短編 花は白く、実は赤く
短編2 「花は白く、実は赤く」
その日、オリヴィエールは母親に連れられてお茶会に参加していた。
八歳になったばかりの彼女にとって、貴族のお茶会とは正直に言えば退屈な物だった。
覚えたばかりの作法を実地で訓練する為に連れてこられた、と理解できる程度には賢い彼女にとっては本当に退屈な物だった。
それでも退屈を屈託のない笑顔で押し殺し、何々伯爵の夫人やら何々男爵のご令嬢に可愛らしく挨拶をするのは、まぁ家の為であり貴族であるという自覚の為だった。
自分の家が現在ファルタール王国で少々微妙な立場になっている、というのは何んとなしに分かっていた。
少女は、姉の名前を少々短くし過ぎた――という理由で付けられたオリヴィエールという自分の名前を何十回と繰り返し、そのたびに返ってくる相手の反応にそれを強く意識する。
空々しい上に薄ら寒い。
自分が生きる世界の一端を見せられて、少女は溜息を吐きそうになる。吐かないが。
皆分かっているのにそれに触れない、触れられない。迂闊に触れば延焼どころか王国全土を火の海にしかねないと分かっているからだ。
だから誰もかれも見ないふりをする。
少女がそんな空々しい大人の世界から自由になるには、子供たちの社交の練習はここまでだと宣言するように庭で品よく遊べと言われ、大人が自分達の仕事に戻るまで待たなければならなかった。
やっとで自由になれました、オリヴィエールはほっとしたものの、さてどうするべきかと悩んだ。
家が浮けば子供も浮く。
貴族社会とはそういう物だ。
周囲でパラパラと作られる集まりに自分が入れる余地は無さそうである。
少女は暫し考えると、それら子供たちの集まりから背を向けて歩き出した。
子供とは貴族であっても無思慮な物である。
そこに自分から近づいて妙なイザコザに巻き込まれるというのも、まぁ家の為には良くないだろう。
少女は年齢以上に賢かった。
一人になれば今の我が家にわざわざ近づいてくるような子供もいるまい。
だったら一人で花でも眺めていた方がよほど有意義だ。
幸い、茶会が開かれた――何とか伯爵の邸宅は美しい花壇がある事で有名だ。花も愛でられなければ咲きがいも無いだろう。
オリヴィエールは美しい花壇の間を歩く。
巨大な王都とは言え、土地が限られる中でこれほど見事な庭と花壇を用意するのは、何とか伯爵の矜持なのか趣味なのか?
八歳らしからぬ疑問を抱きながらオリヴィエールは、咲き誇る白い花を愛でて回る。
「お? なんだお前」
そして邪魔が入った。
自分と同じくらいの年齢だろうか? 実に思慮に欠けた顔の少年が声をかけてきた。
なんだお前と、茶会に参加している子供に言う事自体が思慮に欠けている。
茶会に参加が許されている時点で、付属品とは言え子供も貴族家の一部だ。
言葉一つ、所作一つで殺し合いに発展しかねない世界では実に無思慮で愚かな言葉遣いだ。
オリヴィエールは内心の侮蔑を完璧に殺して、八歳なりに優美な所作で挨拶を返し名前を告げた。
ホレ、厄い話題の渦中の家の人間だぞ、さっさと去るが良い。
そう思いながらさっと離れようとした少女に、少年は言った。
「落ち目のソルンツァリか」
気軽に上げられる開戦の
思慮の欠けた者と思ったが、想像以上に思慮に欠けていた。
むしろ欠けているというより皆無ではないか。
こんな下らない理由で、死人が出かねない斬った張ったが発生するのが貴族という商売だ。
それが分からぬ年齢でもあるまいに。
オリヴィエールは自分が同年代と比べて、少々
なので、少年のさらなる愚行に対して反応が少し遅れた。
脅かすつもりだったのか? それとも単に何かが気に食わなかったのか?
少年は花壇から花の付いた枝を折るとそれをオリヴィエールに向けて振り上げた。
あまりの馬鹿馬鹿しさに一瞬の忘我。
当たるか当たらないかの軌道で振るわれる枝を、ついマジマジと見てしまうオリヴィエールは慌てて一歩後ろに下がろうとして更に絶句した。
思考すら絶句した。
頭に浮かんだのは何故も何もなく、チカチカとした閃いては消える衝動のような感情だけだった。
枝を振り上げる少年の脇腹に向かって、綺麗な金髪の少年が飛び蹴りをかましていた。
あらやだ、”かます”だなんてはしたない。少女は心中とはいえ反省した。
枝を振り上げた少年が無様な悲鳴を上げて転がる。
実に気分爽快である。自分の手で、いや足でそれを出来なかったのは残念ではあるが、気分爽快である事には違いない。
脇腹に向かって見事な飛び蹴りを見舞った金髪の少年は、そつなく着地を決め。
オリヴィエールを背中に庇うように立つとこう言った。
「黒兄さま曰く」
不思議な呼び方ね。
「女と男が揉めていたら、とりあえずは男を殴れ。女が悪かったら素直にごめんなさいしろ」
随分と過激な教育をされているらしい。
オリヴィエールは自分より一つか二つぐらい年下であろう金髪の少年を見て思った。
「えっと……君は悪い子?」
そして振り返ってそう自分に問う顔は随分と不安げだった。
「いいえ。胸を張って良い子と言えますわ」
良かった、そう言って笑う少年の顔は――あらやだ可愛い、オリヴィエールは自分の顔が赤らむのを自覚した。
赤らむ顔を見られたら恥ずかしい、そう思う間もなく少年がさっと前を向く。
年下の少年が脇腹を抑えてうめく少年を指さした。
「よし! 武器を捨ててかかってこい!」
相手の方が明らかに体格が大きいにも関わらず、そう宣言する姿はちょっとトキメク物があった。
金髪の少年も、枝を振り上げた馬鹿な少年も、どちらも無思慮極まりない行為の最中ではあるが、加勢するなら
馬鹿を二人でボコボコにして盛大に怒られよう。
なに、相手は
うん、きっとそうだ。
オリヴィエールは降って湧いた退屈を吹き飛ばす嵐の中に飛び込もうと一歩足を踏み込んだ。
わたくしまだ子供、無思慮で当然です。
――と、そこで邪魔が入った。
まるで最初からそこにいたかのような自然さで、金髪の少年が突如現れた執事に脇に抱えられた。
執事が貴族の少年を脇に抱える、というのも大問題ではあるが。
現れた執事の目には有無を言わさぬ意志めいた物があった。
そしてこれによりどんな問題が起こったとしても、どうとでもなるという強い確信めいた物が見えた。
唖然としている内に、金髪の少年が執事に連れ去られて行ってしまう。
いや待って欲しい、自分はまだ少年の名前すら聞いていない。
「貴方! お名前は! わたくしはオリヴィエール・ソルンツァリ!」
「え?あ! 僕は……」
少年を抱える執事は無作法かつ無礼にも少年の口を塞いだ。
辛うじて聞き取れたのは家名だけだった。
「ロングダガーですね。覚えましたわ」
オリヴィエール・ソルンツァリは静かにそう呟くと、何かを確かめるように自分の胸に手を当てた。
爽快に打ち鳴らす心臓は、退屈さのかけらもなかった。
それを見ていたもう一人の――、無思慮な少年を脇に抱えたメイドは溜息を吐いた。
「一人ぐらいは我が主どもにくれてやっても良かろうに、これだからソルンツァリは」
お前のせいだぞ、メイドはそう言って脇に抱えた少年を乱暴に運んで姿を消した。
後には白い花に囲まれて、顔を赤くするオリヴィエールの姿だけが残った。
***あとがき***
いつもコメント、いいねありがとうございます。
励みになっております。
前話のコメントにまとめてお返しするような形になりますが
まぁ黒い封筒は当然ながら王家ですね。
ちなみに普通は、却下すると面倒ごとになりかねないので
余程に変な法案でなければ、議会までは通してあとはそっちで処理してくれ
という対応がなされますが
その中でロングダガーお兄ちゃんは平然と強権を振るうという、強メンタルの持ち主です。
というわけで今回は、長らく作者の脳内で放置されていた設定を引っ張りだしてきました。
エリカの妹は初期段階から設定としてはあったのですが、本編では妹がいる事すら書けていなかったので、短編の方で拾ってみました。
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追放された侯爵令嬢と行く冒険者生活 たけすぃ @Metalkinjakuzi
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