第95話 世は全て事も無し 5

小鳥遊クンは、イケメンエリートの無事を祈りながら、一路、喫茶店へと向かう。


あそこは既に厚生省の完全な勢力圏。

距離的にも、保護を求めるのには、最適な場所だろう。


小鳥遊クンは、エンリを抱えて、ひた走った。


「僕ちんの! 嫁ぇぇぇっ!」

「どわぁぁああ!」


小鳥遊クンが角を曲がった所で、死角からヒョロい体形の男が飛び出してきた。


着ている服装はボロボロで、目にはクマ、唇はカサカサ、ギラつく瞳は焦点があやふやで、体のあちこちには、何やら赤い血糊の様な液体を付着させ、正直、見るに堪えない恰好の男であった。


「僕ちんの嫁を、渡ふでふぅぅぅっ!!」


ヒョロ男は問答無用で懐に隠し持っていた拳銃を取り出すと、小鳥遊クンに向かって突き出した。


一瞬の出来事であった。


「死ぬでふぅぅぅぅ!!」


パァン! パァン!


人気の無い住宅街に、銃声が轟く。


「大丈夫か?! 小鳥遊クン!!」


暗闇の中、ゴリマッチョ部長の声が聞こえる。

小鳥遊クンがおそるおそる目を開けて見ると、目の前の路上には、ヒョロい男が呻き声を上げながら倒れて伏していた。


「すまん。後始末で警護の手が緩んだ隙を突かれてしまった」

そう云いながら、ゴリマッチョ部長は、拳銃を片手に、急ぎ小鳥遊クンの元へと駆けつける。


もう、何だか散々な朝である。

朝食は中途半端に食べ損なうし、朝から妙なカエルに追いかけられ、変な人には命を狙われ、気の休まる暇すらない。


バラバラバラバラ


「今度は何!?」


小鳥遊クンが空を見上げると、上空からヘリコプターが一機、こちらに向かって急降下している所だった。


≪総理大臣より、アルカナ・ワンに対して出頭命令が出ています。至急、総理官邸にまで御同行ください!≫


「何? 何なの?」


風に煽られて、まともに立っているのも苦しい中、現場には外交官ナンバーの黒塗りリムジンも駆けつける。


「オ待クダサーイ。我々合衆国ハ、貴方ガタヲ、受ケ入レル、準備ガ、ゴザルデース。我ガ国ニ、亡命シマンカー?」


もう辺りは、しっちゃかめっちゃかだった。

エンリを巡るゴタゴタは、収拾の兆しすら見えない。


『頼むから……』

小鳥遊クンは、周囲に対し、涙ながらに訴える。


「俺の養女に手を出すなぁぁぁあ!」


平穏な日常は、まだ遠い……


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

俺の養女に手を出すな! 杏朱 @Ansyutan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ