9. 夏目《なつめ》 人華《ひとか》
私は物語が好きだった。小さい頃は幼児向けアニメが好きだった。最初は理解もできずに見ていたと思う。話の流れなどがわかるようになり、いつも同じような展開ばかりであることに気づきもっと違うものが知りたくなった。そして一緒に暮らしていたおばあちゃんに文字を教えてもらいながら本を読むようになった。最初に読んだ「吾輩は猫である」を読み終わった時の達成感と猫の視点を体験するような物語に私の心は震えたのを覚えている。ただ現代では想像し難い背景や言葉が理解しづらかった。現代文学を読んでいるうちにわかってきた。私は本を読み物語の世界を想像して楽しんでいるのだと。そして私は自分の物語を書きたいと思った。それが「私は猫とある」と言う小説だ。最初に読んだ「吾輩は猫である」を自分に置き換え、野良猫や友達の家の猫を観察し、少女の視点と猫の視点を描いた。物語を書き終え、気持ちが高揚して出版社に送った。それからはトントン拍子で話が進み、私の小説は出版することになった。未成年ということもあり、私と両親と編集者の人が家で話すことになった。本名は出さず顔なども出さず未成年であるという情報だけを開示することにした。そして「夏ノ目」と言うペンネームでデビューすることが決まった。「私は猫とある」はそれなりの注目を集め大ヒットと言えるほどに売れた。
私が小説を書きデビューすることになったのは中学3年の秋のことだった。出版社の人などの勧めもあり少し離れた月ノ下学園に通うことになった。中学に入ってから私は本に夢中になるあまり仲の良かった子やクラスメイトから距離を置かれていた。そのため特段人恋しい思いなどは無く月ノ下学園への入学を決めた。学園は私の秘密を知っていたこともあり、推薦枠ということで入学した。何も変わらず本を読みながら過ごすものだと思っていた。彼女が話しかけてくるまでは
「夏目さんこれからよろしくね、私名倉
「こちらこそよろしくお願いします。名倉さん」
「ユメでいいってば、ねえ良かったら一緒に帰らない?」
「いいですけど、多分駅までしか同じ方向じゃないけど?」
「それでもいいから!一緒に行こう」
彼女と仲良くなるのに時間はかからなかった。
コンコン
「人華今いい?」
昔のことを思い出しているとお母さんが聞いてきた。
「どうしたの?」
部屋から出ずに返した。
「学校からあなたと話したいって生徒さんが来てるの少し話してみない?」
「ごめん。心の整理がついたら行くからその人には帰ってもらって」
「遅くなればなるほど行きたく無くなるものよ?良いきっかけになるんじゃない?」
「わかってるけどまだ心が落ち着かないの…」
「そうなのね。じゃあ今みたいに扉越しでお話しするのはどう?」
いつもは引いてくれるお母さんが今日は譲らなかったから私が折れた。
「まぁそれなら」
「それじゃ連れてくるわね」
そういうとお母さんは家の外に迎えに行った。
「はぁ、やだなー」
たぶん来たのはユメだと思う。今何を言われても飲み込める気がしない。仲直りできるのだろうか…
考え事をしていると近づいてくる足音が扉の前で止まるのを感じた。2人の足音が聞こえたような気がした。お母さんも隣にいるのだろうか。
「はじめまして!俺は羽田
知らない人の名前と男子であることに驚いた。そして扉の奥の彼は私を学校に連れていきたいらしい。けれど私の心はそれだけでは動かなかった。返事を返さずに間が開くと彼は話しはじめた。
「急にこんなこと言われても困るよねごめんね。竹本先生から聞いたから来たんだ。先生心配してたよ?」
扉の向こうの彼は担任の先生の名前を出した。竹本先生が心配してくれているのは感じている。ただどう言葉にしていいかわからない。少し声を出そうか迷っていると彼はまた話し出した。
「実は色々聞いたんだ、君のことを。小説を書いて出版されてるとか、そのことの何が君をここから出られなくさせているか俺にはわからない!」
「何も知らないくせに勝手なこと言わないでよ!」
私は強く言い返してしまった。
「ごめんなさい。俺は単純に君の立場になったことがないからわからなかったんだと思うんだ。もし良かったら君の悩みを聞かせてくれないかな?」
私はまた黙った。学校に行けなくなった原因も今の状況も両方に対して心の整理がついていなかったからだ。彼はまた話しはじめた。
「言いづらいよね。初対面の人に対して悩みを話せって言っても。俺の話をするからさ話したくなったら君の話も聞かせて欲しい…
俺は演劇部に入ってるんだけど高校から始めたから経験者の奴には追いつかなきゃ行けないし、出来なかったことができるようになったやつを見ると焦るんだ、そんな俺でも少し前舞台に立たせてもらうことができたんだ。その時ミスをしたんだけどさ相手役だった人も巻き込むようなミスだったんだ。その時はめちゃくちゃ落ち込んだし反省もしたけど俺はまた舞台に立てるように前を向けたんだけど俺のミスで巻き込んでしまった相手の人が舞台に立たなくなってしまったんだ。
そのことは常に俺の心の中にあるからその人に合うと後ろめたい気持ちに襲われる。だから俺も学校に行きたくないと思う日もあるけど仕方ないから学校には行くんだ。良かったら夏目さんの悩みをきかせてくれないかな?俺も共有したいし、それでよかったら一緒に学校に行くきっかけにしてくれませんか?」
彼の言葉は嘘には聞こえなかった。私の心も彼になら話しても大丈夫だと思っているが言葉がすぐには出てこなかった。先程までは間を開けると話しかけてきた彼が話しかけてこなかった。待ってくれていた。私はゆっくり話し出した。
「私は読書に夢中になりすぎるあまり、中学の頃は1人でいることが多かった。だから高校でも友人関係に期待などしていなかった。でも彼女が私に声をかけてきてくれたの、そうユメが。彼女は私が読書をしたいといえば優先してくれるしそうでない時は私をいろんなところに連れ回してくれた。とても楽しかった。私は彼女に心を許していたけれど私が小説を出していることは話していなかった。単純に必要ないことだと思っていたのと話す機会がなかったから、そんな時あの日がきてしまったの。
私の小説が人気が出て出版社で新人として表彰されることになった。それが平日だったから学校を休んで行くことになったのだけれど、自分から説明することはなく休んだの…
次の日学校に行くとクラスの人たちの私をみる目に少し距離を感じたの、後に聞いたんだけど先生が私が小説を出していてそれで休むことをみんなに伝えたらしい。そんなことも知らずに私は普通に教室で挨拶をしたけれど皆んなよそよそしくて、だけどユメだけは大丈夫だって勝手に思ってたんだけど…彼女の私への態度もいつもより距離を感じた。私はそのまま体調不良ということで帰った。
それから私は学校に行けなくなったの、ごめんなさい。大した理由じゃ無くて…」
「そんなことない!心の傷は他人にはわからないんだから君が俯いてしまっているならそれは大きな理由なんだ。けれどこのままここにいてもしょうがないと思うんだ」
彼はそこで言葉を止めた。私はすでに彼を信頼していた。私の手を取りここから連れ出してくれることに期待すら抱いていた。そして最後の言葉を待っていた。
「だから俺と一緒に学校に行きませんか」
彼の言葉を聞き、私はドアノブに手を掛け扉を開けようとした時
「ストップストップ。待ってくれ、このままじゃダメだ」
知らない声が聞こえて私は部屋に踏みとどまった。
「ごめんなさい夏目さん。これは演技だったんだ。本当は俺たちは学劇祭の六人劇のメンバーを全員揃えたくてここまで来たんだ。本当に申し訳ない。それじゃ俺たちはこれで帰るからできれば学校にきて欲しいな。行くぞ羽田」
「えっ、あぁ、はい」
さっきまで私を説得してくれていた羽田という人も歯切れが悪そうにしながら玄関に向かったようだ。
ガチャン
そして2人とも帰ってしまったようだ。
「なんだったんだよ」
月ノ下学園 協奏曲 @yasahito
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