第94話 世は全て事も無し 4

爆風に煽られて、ヒキガエルは派手に転倒する。


「うわっぷ! なんだ! 何が起こった!?」

「よう云うたのじゃ。小鳥遊クン」


確認するまでもない。

エンリが不躾な侵入者を殲滅する為、リビングの扉を壊して飛び込んできたのだ。


この爆風である。

今頃あちらは、酷い惨状と成り果てている事だろう。


まったく……後で掃除するのは、一体、誰だと思っているのだろうか?


「エンリ! ひとまず逃げるよ」

小鳥遊クンは、エンリの手を取って、脱兎の如く、外へと飛び出した。


我が家を壊されては堪らない。


それに相手は、腐っても野党の大物議員。

エンリをけしかけ、問答無用で排除するのは、考え得る限り、最悪の手であるし、某国と関係が深そうな人物に、エンリの魔法を知られるのも、避けたい所だった。


「貴様! <<運命の巫女>>を渡せ!! そいつは儂のモノだ!」


ヒキガエルの鳴き声を背中に感じながら、小鳥遊クンはエンリを抱えて廊下をひた走る。


「逃げ出してきたぞ! 取り押さえろ!」


廊下に待機していた大物野党議員のSP……いや、子飼いのヤクザ屋さんが、小鳥遊クン達の行く手をゾロゾロと塞いだ。


「どうするのじゃ? ちなみに、魔法で薙ぎ倒すのが、一番の お奨めじゃぞ?」


明らかに状況を楽しんでいるエンリの、小悪魔的な囁きが、小鳥遊クンの耳元をくすぐった。


逃げ場は見当たらない。


どうする?

どうする?

どうする?


やはり、ここは……


「小鳥遊さん! こっちです!」


進退窮まった小鳥遊クンが、エンリに事態打開を頼ろうとした、その時だった。

突如、アパートの屋上から、一つの影が舞い降りた。


「事情は良く判りませんが、お助けします。さぁ、しっかり掴まって下さい」

「あっ、貴方は!?」


なんと其処には、ここ暫く姿を見かけなかったイケメンエリートの、凛々しい笑顔があった。


彼は、都市迷彩を施したレンジャースーツを身に纏い、ザイルロープを片手に、小鳥遊クンの腰をクイっと引き寄せると、そのまま階下に向かってジャンプする。


「あっ……良い……最高ぉぉぉ」


イケメンエリートは、高揚感からか、艶のある嬌声を発しつつ、アパート外壁を、小鳥遊クンとエンリを抱え、ロープ一本で器用に下って行く。


「到着でっす!」


時間にして、モノの数秒で地面へ降り立ったイケメンエリートは、名残惜しそうに小鳥遊クンの体を、その身から離した。


「ほんと、助かりました。なんと御礼を云って良いか……」

「気にしないでください。これだけで、ごっ……ご褒美ですからっ!」


キリッとしたイケメンエリートの爽やかボイスに、小鳥遊クンは最高の笑みを持って答える。


「さぁ、此処は私に任せて、先に行って下さい」

「で、でも……」


見ると、サングラスを掛けた怪しげな風体の男たちが、小鳥遊クン達を拘束しようと大挙して押し迫っていた。


「小鳥遊クン。良いから、ちゃっちゃと行くのじゃ! ちゃっちゃとじゃ!」


イケメンエリートの「俺を置いて先に行け」発言に、躊躇いと動揺を見せた小鳥遊クンを、エンリは冷めた視線で追い立てた。


小鳥遊クンは、イケメンエリートとエンリを交互に見詰め、そして意を決して走り出す。

擦れ違いざま、小鳥遊クンに抱きかかえられたエンリと、イケメンエリートの視線が交錯した。


「I'm Back !!」

「怖ッ!」


イケメンエリートは、親指を立てて、小鳥遊クン達を見送った。

その瞳には、「本望です!」との文字が、躍っていた。


「うぉぉぉぉ!」


イケメンエリートが、迫りくるヤクザの集団に悠然と立ち塞がる。

彼の、獅子奮迅の活躍によって、小鳥遊クン達は、迫りくるヤクザの包囲網から、辛くも脱出する事が出来たのだった。

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