第93話 世は全て事も無し 3


トゥルルル、トゥルルル……

不意に受話器のベルが鳴り響いた。


無粋なベルの呼び出しが、楽しい朝の団欒を中断させる。

小鳥遊クンは食事の手を止め、溜息をきながら受話器へと向かった。


「もしもし?」

嫌な予感を背中に感じつつ、小鳥遊クンは受話器を手に取った。


「小鳥遊クンか? 大変だ。野党の大物議員が「エンリの身柄を引き渡せ!」と、子飼いの暴力団員を引き連れて、そちらに向かったらしい!」


ゴリマッチョ部長の慌てた声が、受話器から漏れ零れる。


「なっ!?」


ようやく訪れた平和な一時ひとときを、無残に踏みにじる無粋な輩が、意気揚々と近づいて来ているのだと、部長は告げた。


小鳥遊クンは怒りで肩を震わせる。

その時だった。


ドン!


アパートの扉が強引に蹴破られた。


「そこの貴様! 大人しくアルカナ・ワンを引き渡してもらおうか! あれは君には過ぎた力だ」


あまりの出来事に呆然とする小鳥遊クンの元に、成金趣味のヒキガエル親父が、胸の議員バッチを見せつける様に、のっしのっしと土足で迫って来た。


「まったく! 我々が苦労して、ようやく掴んだ、某国との関係修復の機会を、貴様達が台無しにしてくれたのだ! この責任は取ってもらうからな!」


高級スーツを身に纏ったヒキガエルは、ゲコゲコと、悪臭を放つ唾を飛ばしながら、小鳥遊クンに向かって詰め寄った。


「はぁ……申し訳ありません」


自国民が拉致されかけ、核爆弾が首都近郊で爆発したのに、関係修復も何もないだろう。しかし、この一件、現時点では箝口令が敷かれている。


目の前の議員が何処まで知っているのか不明な以上、ここは素直に頭を下げて置くしかない。


「よし。それでは、アルカナ・ワンを引き渡せ!」

「お断わりします。エンリは俺の養女むすめです」


頭を下げて済むなら、幾らだって下げても構わない。

土下座を強要されれば、素直に従おう。

靴を舐めろと云われれば、舐めて見せる。


しかし、エンリを渡す事だけは、断固 拒否する。


「はぁ? 児童虐待の嫌疑がある里親が、どの面さげて親権を主張すると云うのだ? 当然、養子縁組も解除させるし、拒否権も無い!」


「いいえ、エンリは誰にも渡しません!」


頑なな小鳥遊クンの態度に、ヒキガエルをひき潰した様な顔の大物野党議員は、激怒する。


我慢の限界に達したヒキガエルは、拳を天高く振り上げると、力一杯、小鳥遊クンの顔面に向かって振り下ろす。


「木っ端役人のくせに、政治家に逆らうのか? この痴れ者が!!」


その瞬間。

エンリのいるリビングから、「ドーン」と云う爆発音が上がった。

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