文章というものは往々にして苦味が強く読み手を嫌な気分にさせるものですが、この短編は違いました。
墓参りに持参する「トウロウ」の美しさと、伯母さんの気さくな性格が人生の苦味を見事に調和しており読後感も非常に爽やかです。
本当に、田舎の悪評ほど広がりやすいものはありません。
なぜなら田舎の人たちは皆「生きていれば恥をかくのなんて当たり前だ」ということを熟知しており「地元は家族みたいなものだから隠さないでいい」と大きなお世話ながら思っているからなのです。もしくは他人の不幸しか楽しみが……失敬、そんな事はありませんよね?
子どもは帰省時の居心地の悪さにうなずき、大人は伯母さんの台詞ひとつひとつに共感する。もしくは自分もかつてこうだった事を思い出し、思い出に浸るのも良いでしょう。
万人が楽しめる懐の深さは、入賞に相応しい完成度です。
今年、実家に帰れなかった貴方へ、おススメです!